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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 JUST LIKE OLD TIMES 1944
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第一章5

 あの日……地平線の果てまで広がる青空には雲一つなかった。

 横一列に並んだ、風力発電の白いプロペラがゆっくりと回転しているその下には緑が生い茂っている。

 緑の上で白が踊る。

 白い帽子。そして同じように白いワンピース姿の少女がエーリヒに振り向き、微笑んだ。

「もしもここ以外に私が生きても良い場所があるのなら、それはとても嬉しいことなんだって……そう思うんだ」

 ただ、紺色の髪を風に靡かせる彼女が見せたその笑みはとても悲しげだった。


「敵は開かれた包囲網の一角から撤退を開始しました」

 野戦指揮所の椅子に腰掛けたエーリヒは副官からの報告を受ける。

「これで一安心だね」

 脳内にある記憶の海から現実に戻ってきたエーリヒはそれを悟られないよう注意しながら返答する。ノエルの奮戦とエーリヒの指揮によって、既にタスクフォース609はショナイ平原に置かれた大型モニターに『WINNER!』の文字が現れ、飛び出さんばかりの勢いでドイツ連邦共和国の国旗がその画面に表示されるのを待つだけになっていた。それはBFにおける代理戦争の勝利を意味している。

「そうだ少佐、来週ボーダーランドにみんなで行くんですが、ご一緒にどうです?」

「あまり関心しないね」

 アルカ各校の生徒を顧客とする違法な売春宿等が立ち並ぶ退廃的な場所への誘いを受けたエーリヒは顔を顰めて首を横に振る。

「あそこは人を堕落させる。そしてああいう場所に行くのは低俗な人間だよ」

 だがそこまで言ってから、

「……ごめん。人に自分の考えを押し付けるのは良くないよね。僕はいいからみんなで行ってきて。ただ外出許可だけはちゃんと取っておくように」

 プロトタイプではなく純粋な『人間』としてこの世に生を受けて以来一度たりとも女性と肉体関係を持ったことがなく――要するに童貞の――性風俗というものに抵抗を感じてしまう十代の折り返しから数年が過ぎた少年はばつの悪い表情でベレー帽を取り、青みがかった黒髪を手で掻いた。

 一方で自分達の上官が何故そう反応するかを知っている部下達も本人に気付かれないよう見合って苦笑する。彼らとて本気で誘おうとしていたわけではない。

「少佐! 司令部より緊急連絡!」

 直後、通信手の報告によって野戦指揮所に流れていた空気は鉛のものへと変わる。

「ブラッド・シーより当空域に所属不明のヴァルキリーが急速接近中。ここに来ます!」

「何!?」

 慌ただしくテントの外に飛び出したエーリヒ達は澱んだ空を見上げる。そこには鉛色の雲の切れ目から降下してくる一人のヴァルキリーがいた。

「そんな……」

 エーリヒの右目が大きく見開かれ、その青い瞳に恐怖と絶望が滲んでいく。早鐘のように高鳴る心臓の鼓動は彼の首筋にまで伝わっていた。

「あれは……」

 人類の恥を凝縮したと言っても過言ではないアルカの短い歴史の中で『彼女』以外には絶対にあり得ない襟と袖が赤く縁取られた白一色のマナ・ローブ。

「マリア――」

 背部飛行ユニットから伸びる丸い翼端を持った角度の浅い後退翼にはウイングフェンスが幾つも付き、かつて解放の象徴として知られていた赤い狼のマークが描かれている。

「パステルナーク……!」

 絶望に顔を引き攣らせる年若き少佐の視線の先で、一九四四年のアルカには決して現れるはずのないヴァルキリーは背部飛行ユニットとローブを繋ぐRIS(注1)の基幹レールから右腕に伸びた支持アームで固定されているマナ・パルスランチャーを構えてトリガーを引く。重い金属音と共に空になったカートリッジが煙を残して排出され、迎え撃たんと上昇しながら発砲するタスクフォース609のヴァルキリーをその銃弾ごと大型火器の砲口から放たれた太い粒子ビームで消滅させた。

「少佐! ここは危険です!」

 瞬く間に三名のヴァルキリーを撃破したマリアは愉悦に顔を緩ませながらマナ・パルスランチャーの砲口をエーリヒ達のいる野戦指揮所へと向ける。

「そんな……僕は……殺したはず……一九四三年に……僕は……!」

 しかし砲口に充填されたマナ・エネルギーは茫然と立ち竦むエーリヒや、彼を強引に退避させようとしたその部下達を焼き払うことはなかった。

「はーい邪魔するよ!」

 突然、グレン&グレンダ社によってブラックボックス化された兵器の使用者がノエルに真横から強烈なタックルを浴びせられたためだ。

「世界の安定は法と警察のみによって守られるものではない。人が内に秘めた道徳感情が不可欠の要素である」

 マリアはすぐに空中で体勢を立て直し、ノエルのFAL自動小銃から放たれた四十mmグレネードランチャーの榴弾をマナ・フィールドで防ぐ。

「社会の習慣を規範化した道徳は安定した社会においては変化に乏しいものだった」

「違う」

 爆発による黒煙が流れるよりも早く赤い粒子を残してノエルは相手の左下方へと回り込み、マナ・フィールドでカバーされていないその無防備な内側を狙うが、様々な改造が施され、三十連マガジンが差し込まれている特別仕様のFAL自動小銃から放たれた七・六二mm弾が直撃する前に光の障壁がマリアの左膝を守った。

「違う」

 ノエルはマリアがマナ・パルスランチャーを構え、右下に向けて発射したときには既に赤い粒子を振り撒きながら彼女の右上方に回り込んでいた。そのまま左手に向けて発砲するも、マリアはマナ・フィールドで再び銃弾を無力化した。

「そして習慣に根差した道徳は自然な形で人々の行動を内から規制してきた」

 猪口才なとばかりに正面へと躍り出た爬虫類の瞳を持つ少女に向かって発射準備の完了したマナ・パルスランチャーが放たれる。

「それは議論によって合理的に決められることなく」

 ノエルは強大な破壊力を持つオーバーテクノロジーの一撃を真紅のマナ・フィールドで防いだものの、押し寄せてきた粒子ビームによって動きを止められてしまう。

「人が黙って従う規範であった!」

 それを見て形の良い口元を緩めたマリアは左手に装備したマナ・クローアームのクロー部分を音を立てて左右に開きながら彼女に襲い掛かった。

「だからこそ道徳は議論によって決まる法律よりも強く、意図せずして人を社会へと服従させたが」

「違う」

 ノエルは自分の顔面を挟み潰そうとした一撃を後方に一回転して回避する。そして左手で腰から抜いたパンツァーファウスト44(注2)の砲身を左肩に乗せて発射、撃ち出されたロケット弾でマリアのマナ・クローアームを粉砕した。

「社会が歪んだ形に変化したとき根拠を失うという、致命的な弱点を持っていた!」

 しかしマリアは無傷で炎と黒煙の中から飛び出してきた。連続して放たれたタックルとエルボーの二撃を受けてノエルは地上に落下していく。

「やはり違う」

 地面に叩き付けられたノエルはすぐ発達した筋肉が内包されている両手をバネのように使って飛び上がり、高度を取ったマリアが左手一本で掃射するPPSh‐41短機関銃の細やかな火線に追跡されつつ大きく地上を左旋回、円軌道を描く。

「何が違うと言うのだ? テウルギスト」

 自らも着地したマリアは右足を前に出し、マナ・パルスランチャーの砲口で地面を舐めるノエルの動きを追い、重いトリガーを引いた。

「違う」

 高速で地面を滑走するノエルは偶然視界に入ったヴォルクグラード学園軍のヴァルキリーを発見するなり、飛び上がってその背中を踏み台にした。横方向へとノエルが飛翔した直後、粒子ビームがそのヴァルキリーの上半身を消し飛ばす。

「テウルギストよ……一体何が違うと言うのだ。私はマリア・パステルナークだ。それ以外の何者でもない」

「違う! 断じて私は認めない!」

 極めて珍しく激昂したノエルとマナ・パルスランチャーからカートリッジを排出したマリアは地上で向き合う。

 そして赤と青のマナ・エネルギーは再び激突した。


 注1 レール・インターフェイス・システム。各種装備を装着可能な取り付け台。

 注2 ドイツ製の携帯式ロケット弾発射機。

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