第三章2
一九四四年七月十七日。
アルカ北西部の学園都市サカタグラードで異変が起き始めていた。
「食料の供給はどうなっているんだ!」
「俺達はもう三日間何も食べていないんだぞ!」
以前は山居倉庫と呼ばれ、現在ヴォルクグラード人民学園の補給基地として機能しているサンキョ・デポの正面ゲートに本来ならばサカタグラードの某所で拘束されているはずの一般生徒達が大挙して押し寄せていた。
「そんなものは担任の教師にでも聞け!」
一体誰が彼らを解放したのか調べる時間さえ与えられないままサンキョ・デポの警備に駆り出されたヴォルクグラード防衛評議会の生徒達はアゴネシアからアルカに戻ってきた際、とある筋からの非合法なルートで供給されたドイツ製MP40短機関銃を空に向けて発砲するが、空腹とそれに起因する怒りに突き動かされた一般生徒達を恐怖で押し返すまでには至らない。
「担任の教師だって?」
「あいつらは去年と同じくさっさと逃げ出したよ!」
「黙って食い物をよこせ!」
半ば暴徒と化した一般生徒達に恐怖したヴォルクグラード防衛評議会の生徒らはゲートの内側へと退避し、本校にいるマリア・パステルナークに指示を乞おうとした。しかしその緊急連絡に対する返答はドラケンスバーグ学園からオブザーバーとして派遣され、マリアの事実上の副官を務めているヴァルキリーが放った「大佐はご多忙です。後ほどまたご連絡下さい」という他人事極まりない一言に過ぎなかった。
「ふざけるな! 俺達に死ねって言うのか!?」
サンキョ・デポを預けられているヴォルクグラード防衛評議会の指揮官が怒りに身を任せて机を叩いたのと同じ頃、外ではとうとう激発した一般生徒達がゲートの内側に対して攻撃を始めていた。その武器は手近な石やブロックだけではなかった。
「うわっ!」
一人の兵士が投げ込まれた急造の火炎瓶の餌食になり、「熱い! 熱い! 誰か助けてくれ! 熱い! 誰か! 誰か!」と絶叫しながら火達磨になってのたうち回る。
「畜生! ぶっ殺せ!」
「皆殺しにしちまえ!」
一瞬にして恐慌状態に陥った兵士達は何の命令もないままゲートを開き、そこから飛び出すや否や無差別にMP40自動小銃で一般生徒達を掃射し始めた。銃口の先で次々に撃たれた学生服姿の少年少女が崩れ落ちるが、その惨劇を目にした生徒達は更に怒りを増幅させて反撃した。
「まずい!」
「押し切られるぞ!」
ヴォルクグラード防衛評議会の兵士達が本能的に危険を感じた時にはもう遅かった。次々に級友の死体を乗り越えてサンキョ・デポへと押し寄せてきた一般生徒達は怒涛のように武装した叛逆者を呑み込み、彼ら一人一人を集団で袋叩きにし始めたのだ。
「囲め! 囲め!」
取り囲まれた兵士が腰のホルスターから拳銃を抜いて自殺するよりも早く背後から羽交い絞めにされ、同時に手足をそれぞれ反対方向へ数名の男子生徒から引っ張られた。
「やめろ! おいやめろ! やめろ!」
ぶちぶちと音を立てて兵士の上半身と下半身が切り離され、ぬめった臓物が湯気と共に地面へ広がる。
別の兵士は生きたまま近くの川へと投げ込まれた。またサンキョ・デポ裏手にあるケヤキ並木のすぐ傍では頭を抱え、必死にやめてくれっ、やめてくれっと懇願する体を縮めた兵士を一般生徒達が取り囲んで蹴り飛ばし、その頭や下腹部を踏み付けていた。
「俺は金で雇われただけだ!」
ゲートのすぐ脇で一般生徒達に取り囲まれた兵士は血だらけになりながら大声でそう弁明する。しかしその行為は却って生徒達の怒りにガソリンを注ぐ結果となり、彼は生きたままスプーンで両目を抉り出された上で喉を掻き切られてしまう。
この暴虐はつい一年前、グリャーズヌイ特別区で行われた恥ずべき蛮行の再現だった。
ただ違っていたのは、マリア派の生徒達が一方的な暴力を行使する側から行使される側に変わっていたことだけだった。




