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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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第一章4

 サカタグラードのグリャーズヌイ特別区はアルカが持つ深い闇を具現化したかのような場所だった。マリア・パステルナークによる軍事クーデターで母校を追放された人民生徒会支持派の生徒達はここに押し込められ、現在厳しい生活を強いられている。

 グリャーズヌイ特別区を覆うコンクリート壁の前にはクーデター時の不発弾や地雷が多数埋設されたまま残っているため立ち入ってはならないという警告が書かれた立て看板が幾つも設けられ、その内側は薄汚い布を何重にもかけた小屋や、行き場所のない生徒達が有り合わせの材料で作った急ごしらえの集落でびっしりと埋め尽くされていた。

「あー……」

 グリャーズヌイ特別区の片隅から空を見上げるノエル・フォルテンマイヤー少佐の視線の遙か先でB‐17爆撃機の編隊が白い飛行機雲を残して進んでいる。

「ガーランド・ハイスクールのアークライト作戦だよ。戦線が崩壊しかけたときに絨毯爆撃で何もかも消し飛ばす。きっとどこかの代理戦争で収拾がつかなくなったんだろう」

 エンジンオイルで湿らせ、たっぷりと泥をつけた二メートル程の麻布を地面に広げる副官のエーリヒがそう教える。彼は今、狙撃兵用の偽装ネットを手作りしていた。

「へぇー!」

 蒼空に向けられたノエルの瞳が輝く。

「見てみたいなぁ。きっと凄いんだよ。戦場が丸ごと爆発しちゃうんだよ。ドキワクだよ」

「空を見てないで手伝ってよ、ノエル」

 シュネーヴァルト学園軍第三十二大隊の事実上の指揮官は本来のリーダーであるノエルではなく副官のエーリヒ・シュヴァンクマイエルだった。

「エリーが私に手伝ってと話すということは一通り作戦の準備は終わったみたいだね」

 百八十センチを超える長身の少女は満足げに人差し指を立てた。

「準備は終わってる。でもノエル、第三十二大隊の指揮官である君が副官の僕に指揮権を全部委譲するだなんて普通だったらあり得ない話だよ」

「子供同士の殺し合いの方が余程『普通だったらあり得ない話』じゃないのかな?」

 ノエルの視線は空から困った顔をするベレー帽を被った少年へと移る。

「良く言えば君を信用しているから任せるんだよ。安心するといい。責任は私持ちだから、君は失敗しても処罰されない。もっと肩の力抜いていこーよー」

「そういう問題では……」

「かといって私が指揮を執ったら完璧主義者のエリーは不満を抱くだろう?」

 エーリヒは溜め息を吐く。

「君がほったらかしにしてたSOP(注1)は僕の方で昨日作っておいたから、後でノエルもちゃんと目を通しておいてね」

「やっぱりエリーは真面目だね。みんなに激しく楽しく面白く人殺しをしようって言えば済むだけの話じゃないか。わざわざ面倒臭いことやってると頭がおかしくなっちゃうよ」

 無視してエーリヒは続けた。

「エア・ヤマガタからの物資が到着次第ドレイク・ルージュ作戦を開始する」

「らじゃ」

 エーリヒ達はアルカにおけるドイツ連邦共和国の代理勢力、シュネーヴァルト学園第三十二大隊のLRRP(注2)チームであり、二人の周囲では武装した同校の兵士――生徒達が銃火器や装備品のチェックを行っていた。現在、本隊は別の場所に展開している。

 エーリヒや他の兵士達がタバスコやカレー粉で味付けした不味いことに定評のあるアメリカ製野戦用携帯食料を胃袋に収めた頃、二つのメインローターを持つ数機のヘリが爆音を響かせながら荒れ果てたグリャーズヌイ特別区に着陸した。機体塗装は白一色でその胴体には『愛は空から舞い降りる』とピンク色の英語で描かれている。

「ようドイツ人!」

 中から出てきたアメリカ人パイロット達が陽気に挨拶してヘリから物資を降ろしていく。

 このエア・ヤマガタはアルカへ出資している大人のアメリカ人達が作った航空会社で、中立という建前で各校の表沙汰にはできない特殊作戦を支援していた。今回の場合も例に漏れずヴォルクグラード人民学園への民生物資輸送が彼らの表向きの業務だった。

「ご苦労様です。ところで……」

 エーリヒはパイロットに書類を渡しながら本国の報道関係者の動向を問う。

「心配いらない。出世しか頭にないニューヨークタイムズの記者達は――」

 アメリカ人のペンが心地良い音を立てて紙の上を走った。

「今頃清潔な居住区でコーヒー片手に公式情報をそのまま本国に流してるよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 感謝の言葉を述べたエーリヒは胸ポケットから数センチはあるドル紙幣の札束を抜き取り何気ない動作でパイロットに差し出した。

「いつも悪いな」

「いえいえ」

 それを受け取り何の躊躇いもなく笑顔で去っていくパイロットも最初は良心からエア・ヤマガタに入り物資輸送を行っていた。彼は就業一週間目で自分が運ぶ物資が民生品ではないことに気付き激怒したが、すぐに一ヶ月間で本国で働く一年分の給料を稼げることにも気付き怒りは感謝へと変わった。給料以外にも今のような臨時収入だって期待できる。

 エーリヒにしてみてもエア・ヤマガタの方が学園正規軍の補給部隊よりも付き合いやすかった。一度シュネーヴァルト学園の正規軍から補給を受けたとき、補給を受ける直前になって補給予定地点からの移動を命じられた。司令部に理由を問い質してみると「お前らの顔は正規軍の兵士に見せるには余りにも品がなさ過ぎる。だからヘリの足が地上に触れる前までに、お前らの吐いた汚い息が世界平和のために戦う立派な兵士達にかからないようにさっさと移動しろ」という返事を浴びせられ心底嫌な気分にさせられたものだ。

「ノエル、どうしたの?」

 ヘリが去っていった後、エーリヒは立てかけられた地図を見るノエルに歩み寄る。

「グリャーズヌイ特別区って地図に載ってないんだね」

 ノエルが言うように、サカタグラードの地図に今第三十二大隊のLRRPチームが秘密裏に展開している汚い街は一切描かれていなかった。

「ヴォルクグラード人民学園は表向き政情安定ということになってるからね。この特別区はそもそも存在しないし、僕達もここには存在しない」

 エーリヒはこれから我が軍には不正規戦を行う兵士など一人も在籍していないという見え見えの公式声明を発表しているシュネーヴァルト学園の特殊部隊がサカタグラード奥深くで行う秘密作戦の概要についてノエルに説明した。

「大体わかったけど……一体ここには何があるんだろうね? それらしい言葉で体裁を繕った世界が案の定生み出した歪みかな?」

 説明が終わった瞬間、ノエルの爬虫類に似た縦スリットの瞳に寒々とした光が宿ったのをエーリヒは見逃さなかった。全く体温を感じさせない瞳――可愛らしい顔をした少年はまるで蛇に睨まれた蛙のように思わずその場に立ち尽くして黙りこくってしまう。

「きゃーっち!」

 突然ノエルはエーリヒの手を取り自分の左胸へと押し当てた。

「ちょっと!」

「突然で悪いんだけど感じて欲しいんだ」

 顔を真っ赤にするエーリヒに構わず、ノエルは彼の手を軍服越しにでもわかる豊満な胸へと強く強く押し込んでいく。ボリューム感溢れる胸がエーリヒの指で撓んだ。

「私の左胸と、その心臓の鼓動を」

「な……な……何を言っているのかわからないよ……!」

 耳まで赤くなったエーリヒは急いで手を振り払った。

「ううう……」

 激しく泳ぐ少女の視線はある一箇所を捉えた。

「の、ノエル!」

「なに?」

「そ、そ、その自動小銃!」

 第一関節から先だけが露出する薄手の黒いオープンフィンガーグローブに包まれたエーリヒの指が、ノエルが肩にスリングで掛けたMKb42自動小銃を指差す。

「これがどうかした?」

「じ、じ、銃のセレクターレバーに音が出ないようにテープを巻かなきゃダメだって教えたじゃないか……そのままにしてると動かしたとき敵に気付かれるから……」

「はいさーい」

 にししとノエルは笑う。

「だけどさ、そんなに気合入れてもしょうがないよ、エリー。大体チャビン・デ・ワンタルだってまだ全然出来上がっていないんだから」

「えっ……知ってたの?」

 頬を赤らめつつもエーリヒは意外そうな声を発した。

「そりゃ私は第三十二大隊の最高指揮官だからねい」

「じゃあ聞きたいんだけど」

「なにかな? なにかな?」

 エーリヒは一呼吸置いて話す。

「今回のドレイク・ルージュ作戦の目的は一体何なの?」

「知らなかったのかい?」

 今度はノエルが意外そうな声を発した。

「エーリヒ・シュヴァンクマイエルにとってのドレイク・ルージュ作戦は君が過去を払拭するために行われるものさ。そう、マリア・パステルナークとの過去をね」

 口を噤んだままエーリヒは何も答えなかった。ただ眉間には深い皺が寄っていた。

「そしてこの私、ラブリーエンジェルなノエル・フォルテンマイヤーちゃんにとってのドレイク・ルージュ作戦が持つ意味は――」

 言葉を遮り、にゃーんと甘い声を発したノエルは人差し指でエーリヒの顎を持ち上げる。

「それはね……」

 性懲りもなくまたも赤くなるエーリヒに対してノエルは大きく息を吸い込み、

「ひみつ!」

 ぺろりと舌を出して左目のウィンクを送った。


 注1 標準業務準則。

 注2 長距離偵察部隊。

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