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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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第一章2

 アルカ北西部の港町サカタグラードにソビエト社会主義共和国連邦の代理勢力であるヴォルクグラード人民学園は学園都市を構えていた。

 ソ連本国で大量生産されたプロトタイプが行き交う学園の中にある生徒会長室のドアがノックされ、室内で机上の書類を整理していた女子生徒が「どうぞ」と入室を促す。

「失礼します」

 きびきびとした足取りで生徒会役員のヴィールカ・シュレメンコが入ってきた。

「同志大佐、先の襲撃事件の件でお忙しいところ申し訳ございません」

「構わん」

 女子生徒は一瞥もくれずに書類を整理し続ける。

「春に人民生徒会を打倒してこの学園の実権を握ったのは私だ。尻も自分で拭わねばな」

 ヴォルクグラード人民学園生徒会長であり、同学園軍の大佐でもあるマリア・パステルナークは横目でヴィールカに視線を送りつつ書類の整理を続けた。

「まあ待て」

 マリアは清楚な顔立ちをしたヴィールカが栗色の髪を肩口で揺らしながら意を決してとある書類を脇から抜こうするのを制する。

「私とお前の仲だ。そんなに焦ることはない」

 マリアは引き出しからウォッカを一瓶、グラスを二つ取り出して机上に置く。そして最後に刃渡り二十センチもあるナイフを渾身の力でその横に突き刺した。

 大きな音が部屋に響き渡り驚いたヴィールカの両肩が跳ね上がった。わかっているのに、何度も何度も経験しているのに、彼女はいつも同じ反応をしてしまう。

「まずは酒でも飲もうじゃないか」

 前髪をヘアクリップで留めたヴァルキリーはヴィールカの目を見ながら話し、溢れんばかりのウォッカをグラスに注いでいく。

「同志大佐、我々は未成年です。流石に飲酒は……」

 なみなみと注がれたグラスが無言でヴィールカの前へと差し出される。マリアはロシア式の乾杯――底まで一気に飲み干すことを彼女に強要しているのだ。

「私の酒が飲めないと言いたいのなら口に出してそう言えばいい」

 躊躇するヴィールカに対し、マリアは圧迫感に溢れた言葉を投げ掛ける。

「飲め」

「……頂きます」

 音を立てて生唾を飲み込み、ヴィールカはグラスを手にとった。口を開き、恐ろしいまでのアルコール度数を持った透明な液体を喉の奥に流し込む。途端に焼け爛れるような感覚が食道に走り耐え切れなくなった彼女は滴を撒き散らして咳き込んでしまった。

「大丈夫か?」

 マリアは涙と鼻水を流して激しく咳き込み喉を掻き毟って身悶えするヴィールカに満足げな笑みを浮かべながら申し訳程度の気遣いの言葉を送る。その目は全く笑っていない。

「それで用とはなんだ?」

「はい……」

 顔を様々な液体で汚したヴィールカは咳き込んだ際に落とした書類を拾い上げ、震える手で埃を払ってからマリアに差し出した。

「これは先月、リトル・ハイフォンから出港したソ連本国向け輸送船の積荷リストです」

 ベトナム北部の港湾都市に肖ってその名前を付けられたリトル・ハイフォンはヴォルクグラード人民学園が保有するアルカにおいては希少価値の高い港湾施設だった。毎日のようにソ連本国からアルカに物資を運ぶ船が出入りしている。

「項目の二十九番をご覧下さい」

「ゴールデン・トライアングル(注1)製のアヘンがどうかしたのか?」

「この書類には同志大佐、貴方のサインがある。この事実を公表して下さい」

「別に公表するのは構わない。だが果たして信用されるかな?」

 マリアは失笑と共に机上の書類を丸めてゴミ箱に放り込んだ。

「人民生徒会を打倒した英雄が裏で麻薬取引を行い巨万の富を得ているなどと……」

 マリアは不機嫌そうな様子で足を組み、頬杖をついてヴィールカを見た。二日前に旧人民生徒会派の生徒達に襲撃され本来仲間であるはずの生徒会役員を目の前で多数殺害されたにも関わらず、彼女は何らショックを受けた印象はない。

「どうだ?」

「質問に質問を返して申し訳ありませんが、その『どうだ?』とはどういう意味ですか?」

 挑発的な言葉を受けたヴィールカの眉に皺が寄った。

「なに?」

「この世界における物事には全て何らかの意味があります。意味がないことなど存在しないのです。同志大佐、一体何を意味しているのですか? その『どうだ?』は」

「何も意味なんてないぞ」

「いえ、あります。少なくともヴィールカ・シュレメンコには『お前を口封じに始末することなど容易い。わかるか?』と言っているように聞こえました」

 ヴィールカは先程までとは打って変わってマリアの目を見ながら強い口調で話していた。

「お前は優秀な生徒会役員だ。私はお前に消えてほしくない。ただそう言いたかったんだ」

 苦笑いするマリアの言葉を受けて、音を立てて息を吸い肩を上下に揺らし始めていたヴィールカは安堵し落ち着きを取り戻す。

「申し訳ありません。失言でした」

 そして彼女は頭を掻いて謝罪する。

「そうか」

 途端にマリアの顔から笑顔が消え失せた。

「ならとっとと消えろ。そしてわかるように言うぞ。お前は校則に反する飲酒を行った。ルールを破ることは許されていない。面白いことにアルカの未成年に人殺しは許されても飲酒は許されていないからな。私はそれを公表するもしないも自由だ。公表されたらどうなるかぐらいお前にだってわかるだろう?」

 マリアが配下の風紀委員会に飲酒の事実を伝えれば、ヴィールカはすぐに拘束されてしまうだろう。それに元から学園に存在していなかったことにされる可能性さえある。

 くそ――。

 現状への不満と理不尽への怒り、そして自分の情けなさが、頬杖をついて侮蔑の視線を向けるマリアを目の前にしたヴィールカの中で混ざり合った。


 注1 東南アジアにある世界最大の麻薬密造地。

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