エピローグ5
サカタグラード郊外、航空機の残骸が並ぶショー&ナイ・エアベースではPSOB‐SASブラボーチームの隊員達が死体の検分作業を行っていた。
「マリア・パステルナークの死体は発見できたか?」
ブルドーザーで土のように運ばれてきた死体の山は激しい異臭を放ち、ガスマスクを装面しても二十分の作業が限界だった。
「いえ。まだ見つかってはいません」
マリア・パステルナークの死体を発見して持ち帰るのが彼らの任務だった。隊長のキャロラインから理由までは聞かされていないし、隊員達も聞く気はなかった。
「急げ! イワン共だっていつまでもノンビリしているわけじゃないぞ!」
やがて一人の女性隊員が折り重なった死体の合間から覗く白いマナ・ローブを見つけた。
「マリアだわ」
女性隊員がうつ伏せになった死体に手を伸ばした瞬間――。
猛獣のような唸り声を上げ、死体の山から身を起こしたヴィールカ・シュレメンコが彼女の喉に噛み付いた。鮮血と共に女性隊員の動脈と皮膚がぶちぶちと音を立てて引き千切られ、認識票が血飛沫に乗って宙を舞う。
ヴィールカは血まみれの認識票を取り上げ、唾液の滴る音を鳴らした。
「実に良い名だ。頂くとしよう」
そして彼女は左胸に心臓の鼓動を感じながら、右胸に開いた穴を見て笑う。
マリアは私を殺したつもりだったが、人の心臓とは左側に付いているものだ!
この戦争を通してヴィールカは知った。
この世界そのものが歪んでいるのではない。この世界そのものが歪みなのだ。
良心を持った人々達が歪むのは歪んだ世界の中にいるからだ。
だから人の持つ歪みを正したいと思ったらこの世界そのものを破壊するしかない。
世界を破壊したい!
世界を破壊したいその理由は、ただ単に世界を破壊したいからだ!
腹が立って壁を殴るのに腹が立った以上の理由など必要ない!
「おい! どうした!?」
仲間の悲鳴を耳にして駆けつけた隊員達に血まみれのヴィールカは向き直る。
「なんだこいつ……マリアじゃ……ない!?」
認識票を投げ捨てたマナ・ローブ姿の少女に銃口を向ける隊員達のガスマスク内で、その目が驚愕によって大きく見開かれた。
「そう、私はアビー・カートライト。アルカ最後の英雄が産んだ純然たる悪意だ」
ヴィールカ・シュレメンコ――正確には今まさに別の人物となった――の醜く裂けた右口端が、唾液の糸を引いて狂気に歪んだ。
終劇




