第二章8
「プロトタイプ及びヴァルキリーは母国の国益のため戦う歯車に過ぎません」
濃緑色のマナ・ローブを纏うサブラ・グリンゴールドは滞空しながらグリムリーパーと呼ばれる四連装ロケットランチャーを右肩に載せ、その大きく丸い砲口をボーダーランド某所のハッチへと向けた。
「それ以外のことは行う必要も」
一発目のロケット弾が放たれた。白煙を残して発射された鉄槌が炸裂して山腹を抉る。
「考える必要も」
二発目のロケット弾が放たれた。折れた木や砕かれた石が空に舞い上がっていく。
「知る必要もありません」
三発目のロケット弾が放たれた。叩き付けられた爆発が固い土を撒き散らす。
「その思考停止が君の限界だ!」
四発目のロケット弾を撃ち出そうとしたとき、下方で濛々と立ち込める土煙を切り裂いた二つの閃光がサブラへ迫ってきた。
サブラは躊躇なく残弾一となったグリムリーパーを投げ捨てる。直後、高火力を誇る米国製の四連装ロケットランチャーは青と赤の光跡に貫かれて爆発した。
「ソノカ、どう思う?」
「実力はトップクラス。しかしエンターテイメント性はゼロ」
涼しい表情を崩さないサブラが声の方向を見上げると、そこには彼女より上の高度で滞空する二人のヴァルキリーがいた。
「何の問題もありません」
ノエル・フォルテンマイヤーもソノカ・リントベルクも武器は何一つ持ち合わせていなかったが、サブラは瞬時にこの二人がまだMP44自動小銃とチェストリグに入ったマガジンを残している自分よりも遥かに強力かつ凶悪なヴァルキリーであると悟る。
「私や貴方も含めて、アルカで戦うプロトタイプやヴァルキリーはその全てが母国の国益のために使われる消耗品です。消耗品はただ消耗されるためだけに存在します」
しかし二人は自分より強力ではあるが決して勝てない相手ではないと背部飛行ユニットから左右に後退翼を伸ばすドラケンスバーグ学園のヴァルキリーは判断し、MP44自動小銃を撃ちながら右上方に旋回してその背後を奪おうとした。
「だそうですよ、テウルギスト!」
「赤点回答だね!」
対してノエルと頭にバンダナを巻いているソノカはそれぞれマナ・フィールドを展開して七・六二mm弾を弾きながら高度を下げつつ左旋回する。
「何もわかっていないのに!」
サブラがMP44自動小銃の狙いを喋りながら先行するノエルに合わせたとき、
「わかったようなことを言う!」
突然ソノカが上昇した。サブラはMP44自動小銃の銃口を彼女に向けようとするが、その直後ノエルに羽交い絞めにされ地上へ叩き落されてしまう。
「君、面白くないね」
砂煙の中立ち上がろうとしたサブラの顔面にノエルの右膝が容赦なく叩き込まれる。眼鏡が砕け、四散したレンズの破片が彼女の怜悧な顔を裂いて出血させた。
「我々は母国の歯車として戦う存在で――」
「駄目だ。全然面白くないよ、君」
血を吐いて立ち上がったサブラが他人事のように言い終える前にノエルの右ボディーブローが彼女の腹部を抉り、呻き声と共に今度は胃の内容物を喉から逆流させる。
「それは貴方の主観です」
口の周囲を嘔吐物で汚したサブラはそれでも踏み込んでノエルの顔面を殴打しようとするが、その中で一瞬だけ視線と頭を下に向ける。釣られてノエルが下を向いてしまった瞬間、黒く硬いパットで覆われたサブラの左膝がノエルの側頭部に直撃した。瞬時に意識を飛ばされたテウルギストは尻餅をつくが、
「テウルギスト! 援護します!」
「無用だよ!」
すぐに助太刀しようとしたソノカに怒声を浴びせて制止を行い、
「こんな奴のために体力を使うなんて人生の無駄遣いだ!」
力強く立ち上がって放った右フックの一撃でサブラの左頬を強打する。続いて打ち出された左フックがヘブライ語訛りの英語を話す彼女の額を捉えた。
「君はつまらないが不思議な人だ」
ノエルは踏み込んで全身を叩き付けるような右のミドルキックを放つ。膝小僧にサブラの内臓が悲鳴を上げる感覚が走り、呻き声を上げて一瞬上体を折ったドラケンスバーグ学園のヴァルキリーは苦し紛れに距離を詰めようとする。
「今から殺されようとしているのに!」
しかしノエルは両手でサブラを突き飛ばし、強引に距離を作って左のミドルキックを蹴り上げる。今度は折れたサブラの肋骨がぼきりと鈍い音を立てた。
「恐怖を感じてはいない!」
再び渾身の力で放たれたノエルの右ボディーブローで宙に浮いたサブラは四つん這いになって地面に倒れ込み激しく咳き込む。
「絶望も感じてはいない!」
ノエルはサブラの側頭部をサッカーボール宜しく何度も蹴り飛ばし、彼女がそれに耐えてよろめきながらも立ち上がるとその後ろ首を左手で掴んで至近距離から右アッパーを顔面に、左右の膝蹴りを下腹部に連打した。
「私には感情というものがありません。私は与えられた命令を遂行するだけの存在です」
頭突きを相手の顔面に見舞ってノエルを後退させたサブラは切れた左目尻の血を人差し指で拭いながらなおも事務的な口調で言う。
「随分と他人事のように言うんだね。確信したよ。君には殺す価値もない」
不快感を露にしたノエルは左フックと共にサブラの懐へと踏み込む。直撃はしない。彼女の側頭部を僅かに拳が掠めただけだった。
「私が圧倒されている」
今度はサブラが右フックを返す。
「試作型でしかないテウルギストに」
だがノエルは上半身を左前に倒してパンチを素通りさせ、すぐ上体を戻してカウンターの左フックを繰り出し――サブラは腰砕けになって地面に崩れ落ちた。
「魂の入っていない人形が私に勝てる道理はないよ。例え入っていたとしても、自分は歯車だと思考停止しているような出来の悪い人形にね」
そしてノエルはサブラが次の行動に出るよりも早く彼女の後ろ襟を掴み、そのまま彼女を勢い良く崖下へと放り投げた。




