第三章8
ヴォルクグラード防衛評議会の壊滅とマーシャ・パプキーナの死を知らされた弁務官は大きく溜め息を吐き、オフィスの椅子に深く腰を沈めた。
「やれやれ。大変な目に遭ったな……」
机上の電話が鳴ったのはその時だ。
「もしもし?」
受話器の向こう側からは何も聞こえない。
「もしもし?」
「ペリシテ人は恨みを含みて事をなし、心に傲りて仇を復し、旧き恨みを抱きて滅ぼすことをなせり」
十秒が経過してから聞こえてきたのはサブラ・グリンゴールドの涼しげな声だった。
「なんだ中佐か。驚いたじゃないか」
「我、ペリシテ人の上に手を差し伸べ……我、怒りの罰をもって大いなる報復を彼らになさん。我が仇を復すとき、彼らは我のエホバなるを知るべし」
一方的に言い続けたサブラは手元のスイッチを押す。刹那、弁務官は椅子に仕掛けられた爆弾でオフィスごと木っ端微塵に吹き飛んだ。
「最終目標の『除去』に成功しました。全て我々のシナリオ通りです」
アルカの地下深くにある生命の息吹が一切感じられない無機質かつ巨大な議場でサブラは背後の漆黒へと向き直る。そして彼女は事務的な口調で有史以前から存在しているかのように直立し、ダビデの星が描かれた三体のモノリスに報告した。彼らこそ、今は亡きドクター・ハビロフが『奴ら』と呼んで恐れたユダヤ人達のアルカにおけるブレインだった。
「明日にはクーデター派と内通して抹殺された前任者の代わりに我々のシンパである新しい弁務官が着任し、ソ連製と偽装されたユダヤ系プロトタイプ達も補充要員としてヴォルクグラード人民学園の生徒会や各委員会、軍中枢に配置されます。そして彼らは近い将来アルカに建設されるであろうユダヤ人国家の学園が本国の国益のためヴォルクグラード人民学園と戦う際、大きな手助けをしてくれることでしょう。これをもちまして私は、X生徒会の皆様にイシューヴ作戦の完了をご報告させて頂きます」
サブラが口にしたイシューヴという言葉は、ヘブライ語で『定住』を意味していた。