プロローグ1
「朝だよ! 起きて!」
透き通るような少年の声が暗い部屋に響き渡った直後、彼の手によって薄いベージュ色のカーテンが開かれた。
「全くもう……こんなに散らかして……」
肩口まで伸びる青みがかった黒髪と柔和な顔立ちのせいでボーイッシュな乙女にさえ見える少年――エーリヒ・シュヴァンクマイエルは鳥の囀りを耳にしつつ、窓外から差し込む日光に照らし出された図鑑にさえ載っていないような虫がいてもおかしくないほど汚い部屋に転がる空瓶や宅配ピザの箱を適当なスペースに片付けていく。
「もうちょっとだけ寝かせてくれ……」
薄いタオルケットの下で艶のある紺色の髪が布との擦過音を鳴らして寝返りを打つ。
「あと三分でいいから……」
「昨日もそう言ってたじゃないか! さあ起きて!」
直後、強引にタオルケットを剥ぎ取ったエーリヒは途端に赤面する。
「ああ、暑かったんでな」
ベッドの上で長い足を折ったまま上体を起こす端正な顔の少女こと下着姿のマリア・パステルナークは特に恥ずかしがる様子もなく、気だるげに欠伸を漏らしてから琥珀色の瞳でエーリヒを見やる。単に買いに行くのが面倒臭いという理由だけで使い続けている彼女の下着は怠惰な本人の性格とは裏腹に引き締まった体に食い込み、かえってその流麗なラインを引き立たせていた。
それから七分十二秒後、耳まで赤くなって若干前屈みになりながらマリアに服を着るよう促した少年の作った朝食を平らげた二人は並んで通学路を進んでいた。
「それにしても」
いつものように自分の鞄をエーリヒに持たせているマリアは彼に視線を送る。彼女の纏うセーラー服の左胸と右上腕部にはそれぞれ赤地に黄色で描かれた鎌と槌の徽章と、赤い星が配置されたパッチが縫い付けられていた。
「私に困らせられて呆れもさせられているというのに、お前も物好きな奴だな」
「そういうこと自分で言う?」
エーリヒの問いに対してマリアは何も答えず、ただ整った顔に微笑みを浮かべる。
これが二人にとっては当たり前の、昨日と同じ今日だった。




