プロローグ3
「何かあったの?」
昼休みの屋上でマリアと共に昼食を取っていたエーリヒはやたら不機嫌そうな様子でサンドイッチを頬張る彼女に声をかける。
「別に」
「なんだよもう……今日のマリア、何か変だよ」
「変じゃない」
頑なにエーリヒと目を合わせようとしないマリアが水筒からコップに注いだロシアン・ティーに口をつけたとき、屋上にとある人物が現れた。
「エリー! ここにいたんだね!」
今日転校してきたばかりの少女はつい数時間前に出会った少年を本人非公認の愛称で呼びながら親しげに近付いてくる。
「えっと……フォルテンマイヤーさん?」
「ノエルでいいよ」
長身の少女は立ち上がったエーリヒに抱き付くと自分の頬を彼の頬に摺り寄せた。信じられないぐらいに柔らかい。
「ちょっと……君……!」
エーリヒが生まれて初めて経験したのは頬の柔らかさだけではない。むしろ顎の僅か二十センチ下で撓むノエルの豊満な胸の感覚の方が、彼にとってはよほど強烈だった。
「うにゃー」
ロシアン・ティーを噴き出して咳き込むマリアなどお構いなしにノエルはエーリヒの腰に手を回し、例に漏れず茹蛸のように赤くなった彼を自分の体に密着させる。
「君からさっき好意の視線を向けられていた」
ノエルはほっそりとした指でエーリヒの前髪を弄った。
「実を言うと私も君と初めて会った気がしないんだ。どこか遠くの世界で既に会っているような気がする。私のこと、本当に覚えてない?」
動揺し切ったエーリヒが「えっ? えっ? えっ?」と困惑の声を上げていると、舌打ちの音が彼の鼓膜を打つ。
「私はお邪魔虫のようだな」
「いやマリア、これはその……」
怒りに身を震わせてマリアは立ち上がり、濃い紺色の髪を屋上に吹き付ける風に靡かせながら転校生に抱き付かれている少年に背を向けた。
「先に失礼する」
「待ってよ! ねぇ!」
エーリヒは血相を変えて自分の右手を離れていくマリアの背中に伸ばす。
「僕を一人にしないで!」