第一章8
「アフリカーナーにあんなヴァルキリーがいるなんて聞いてないわよ!」
背中の後退翼を翻し、トランシルヴァニア軍のヴァルキリー達は常軌を逸した速度でジグザグ飛行を続ける下方のサブラへ狙いを合わせる。
「あんな動きをしたらクリスタルを使ってる側がもたないっていうのに……」
だが銃のアイアンサイトの奥で狂気じみたS字機動を繰り返すサブラの動きは、明らかに通常のヴァルキリーが行えば機動に耐えられず自爆するレベルの高速だった。
「援護する! 行け!」
まだ生き残っている二人のうち一人のヴァルキリーがソ連製PTRS1941対戦車ライフルの砲火をサブラの予想進路に放つ。
「む」
圧倒的な殺戮能力を持つドラケンスバーグ学園の恐るべき少女は振り払うかのように十四・五ミリ弾をマナ・フィールドで弾き飛ばすが、
「でぇぇぇぇぇいっ!」
一度サブラを通り越してそこから反転急上昇したもう一人のヴァルキリーは下方から突き上げるような銃撃を彼女に浴びせる。しかし撃ち出された熱い鉄の塊の群れは一弾たりともヘブライ語訛りの小声を発する怨敵を捉えることはできず、逆に撃った側がその刹那にPKM軽機関銃のセミオート射撃で頭を撃ち砕かれてしまった。
「よくも!」
一人残されたトランシルヴァニア軍ヴァルキリーはまだ弾が残っているPTRS1941対戦車ライフルを潔く投げ捨て、マチェットを振り上げてサブラに突進した――矢先、彼女の右肘は涼しい表情で憎い相手が振るった左手のトマホークによって薙ぎ払われる。
「なっ……」
サブラは表情一つ変えずに右足の前蹴りで強引にヴァルキリーと距離を取り、両手を広げて後方に吹き飛ばされた胴体目掛けてPKM軽機関銃の三連射を浴びせる。マナ・ローブの上半身を覆うチェストリグを貫いた銃弾はその中に収められていた大量の小銃弾を暴発させ、発育途中の膨らみから胸骨や内臓の破片を体外に四散させた。
「こちらリーパー2‐1」
サブラは地面に落下していくヴァルキリーの腰から切り離されたパンツァーファウスト44(注1)を空中でキャッチし、
「敵ヴァルキリーの『除去』に成功」
背部飛行ユニットから膨大なマナ・エネルギーを噴射して小丘に突進する。そして右手にPKM軽機関銃を携えたまま、生暖かい血液が付着した発射筒を左肩に乗せ、細長いダイヤモンド状の弾頭を持つロケット弾を丘の向こうに撃ち込もうとした時、彼女は照準器の先で何かが蠢いているのに気付いた。
「ん」
小さい丘の頂上から低い唸り声を上げて人の形をした大勢の『そいつ』がゆっくりと降りてくる。白目を剥いた『そいつ』達はぞっとするぐらい汚い出で立ちで身体のあちこちを凝固した血液で汚していた。手首や肘から下を失っている奴も大勢いた。
「リーパー2‐1、指示を!」
サブラの無線機に地上にいる傭兵達の声が入り込む。
「リーパー2‐1、指示を! 指示を!」
あえてサブラは何も言わず、彼らの求めを無視した。
丘を降り切った死の群れ――傭兵達が悲鳴めいた声でゾンビと呼んだ者達は、床に広がる水宜しく平地に降り立って歩を進める。
「畜生め!」
「あんなクソ眼鏡なんて知ったことか!」
「みんなぶち殺しちまえ!」
傭兵達は手にした得物で大量の弾丸をゾンビに叩き込む。だが撃たれた側は上半身を僅かに仰け反らせるか、あるいは手足に深い銃創を負ってなお平然として歩き続けた。
「こんなのってあるか!?」
そこらじゅうに飛び散った真っ赤な肉片から漂う濃密な金臭さで噎せ返りそうになりながら、タスクフォース・リガの傭兵達は強い恐怖心を覚える。
「あいつら撃たれてるのに死なないぞ!」
注1 ドイツ製の携帯式ロケット弾発射機。