エピローグ3
一日の授業を全て終えたシュネーヴァルト学園の教室内は緋色に染め抜かれていた。
「エリー、一八一二年の戦争における唯一の勝者はチャイコフスキーだったんだよ」
学生服に身を包み、失われた左目を黒い眼帯で覆うエーリヒが鞄に筆記用具やノートを入れていると舞台役者のように両手を広げながらノエルが教室に入ってきた。
「もういいの?」
「うん。指揮権剥奪と二階級降格で済んだよ。意外だよね」
「利用価値がまだあると判断されただけだよ」
口ではそう言いながらもエーリヒは心底安堵した様子だった。
シュネーヴァルト学園はサカタグラードを舞台に繰り広げられた今回の戦争の全責任を首謀者であるノエルに押し付けた。彼女は今自分で話したように第三十二大隊の指揮権を剥奪され、二階級降格という特例的な処罰を受けた。ノエルが独断で旧人民生徒会派を支援しテロに走らせたことが今回の戦争の原因だと公式記録には記される。
「期待外れだよ。大悪人に仕立て上げられると思ったのに。第三十二大隊も解隊されちゃうし、つまらないことだらけで嫌になるなぁ」
「……それだけ楽しんだじゃないか」
「にしし」
降格されて中尉になったノエルにつられて、昇進し少佐となったエーリヒも笑った。
「さっき辞令が届いた。僕は第三十二大隊とロイヤリストの生き残りに補充兵を加えて新たに編成されるタスクフォースの指揮官になる」
エーリヒはノエルに『609』と描かれたワッペンを差し出す。
「君にも一緒に来て欲しい。タスクフォース609に」
「謹んでお受けするよ」
顔を綻ばせたノエルはワッペンを受け取る。
「私はエリー以外の指揮下に入るつもりはないよ。ノエル・フォルテンマイヤーに命令できるのはこの世界でただ一人、エーリヒ・シュヴァンクマイエルだけだからね」
「ありがとう」
感謝の言葉を口にしたエーリヒは本題に取り掛かった。
「ところでノエル、どうして今回の戦争を起こしたの?」
「えっ?」
ノエルは目を丸くする。
「エリー、まだ知らなかったの?」
珍しく驚きの表情を見せたノエルはふふっと笑い、人差し指を立てた。
「戦争がしたかったからだよ。代理戦争じゃなくて、ちょっと変わった形の面白い戦争がしたかった。理由は単にそれだけだよ」
「そう」
エーリヒの顔に安堵が滲む。実は答えを知っていた。ただ確認したかったのだ。
したいからする。それでいい。理由はいくらでも後付けできるのだ。
だからエーリヒはこれからもアルカを維持するために戦い続ける。
何故か?
それは、アルカを維持したいからだ。