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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 JUST LIKE OLD TIMES 1944
38/285

第一章3

 シュネーヴァルト学園のタスクフォース609はダンチヒ回廊を取り返さんとする母国のためショナイ平原に展開していた。

 アルカで行われる国家間の代理戦争は基本的に各学園が学園軍から一時的に編成したタスクフォース同士によって行われる。その規模は十名に満たないものから師団規模の大部隊まで多種多様であり、一個大隊――およそ一千名の各兵科のプロトタイプで編成されたタスクフォース609はその中間とも言える存在だった。

「突出した部隊を後退させろ。砲兵とテウルギストを支援に回せ」

「イワン共め。諦めが悪すぎるぞ!」

「ウォッカ野郎に知性を期待するなよ。次、榴弾装填」

 ショナイ平原に構築されたタスクフォース609の陣地奥ではユーゴスラヴィア製のマズルブレーキと防盾の付いた米国製M101榴弾砲が砲列を作って撃ち続け、逆に陣地の前面ではダックイン(注1)したこちらも米国製のM18ヘルキャット駆逐戦車が塹壕内の歩兵と協力して迫り来るヴォルクグラード学園軍の歩兵やT‐34/85中戦車、ヴァルキリーに七十六・二mm砲から放たれる火力のありったけを叩き込んでいる。

「遅れてごめん」

 そんな中、諸般の事情で一時的にショナイ平原を離れていた彼らの最高指揮官であるエーリヒ・シュヴァンクマイエルがその野戦指揮所へと戻ってきた。

「いえいえ。今日も世は全て事もなしですよ」

「さっきまで害虫駆除をしてたんだ」

「ええっ?」

 ケッテンクラート(注2)を降りてきたエーリヒに敬礼した副官は不穏なキーワードを耳にして怪訝な表情になる。

「寮の部屋にどこかの学校の第五列が訪ねてきてね。それも脳細胞の足りない女の子だよ。多分ダンチヒ回廊絡みだとは思うけど……不愉快だった」

 だが、つい先程まで野戦指揮所からエーリヒの代わりにタスクフォース609の各部隊へ指示を与えていた副官は敬愛する一方で人格に幾つかの問題点を抱えていると言わざるを得ない自分の上官が一体何を害虫と称したのかをすぐに察した。

「なるほど……しかし、一本電話を下さればお迎えを出しましたのに」

「そういうのは好きじゃないんだ」

 それから七分十二秒後、野戦指揮所を行き交う他の将校達と同じようにタイガーストライプパターンの迷彩服を着用した副官から戦況の説明を受け、指揮下の各部隊に指示を出し終えた夏用軍服姿のエーリヒにノエルから名指しで通信が入った。

「エリー!」

「なんだい?」

 快活な少女の声を聞くなり一瞬にして顔を引き攣らせたエーリヒは「また始まった」とばかりに笑いを押し殺す副官から無線機を受け取って束縛という言葉を知らない自由意志の塊とも言えるヴァルキリーに問う。

「私のこと『好きだ』って言って!」

 エーリヒの眉間に皺が寄るよりも早く、彼がベッドで目を覚ますと週に二回はすぐ隣で寝息を立てている少女とその哀れな犠牲者が野戦指揮所に姿を現した。

「殺せ! 私を殺せ!」

 静かに地面へと降り立ったノエルとは対照的に哀れ極まりないヴァルキリーは両脚の膝から下が吹き飛んだ状態で地面に叩き付けられた。

「ロシア人の死に様を見せてやる! 殺せ! さっさと殺せ!」

 抉り出された右目が眼窩から飛び出ているせいで頭を動かすたびに視神経だけで繋がった目玉を振り子めいて左右に動かすヴァルキリーは野戦指揮所で任務に励む不特定多数に目掛けて罵詈雑言をぶちまけるが、黙れと言わんばかりにノエルからグレネードランチャーが付いたFAL自動小銃で右手の肘から先を消し飛ばされた。

「相変わらず唐突だね……」

 エーリヒは女性のそれと変わらない艶やかさを持つ頬に飛び散ったヴァルキリーの血液を黒い革製のオープンフィンガーグローブで覆った手の甲で拭き取る。

「私のこと好きじゃないの?」

「そりゃ……ですよ……」

「もっと大きな声で言ってほしいなぁ」

 顔を真っ赤にしながら消え入りそうな声を発するエーリヒの眼前でノエルはヴァルキリーの髪を掴み、血の縁取りが描かれたその口に一体どこから手に入れたのか皆目見当もつかない信号拳銃の太い銃身を押し込む。

「私はエリーのことが大好きだよ。どれぐらい? これぐらい!」

 ノエルがトリガーを引くと同時にガスの抜けるような音を発して照明弾が放たれ、急速に焼け爛れていくヴァルキリーの顔の穴という穴から光が漏れ出す。次の瞬間には光が沸騰した血液へと変わり、真っ赤になった顔中から零れ落ちた鉄臭い滴がノエルの白い頬と地面を著しく汚した。

「敵を包囲下に置きました。このまま殲滅しますか?」

 考え得る最高の形で副官は眼前の光景に眉を顰めるエーリヒに助け船を出す。

「いや、そこまでやることはないよ。包囲網の一角を開け、敵がショナイ平原からヴォルクグラード本校方面に撤退するよう仕向ける」

「確かに私達の勝利条件は陣地を守り切ることであって敵の全滅ではないからね。それに今日は戦いが始まってから三日目。無理に敵を殲滅する必要はない」

 ノエルの言葉を受けてボーイッシュな乙女然とした少年は発言者に賛同の頷きを返す。

 BFで学園同士が本国の代理戦争を行う場合、言わば戦いの主催者であるグレン&グレンダ社からその都度変わる双方の勝利条件と敗北条件が事前に通達される。今回の場合、シュネーヴァルト学園の勝利条件はショナイ平原に構築した陣地を三日間守り切ることであり、敗北条件はその失敗だった。

「そう。アルカは個人的利得や興奮を求める冒険者達のユートピアじゃない。高い道徳的地位を持った子供達が世界で最も高度な技術を用いて国家の代理人を務める場所なんだ」

 シュネーヴァルト学園有数の精鋭部隊を率いる若き指揮官として言葉を並べたエーリヒが話し終わるなり、自分の横髪を弄るノエルはすっかり焼け焦げたヴァルキリーの無残な死体から女性に対して極めて奥手な可愛らしい少年に視線を移す。

「それで私のこと、好き?」

「えっそれは……」

 エーリヒはまた真っ赤になって押し黙ってしまった。


 注1 戦車の砲塔だけを陣地から出して射撃すること。

 注2 ドイツで開発された小型装軌式オートバイ。

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