アルカ麻薬戦争 7
一九五〇年八月二十六日。
「殺すならさっさと殺せ……!」
ティエラ・ブランカ北西部に建つゼータの白い豪邸に連行された忍は後ろ手に縛られて膝立ちになっている惨めな姿で撲殺用の金属バットを携えて自分を囲むバラクラバで顔を隠した者達に攻撃的な視線を向けたが、壁や床が血で酷く汚れている暗い倉庫で何十回と殴られた顔を無残に腫らす日本製ヴァルキリーに恐怖を覚える者など誰一人いなかった。
「大丈夫そうか?」
「ちゃんと撮れてますよ」
八ミリカメラを回す部下から肯定の頷きを送られたゼータ兵は血と土で汚れた忍の髪を乱暴に掴んで頬に平手打ちを見舞いゴキブリ這い回る床に叩き付ける。
「貴方が無残に殺される映像はグレン&グレンダ社の戦意低下に大きく貢献するでしょう」
静かに倉庫に現れたサブラの声は忍には届かなかった。昨日捕虜になった少女は続いてゼータ兵達から頭や脇腹を激しく蹴り上げられたからだ。
「このような残虐な映像を目にしてもなお戦意旺盛でいられるのは、私のような生まれた時点で既に殺人への嫌悪感や抵抗感が欠落している例外的な二%の存在だけでしょう」
サブラは兵士達に両脇を抱えられて無理矢理に体を起こされた忍の汚れた右耳を掴むと瞬きもせずに刃を付け根に食い込ませた。
「やめっ……やめっ……」
強烈な激痛で表情を大きく歪め、更に絶望で目尻に涙を溜めたヴァルキリーの削がれた赤い肉の断面から溢れた血が顎の線に沿って伝う。
「どうして……どうしてこんなことをするんだ……」
「単純です。されて当然だからです。まさかご自分が正常だとでもお思いですか?」
サブラは床から体温がまだ残っている右耳を拾い上げると忍の口に入れようとするが、ゾンダーコマンド・アルカの生き残りは唇を固く閉じ、顔を背けて頑なに防ごうとした。
「私達は貴方が御妹さんを大切にしているから残虐行為を働いているのではありません。歪んだ正当性を証明するための道具として自分の大切な存在を無意識に利用する異常者を活用する方法は地球上にこれしか存在しないからです」
サブラは強引に背後から黒い戦闘服姿のゼータ兵二人にこじ開けられた口に耳を自分の拳ごと呑み込ませるかの如く押し込み、
「非常に遺憾ながらアルカに少なからず存在するこういった者達は理由さえ与えられれば多様な破壊行為を抵抗なく実行する危険性を秘めています。テロリスト予備軍とも言える彼らの芽は事前に摘む必要があります」
〇・五秒と経たずにそれを嘔吐物と共に吐き出して激しく噎せた少女に告げる。
「そのためにはゼータ……いえ、我がシャローム学園に対するテロ行為に加担した代償は重いという事実をわかりやすい形で彼らに伝え、選択肢を消滅させなければなりません」
そこまで言ってから、サブラは充血した両目を真っ赤にして荒い呼吸で肩を上下させる捕虜の頭に黒いゴミ袋を被せた。
「だからこそ私達は『ドラッグはいいぞ』と、その言葉が作られた発端も経緯も知らずに大きな声で連呼して自分の価値観を押し付け、同調しない者達を攻撃する救い難い人々の首をしばしば生きたまま鉈で斬り落とし――」
そして歯車は禍々しい拷問具の数々が並ぶ机上から工業用ドリルを選ぶと、安全装置を外してから思い切り高速回転する先端部を眼前の糞で汚れたポリエチレンに突き刺した。
「時には今この瞬間のように、正しき側に立つ強き弱者の最低限の務めとして、無自覚の悪意を振り撒く唾棄すべき彼らの同類の人権を侵害するのです」
麻薬戦争開始後――ティエラ・ブランカでは一年間に二万四千三百七十四人が死亡した。
これは前年の約十倍にも及ぶ数字であり、地獄は今日も続いている。
終劇