第三章4
一九四四年七月十九日。
ヴォルクグラード防衛評議会による短い支配から解放されたサカタグラードでは、ショナイ平原への大脱出に間に合わなかったマリア派の兵士達が正規軍の兵士達によって男女問わず裸に引ん剥かれ、家畜の如く処刑場へ追い立てられていた。
「ワンワン鳴いてみろ!」
罵声を浴びせる正規軍の兵士達の眼前で四つん這いにさせられた沢山の背中が恥辱に顔を歪ませて進んでいる。道路一面が肌色になっているようにさえ見えた。
また街路樹には代わる代わる一般生徒達から強姦され、股の内側を血で真っ赤に汚したヴァルキリーの死体が吊り下げられている。
「сука! сука! сука!」
新たにヴォルクグラード防衛評議会による拘束から逃れた生徒達は顔に肌色の部分が存在しない死体を雌犬とロシア語で罵りながら木の棒やパイプ椅子で何度も何度も殴打した。スコップの一撃が右腕を切り落としたときなどは歓声さえ上がった。
ヴォルクグラード人民学園の校庭では柵で囲いが作られた中央に積み重ねられたマリア派の兵士の死体が廃タイヤと一緒に燃やされていた。
「パンにはパンを! 血には血を!」
一般生徒に混じって正規軍の兵士達まで燃え盛る死体に唾や小便を浴びせている。それが熱せられて死体の臭いと合わさり凄まじい悪臭となって広がるが、自分達は被害者だと強く信じている若者達は気に留めることもなく既に息絶えたかつての加害者の滅茶苦茶になった顔面を蹴り、踏み付けた。
「罪の意識をお感じですか?」
凄惨極まる報復劇を眉間に皺を寄せつつオフィスの窓越しに無言で見つめていた弁務官の背後から声がかけられる。サブラだ。
「仮にマーシャ・パプキーナが勝ってしまった場合はどうするつもりだね」
包帯を巻いてオフィスの椅子に腰掛けた少女の問いには回答せず、弁務官は自分の疑問だけを彼女にぶつける。
「それはあり得ません」
サブラは開いて目を通し始めていたとある設計図面のファイルを閉じた。
「例え運良くヴォルクグラード正規軍を壊滅させることができたとしても、マーシャ・パプキーナはまず間違いなくタスクフォース609の前に斃れます。同部隊を指揮するエーリヒ・シュヴァンクマイエルは純粋な人間です。誠実で心優しく自分の階級や権威に大した価値を見出していない彼は、BFでの戦いにおいてたった一つの意志の塊となります」
「たった一つの意志の塊?」
「はい。『勝つ』というただそれだけの純粋な結晶に。だからこそ彼はこのアルカにおける最も恐るべき存在なのです。そして彼は今、マリア・パステルナークに対する強い憎悪と呪詛によって突き動かされています」
弁務官はサブラが語った内容にある程度の理解は見せたものの、完全には納得していなかった。
「なぜエーリヒ・シュヴァンクマイエルはマリア・パステルナークを憎んでいるんだ?」
「エーリヒ・シュヴァンクマイエルはマリア・パステルナークを憎んでいるからです」
サブラは弁務官にそう回答した。正確にはそう回答することしかできなかった。自分を含めたプロトタイプ及びヴァルキリーを全て歯車と規定している彼女にとっては、国家間の代理戦争とは何ら関係のない男女関係の縺れなど深く考えるだけ無駄な理解に苦しむ小事でしかなかったからだ。




