表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 JUST LIKE OLD TIMES 1944
56/285

第三章7

 マーシャ・パプキーナは背後に回り込んだヴォルクグラード正規軍のヴァルキリーを左脚部から展張したアームで鷲掴みにすると、身動きの取れなくなった少女に向けて今度は右脚部のアームが持つミニガンによる恐るべき零距離射撃を浴びせた。

「確かにアルカ学園大戦は人類の歴史上類を見ない悲劇だ!」

 無残な姿になったヴァルキリーを投げ捨て、脚部に強化ユニットであるチェルノボーグを装備し今や四メートル近い全高となっているパプキーナは地響きを立てて土を踏み締めていく。そして自分に向けて激しい砲撃を浴びせてくるT‐34/85中戦車やSU‐76自走砲を手当たり次第に攻撃し始めた。

「しかし母国のため命を捧げ投げ出す私達ヴァルキリーやプロトタイプは!」

 パプキーナはマナ・フィールドで自分に対する攻撃を全て無力化すると、ヴォルクグラード正規軍の戦闘車両に再装填を暇を与えず両手と左右のアームに保持したマナ・パルスライフルによる四本の粒子ビームを浴びせた。矢継ぎ早の爆発が起こる。

「その高貴さにおいて最も進化した人類であると信じていた!」

 もはや目に入るもの全てが敵にしか見えていないパプキーナは負傷して地面を這うヴォルクグラード防衛評議会側のヴァルキリーを踏み潰し、果敢に迫り来るヴォルクグラード正規軍のヴァルキリーをチェーンソーで切り刻んだ。

「だが現実は違った――我々は人間ではない。戦争の犬だ。それでも我々以上に平和を祈る者はいなかった!」

 四門のマナ・パルスライフルから伸びた幾筋もの粒子ビームがサーチライトのように空を焼き、巻き込まれたヴァルキリー達を光芒へと変えていく。

「なぜなら戦争の傷を最も深く身に受け、その痛みを耐え忍ばなければならないのは私達プロトタイプでありヴァルキリーだからだ!」

「加害者が被害者ぶるな!」

 少年の怒声と共に背後で起きた爆発がパプキーナのマナ・フィールドを激しく叩く。

「誰だ!?」

「人を不愉快にさせて、こうも生の感情剥き出しで戦わせる!」

 シリンダーの作動音を鳴らしてチェルノボーグごと振り向いたパプキーナに多数の四十mm榴弾が飛来する。猪口才なとばかりに彼女はアームに保持したチェーンソーで造作もなくそれらを切り刻んだ。

「そんなことをやれるのはマリア! 後にも先にも君ぐらいだ!」

 完全に防がれた爆発の後で流れていく黒煙の中、茶色い戦闘服と濃緑色のチェストリグを身に纏い、ブーニーハットの下にある顔と捲り上げた半袖から伸びる腕をドーランで黒く塗ったエーリヒ・シュヴァンクマイエルはミニガンからの射撃を疾走して掻い潜る。そして撃破されたT‐34/85中戦車の陰に一旦隠れ、

「君の腸を生きまま引き摺り出して、目玉を抉り、脳を砕いてやる!」

 パプキーナが弾切れになった多銃身機銃を投棄すると同時に身を乗り出して服と同じ南アフリカ共和国製のリボルバー式グレネードランチャーを彼女目掛けて連射した。

「テウルギストの腰巾着が! 耳年増で嫌な男だ!」

 パプキーナはマナ・フィールドで榴弾の爆発を防ぎつつもその爆風でよろめきながら疾走、強化ユニットの爪先でエーリヒの隠れ蓑を易々と蹴り飛ばし、逃げようとした彼の足首をアームで掴んで持ち上げた。その勢いでブーニーハットが吹き飛ばされていく。

「蛇のように絡みつくその視線――下衆が!」

「ほざけ!」

 アームで逆さまに吊るされたエーリヒは一切恐怖の表情を見せず、その状態のままで腰のホルスターからM1917リボルバーを抜き、パプキーナの顔面目掛けて乱射する。六発の銃弾も例外なくマナ・フィールドで防がれたが、エーリヒはその隙にアームの拘束から脱出した。しかし彼は地面に叩き付けられた際、受け身を取り損ねてしまう。

「お前は蛆だ! 駆除してやる!」

 全身に走った痛みで吐瀉し、苦悶の声を漏らすエーリヒの頭上に彼の背の丈ほどもある巨大な足が持ち上げられる。

「死ね!」

 しかしチェルノボーグの足が降ろされることはなかった。数秒経っても足は持ち上げられたまま、その影で覆われたエーリヒの頭上で制止し続けている。

『いけない』

 その時、パプキーナの脳に何者かの声が響いた。突然彼女の右手首に装着された青いマナ・クリスタルが光を放ち、全身を同じ色の輝きで包み込んでいく。

「殺せ! さっさと踏み潰せ!」

 巨大な足は倒れ込んだまま胃液臭い唾を撒き散らして叫ぶエーリヒをそっと避けるようにして多くの血を吸った地に着けられた。

「殺せよ! 殺せ……殺せったら!」

 蒸気の抜ける音と共にチェルノボーグとパプキーナのジョイント部が解放され、紺色の髪を持ち、白いマナ・ローブを着たヴァルキリーがゆっくりとエーリヒの前に降り立つ。

「呪詛と憎悪だけが人の生きる意味ではない」

 落ち着き払ったその声を――マーシャ・パプキーナのものではなく、本物のマリア・パステルナークの――耳にした瞬間、エーリヒは驚愕に目を大きく見開いた。

「マリ……ア……?」

「それは辛く、そして悲しい生き方だ。私はお前にそんな生き方をしてほしくない」

「そんな……死んだはずじゃ……」

 エーリヒは小さく口を開け閉めしながら、自分の前に膝を下ろして頬を優しく撫でるヴァルキリーの顔を見る。整形によって顔だけを真似たのではない、具体的な言葉では言い表せないが、確かに本物のマリア・パステルナークがそこにはいた。

「私は魂の牢獄にいる。このアルカという牢獄に」

「牢獄……」

 エーリヒはノエルが言っていたマナ・クリスタル中の残留思念のことを思い出す。

 あり得ない話だ。

 だが本物のマリアが使っていたマナ・クリスタルに残っていた本人の意思が、何らかの形で外側だけをそっくりに作った贋作に乗り移り――。

「そんな……そんな悟ったような顔してないでよ!」

「身勝手なのはわかっている。でも私はエーリヒに、例え無理でもいつも笑って、希望を持って生きて欲しい」

「この大馬鹿野郎! 今更出て来て何を言っているんだよ! そんなことを偉そうに言うぐらいならさっさと生き返ってきてよ! 生き返ってよ……生き返って僕を困らせてよ! 呆れさせてよ!」

 エーリヒはまるで幼い子供のように目尻から涙を振り撒いて叫び散らす。

「僕は君を殺した。自分勝手な気持ちを君に押し付けて、君を殺したんだ。僕を呪え。呪ってくれ。僕はそうされるべき人間だ」

 首を横に振るマリアの指がエーリヒの頬を伝う滴をそっと拭う。

「咎人である私のためにお前は泣いてくれる。お前はあまりにも優しくて、あまりにも真面目だ。だから私などのために身を滅ぼしてほしくなかった。全ての罪は私にある。私は手に入れた権力を受け止め、正しい道に使うだけの精神的骨格を持っていなかった。そして、それを知っていてなお私は変わろうとしなかった」

「愛してくれなくても良かった。ただ君が生きてくれさえいれば。君が幸せになってくれさえすれば。でも僕は、自分ことばかり考えて……」

「エーリヒ、それは違う。お前は自分ことばかり考えている男ではない」

「僕は傷付くのが怖いから人と適度な距離を取って、そうやって自分を守っている情けない男なんだよ! 君が思っているような人間じゃない!」

 マリアは両手をエーリヒの頬へ伸ばし、力強く包んで顔を前に向ける。そして琥珀色の瞳から伸びる揺るぎない視線を彼と交錯させた。

「忘れるな。お前は一人ではない。多くの人の心の中にお前がいる。それも大きく掛け替えのない存在として。だから絶望する必要はない。こんなにも残酷な世界にさえ、確かに愛や絆は存在するのだから」

「どうして……」

 エーリヒの脳裏に三年前の楽しかった日々がフラッシュバックする。図鑑に載っていないような虫がいてもおかしくないほど汚い部屋。下着姿のままベッド上で胡坐をかくマリア。それを見て赤面する自分。当たり前の昨日と同じ今日。朝の通学路。

「どうしてこうなってしまったんだろう……」

 奇しくも一九四三年にマリアがそう言っていたのと同じ言葉を口にするなり、両肩を震わせたエーリヒの双眸から涙が溢れ始める。右目だけではなく、もう失われているはずの左目からも滴が零れた。心もまた泣いているのだ。エーリヒの顔を覆っていた黒いドーランが流れ落ち、それと同時に憎悪と呪詛に満ちた心が浄化されていく。

「お前は常に正道を往く男だった。だが私はそうはなれない。私は、お前に私のせいで身を滅ぼしてほしくなかった。あの時は言えなかった……すまない……弱い私は、自分の暗部に呑み込まれていた」

「そんなこと……」

 エーリヒの双眸から更に多くの涙が溢れていく。

「そんなこと、その時声に出して言ってくれなきゃわからないじゃないか! 今頃になってから分かれだなんて、そんなのあまりにも自分勝手すぎるよ!」

 激しく慟哭するエーリヒは音を立てて歯軋りし、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 心の中にある黒いものを全て吐き出さんばかりの勢いで叫んだ。

「何の言い訳にもならないよ! 何も! 何も! 何も! 僕は君にそんなことを言ってほしくなかった! 君に生きていてもらいたかった。例え生きるに値しない正真正銘の酸素泥棒に成り果てようが君に生きていて欲しかった! 君に……君に……ッ!」

 マリアは声を上げて泣きじゃくるエーリヒの手をそっと握る。

「すまない……そろそろ行かなくてはならない」

「待ってよ! ねぇ!」

 手を放し、立ち上がって背を向けたマリアに隻眼の少年は手を伸ばす。

「行かないで! 僕を一人にしないで!」

「大丈夫だ」

 ゆっくりと浮かび上がり、再びチェルノボーグへと戻っていくマリアは優しく微笑む。

「大切な人に泣いてほしくない――そのありふれた願いが、きっとこれからもお前の足元を照らしてくれる」

 そして再び両脚のジョイント部がロックされた瞬間、マーシャ・パプキーナは自分の意識を取り戻した。

「何が『権力を正道に使うための精神的骨格を持っていなかった』だ!」

 一連のやりとりをパプキーナも見ていた。それは不快極まりない事象だった。

「不愉快だ……お前らの慣れ合いは不愉快極まる!」

 再起動したチェルノボーグで踏み出すパプキーナは額に青筋を浮かべて怒鳴る。

「お前達は私が持っていない全てのものを持っている。地位、名声、そして人。そんなに持たざる者を見下ろすのが楽しいか! 侮辱するのが楽しいか!」

 そして強化ユニットに収納されている全てのアームを展張し、心身双方の痛みに耐えながら立ち上がったエーリヒに使用可能な全ての武装を向ける。

「私が上書きしてやる。惰弱と怯懦に満ちたマリア・パステルナークの歴史を!」

「そんなことはさせない。例え辛酸極まろうと、汚辱に塗れようと、絶対に上書きはさせない。僕の中にあるマリアの思い出は、絶対に奪わせない!」

 エーリヒが歯を食い縛ってそれらの砲口や切っ先を睨み付けたとき、四十mm榴弾がチェルノボーグの左足に直撃、爆風で数本のアームと武装を破壊した。

「それ、私も手伝うよ!」

 ノエルはグレネードランチャーの付いたFAL自動小銃を撃ちながらパプキーナの周囲を旋回し、マナ・フィールドの合間を縫って銃弾を叩き込む。七・六二mm弾に撃ち抜かれたアームが火花を散らして断裂、地面に突き刺さった。

「この際テウルギストとエーリヒ・シュヴァンクマイエルで十分だ! お前達さえ倒せば私はマリアになれる。アルカ最後にして最大の英雄に!」

 パプキーナは両手のマナ・パルスライフルで空中のノエルを、アームで保持された同じ得物で地上のエーリヒを狙い撃とうとする。

「マリアはもういない! この世界のどこにも!」

 ノエルは右に回転しながら迫り来るビームを次々に回避し、直撃コースのビームを反射的に展開したマナ・フィールドで弾く。そしてFAL自動小銃を構え、七・六二mm弾と四十mm榴弾の火力をこれでもかとばかりにチェルノボーグへと叩き込む。左脚部のアームが保持していたマナ・パルスライフルが銃弾を受けて爆発した。

「ここで僕の恋を終わらせる!」

 テウルギストに負けじとエーリヒもチェルノボーグ目掛けてリボルバー式グレネードランチャーを連射した。爆発で右脚部のアームが折れ、連続発射でオーバーヒートしかけていたマナ・パルスライフルごと地面に落ちる。

「私とマリアはアルカという枠組みの中では明確な敵同士だった!」

 ノエルはFAL自動小銃を投げ捨て、大きく右手を振り上げて赤い光を纏いながらパプキーナへと殴り掛かる。

「だけど『個』の存続という部分においては、共に生きるため戦った姉妹!」

 ノエルはマナ・フィールドの展開よりも早く肉薄に成功するが、パプキーナに一撃を加えようとした矢先にまだ残っているアームで胴体を鷲掴みにされてしまう。

「だから彼女の苦しみを知ればそれに共感して涙を流すし、彼女の権威を笠に着る輩に出会えば怒りもする!」

 ノエルは苦悶して吐血するが構わず右足を振り子のように使ってアームを蹴り壊し、更に別のアームが持ったチェーンソーで左右から挟み撃ちにされる前にその間を掻い潜って上昇、勢い余った刃同士が互いを斬り合って自滅、爆散するのと同時にパプキーナへ右フックを放った。

「マリアの思い出を汚す輩! その面の皮を剥げ!」

 だがノエルの右フックは弾切れを起こしたマナ・パルスライフルを投げ捨てたパプキーナの左手で押さえ込まれ、

「テウルギストが言えたことか!」

 次の左フックもまた彼女の右手で受け止められた。

「こっちの手は二本だけじゃないんだ!」

 パプキーナは残った最後のアームでノエルの両脚を掴もうとするが、そうはさせじとエーリヒが撃ち出した四十mm榴弾で鉄の隠し腕を破壊された。

「ノエル! 今だ!」

「Jawohl!」

 エーリヒに了解と応じたノエルは右手をパプキーナの拘束から引き剥がすと渾身の力を込めて右ストレートを突き出す。その拳はマリアを騙るヴァルキリーの左ストレートと正面から激突した。肉のぶつかり合う音とお互いの骨が軋む音がショナイ平原に響き渡る。

「砕け……る……ッ!」

 圧倒的な怒りが込められた一撃とその圧力に耐え切れなくなったパプキーナの左手首が本人の意思とは無関係に下を向いてしまった瞬間、黒のオープンフィンガーグローブで覆われたノエルの拳が白いマナ・ローブに包まれているヴァルキリーの腕を圧潰させ、湿った肉や血、砕けた骨や千切れた神経を撒き散らした。

「エリー!」

 ノエルが左上腕部を失ったパプキーナの胸を蹴って距離を取るなりエーリヒはリボルバー式グレネードランチャーに残っていた全ての四十mm榴弾を剥き出しになった彼女へと叩き込んだ。

 四メートルの全高を誇る歴史の闇に埋もれたヴァルキリー用強化ユニットが立て続けの爆発に包まれ、鉄灰色のパーツが次々に地面に突き刺さる。

「それで死ぬかッ!」

 濃密な黒煙の中から爆風で整形した顔の皮をあちこち剥がされ、亡霊のような姿になったパプキーナが飛び出してきた。

「君はマリアじゃない! マリアの上っ面だけを真似る三流役者だ!」

 ノエルとパプキーナの二人は空中で交錯し、着地してそれぞれFAL自動小銃とPPSh‐41短機関銃を掴んですぐさま空へと飛び上がる。

 高度を取ったノエルと下から撃ち上げるパプキーナ――凄まじい量の銃弾が交錯した。しかし、一弾とて互いの常人ならざる肢体を撃ち抜くには至らない。

「自分は何もしない、できないからマリアの猿真似をする臆病な弱虫!」

「だからどうした!」

 パプキーナは上から追いかけてくるノエルの銃弾に追われながら背部飛行ユニットの恩恵を受けて地面を滑走し、

「弱い人間がヒーローのフリをして、その上っ面だけを掠め取って何が悪い!」

 追い付かれる前に回転しながら青いマナ・エネルギーを噴射して急上昇する。

「最初からスタートラインが違った癖に!」

「先にいるからといって待たなきゃいけない決まりはどこにもない!」

 逆にノエルは回転しながらFAL自動小銃の空になったマガジンを外しつつ降下、着地した。続いて後方にステップを踏みながらチェストリグから引き抜いた新しいマガジンをベルギー製自動小銃に差し込み、チャージングハンドルを引いて飛翔する。

「いちいち後ろにいる人の苦しみや悲しみに共感なんてしていられないからね!」

 そして空中でお互いを七・六二mm弾と九mm弾で抉り合った二人は血飛沫を撒き散らしながら地面に叩き付けられた。

 それでも二人は肺から血液混じりの二酸化炭素を吐き出すなりすぐに立ち上がって間合いを詰め、手近な死体のホルスターからTT‐33拳銃を抜き取ると双方共に相手の息遣いが感じられる距離での撃ち合いを始める。

「私に勝ったところでそれは無意味だ。何故ならこの世界そのものが無意味だから!」

「貴様がそう思うのならそうなのだろう! 貴様の中ではな!」

 右頬と左こめかみの皮を風で靡かせて鮮やかな肉を露出させているパプキーナは右手で向けられたノエルの銃身を左の回し蹴りで払い除け、自分の右手に携えたTT‐33拳銃を金髪のヴァルキリーの顔面に向ける。

 銃声と共にTT‐33拳銃のスライドが後退して真鍮製の空薬莢が排出されると同時にノエルは頭を下げ、射線上から逸脱するや否や立ち上がりつつ左手を振るって自分に向けられた銃口を弾く。そして今度は自分が持った拳銃をパプキーナに突き付けた。

「だが私の中ではそうなんだ! 私の中ではな!」

 テウルギストがトリガーを引くよりも早く後方に宙返りして下から蹴り上げられたパプキーナの足がノエルのTT‐33拳銃を弾き飛ばす。そして着地するなり再び右手で銃口を向けたパプキーナは爪の剥がれた人差し指でトリガーを引き、遂にヴァルキリーの始祖を七・六二mm拳銃弾で捉えることに成功する。

「この顔になる前、私は何者でもなかった」

 左手を失い、顔もまた無残な有様になっているパプキーナは血飛沫を上げて後方へと倒れたノエルの前で仁王立ちになり、その額にTT‐33拳銃の銃口を向ける。

「ただ光なき者として一生を終えるだけの恥ずべき存在に過ぎなかった」

「だから『何者かになれる』というチャンスに飛びついたんだね」

「ああそうだ。お前のように最初から『何者でもあった』輩にはわかるまい」

 パプキーナはノエルの腹部を何度も踏み付ける。軍用ブーツがマナ・ローブの間から覗く柔肌に食い込む度、血生臭い息と苦しげな声がテウルギストの口から漏れた。

「残念だけど私を殺しても君はマリアにはなれないよ」

「マリアになれなくてもいい! お前を殺せば、私はテウルギストを……」

 勝ち誇った表情でパプキーナが人差し指に力を入れTT‐33拳銃のトリガーを引こうとしたその瞬間、M1917リボルバーの銃声が鳴り響いて彼女の右膝が吹き飛んだ。

「僕は君を殺すんじゃない」

 エーリヒは驚愕の表情を浮かべて倒れ込んだパプキーナの後ろ髪を掴むと、幾人ものプロトタイプから引き剥がされた皮膚で構成されている白い喉にナイフを走らせる。

「僕の恋を殺すんだ」

 マリアの姿をしたヴァルキリーは喉を掻き切られるなり鮮血を噴き上げて糸の切れた人形のようにコルダイト火薬臭い地面へ倒れ込んだ。

「私の……勝ち……」

 表情を驚愕から狂気を孕ませつつも満ち足りたものへと変えていくパプキーナの周囲に赤い血の池が広がっていく。

「私はマリアとして死ねる……マリアとして死んでやれる……ざまあ……み……」

 パプキーナの死亡と時を同じくしてショナイ平原に置かれたグレン&グレンダ社の大型モニターに『WINNER!』の文字が現れ、飛び出さんばかりの勢いで上から黒、赤、黄色で構成されるドイツ連邦共和国の国旗が表示された。

 こうして、いつの間にか回廊戦争から第三次ヴォルクグラード内戦へとその名を変えた戦いは終わりを告げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ