アルカ麻薬戦争 6
「死ね!」
脱出叶わず撃破されたパンター中戦車やヤークトティーガー駆逐戦車が擱座して炎上し、あちこちの黒焦げた街路樹に首や手足をチェーンソーで切断済みの死体が待ち伏せ攻撃の以前から宙吊りにされている地獄の中でムルロア・カルテルのヴァルキリーがゼータ兵に右上から左下にかけての鉈一閃を放つ。
「畜生!」
ヘブライ語で毒づいた戦争屋は身を屈めて斬撃を空振りに終わらせ、転倒するかの如く後方に下がるも戦乙女が前進して右の横一撃を放つ方が早かった。しかし欠け目立つ刃が身分を隠した黒づくめの特殊部隊員に到達する前に右方向から飛来した七・六二ミリ弾が少女の右腕付け根に食い込み、体内で筋肉や骨を破壊し尽くして濃緑色のマナ・ローブに包まれた上腕部を胴体から切り離す。
「崇高な信念を抱くプロフェッショナルならば大義のためにスキルを発揮するでしょう」
地面に尻餅をつく恰好のゼータ兵はバラクラバから覗く裸眼で苦悶に美貌を歪める敵が銃弾の来た方向に体を向けるなり胸を撃ち抜かれる光景を目にした。
「しかし、私には何の思想も理想もありません」
お前――と、リーダー自ら戦場に現れたサブラの背後からたった今殺された仲間の仇を討たんと迫ったヴァルキリーに対してレイルと支持架のみ固形化させている善人には何の権利もない場所の王は振り向いて足元を蹴り、その懐に入る。
「くたばんなさいよ!」
「敵を殺せば殺すだけ評価に繋がり、評価が高まれば高まる程、私の権限も強化されます」
裂帛の気合いと共にヴァルキリーが繰り出したナイフが冷たい歯車の左側頭部を掠め、同時にサブラが突き出したガリル自動小銃の銃身が相手の腹部に突き刺さる。
「それはイスラエルという道徳的にも社会的にも正当化されたユダヤ人国家がアルカ内で大きな影響力を持つ現状の維持に間違いなく必要です」
サブラは躊躇せずに発砲しアルカという世界の果て、魂の極北で延々と繰り返してきた残虐な戦争犯罪に確実に匹敵する大量殺人の犠牲者リストを更新すると、口から血を流し、頭を垂らす死体を蹴って吹き飛ばしバラックへと叩き付ける。トタン屋根が弾けて廃材が四散、中で飼われていた鶏達が蜘蛛の子を散らすかのように逃げ去っていく。
「よくも! よくも隊長殿を!」
「人殺し!」
「許せない!」
次に今日も白と青の学生服に身を包む少女は白旗をハッチから掲げた戦車から脱出し、自暴自棄の有様で車両備え付けのMP40短機関銃を狙い定めず四方に向け乱射していた弱者の味方さんチームの死に損ない六人のうち左前方の一人に肉薄、左回転の回し蹴りで両腕ごと上半身を真っ二つに、その流れで第一犠牲者の断面から舞い上がった薄い桃色の臓物が地面に広がって生臭い湯気を立てる前に最奥の兵士の胸と頭部をガリル自動小銃で撃ち抜き、最後に右前方の兵士を鋭い左ハイキックで逆袈裟にする。
「私の権限強化と我が校そのものの強化はイコールなのです」
サブラは足元に転がるDP28軽機関銃を軍用ブーツで覆われた爪先で宙に蹴り上げて左手で掴むと激しく炎上するヤークトパンター駆逐戦車の残骸を蹴って高く飛び上がり、重力に引かれて地に両足を着けるまでの数秒の間に右から左にかけてのフルオート射撃で黒いパンツァージャケットと赤いミニスカート姿の少女達を三人揃って引き裂いた。
「暴力のスパイラルに巻き込みやがって!」
上半身から少し遅れて下半身が三連続で倒れるシュールな光景を背にするイスラエルの歯車に斧を手にしたヴァルキリーは立ち並ぶバラック小屋を腹で撫でるかの如く旋回して無防備な左側に回り込み斬撃を放つが、即時対応した長い黒髪の少女が前に出した左手に展開したマナ・フィールドで防がれてしまう。
「暴力は出鱈目に起こっているのではありません。プロトタイプやヴァルキリーが突然、猟奇的な殺人鬼に変貌した訳でもありません」
左手を大きく外側に振るって刃を退け、余波で敵を地面に叩き付けたサブラはすかさずガリル自動小銃を構えて発砲、背部飛行ユニットのノズルから青い輝きを噴射して逃走を図ったヴァルキリーの喉を深く抉って機械油がたっぷり染み込んだ土を血で更に汚した。
「ドラッグはいいぞ!」
「ドラッグはいいぞ!」
今日の暴力を明確な歴史的背景の中でエスカレートさせた元凶の耳にお馴染みの言葉が入るが、歯車はノエルとは異なり表情一つ変えずに迫り来る新たなムルロア・カルテルの戦乙女達が口々に発した文字列……排他的同調圧力の代名詞となってしまっている言葉を耳にしても表情一つ変えなかった。
「暴力が引き起こされた要因は追及可能です。最初は曇りない善意によって行動していた現実の人間達が自覚のないまま知らず知らずのうちに正義という麻薬に依存してしまい、禁断症状から逃れるため誤った選択を取り続けたのです」
殆ど何もしないままパンツァーファウスト44の集中射撃で即座に撃破されてしまったヘッツァー駆逐戦車に駆け寄った少女は拉げた上部装甲を強引に引き剥がし、円盤投げの要領で空に放り投げる。サブラに迫る五人中四人が血の霧を上げて両断された。
「アルカでの麻薬は火と同じです。火は上手に扱えば暖かさや明るさを与えてくれます」
急上昇で危うく即死を免れた残り一人は高度を取って両脇に抱えたMG42軽機関銃の激しい連射を斜め下にいるイスラエル製ヴァルキリーに叩き込んだが、当の撃たれた側は涼しい口調で話し続けながら先程の小型対戦車車両の車体横に掛けられていた鎖を外してプロペラ宜しく高速回転させ迫り来る数百発の弾丸を全て弾き返した。
「今よ!」
歯車の真正面でヴァルキリーが弾切れを起こしたドイツ製自動火器を投げ捨てるや否や燃え盛るパンター中戦車の陰から突如飛び上がった彼女の仲間がソ連製対戦車地雷を掲げ、刺し違えんばかりの勢いでサブラに迫った。
「しかし使い方を誤ると火傷を負い、場合によっては命を落とすこともあります」
だが右手首に青いマナ・クリスタルを装備し両肘両膝を黒のパッドで覆っている以外はシャローム学園の一般生徒と全く変わらない外見をした美しい少女は軽やかに左一回転、敵の後頭部に右肘を打ち入れ、下がった頭を左膝で強撃し濃い血の霧へと変える。
「今の貴方のように」
人生を賭した決死の攻撃を易々と叩き潰したサブラは次にガリル自動小銃で唖然とする正面の敵も撃ち倒すと弱者の味方さんチームを皆殺しにするため周囲に視線を走らせたが、彼女達の背中を見つける前に突如飛来した何者かの背部飛行ユニットに激突された。
「テウルギストのものではありませんね」
グレン&グレンダ社の手によりブラックボックス化されているオーバーテクノロジーの集合体は、他人事のように口走ったサブラを青い粒子を猛噴射するノズルの丁度反対側に位置する灰色の先端部で猛烈に押し込み、対応が遅れた戦乙女を易々と持ち上げて機能を喪失している電波塔に打ち当てた。
「……ァッ」
背に走った激痛で僅かに表情を歪めた歯車の肺から空気が奪われ、小さな苦悶の響きが喉奥から漏れる。
「お前らだ。お前らが麻薬を売ったから……!」
ノエルに投げ掛けたものと一字一句全く変わらない言葉を叫んだ忍は死体から分捕ったブルパップ改造M2重機関銃を連射しながら再固形化した背部飛行ユニットの力を借りて空を進み、舞い上げられた金属片と立ち込めた黒煙に突入していく。
「自分達は他と違うという階層を作りたいだけの連中が!」
「平等という卑しい者達が抱く幻影は、実際には高貴な者の間にしか存在しません」
サブラは五十口径の塊が左右に着弾して火花を散らす絶望的状況にも関わらず、冷静に自分を拘束する飛行機もどきを破壊すると残骸を投げ飛ばしてから巨大な軋み音を立てて倒壊し始めた大型構造物を全力疾走で下り始めた。
「そもそも私は単なる歯車です」
一メートル前の鉄面に突き刺さった十二・七ミリ弾による粉塵から勢い良く飛び出し、続いてスカート捲れを気にも留めない両足を広げた高速前転で更なる追撃を肉付きの良い尻部から僅か数センチ上の空振りに終わらせたサブラは近付く忍を目視確認すると飛翔、落下しながら火器を発砲し七・六二ミリ弾をM2重機関銃の黒々とした銃口に送り込む。
「しまっ……」
忍が気付くも既に遅し――南アフリカ共和国製の弾丸は複雑極まる内部の機構を存分に破壊してから辛うじて改造前の原型を留めている本体後方から飛び出して一生を終える。
「歯車は自分で考えたりはしません」
「その言葉、お前達のせいで人生を滅茶苦茶にされた者達に直接言ってみろ!」
「わかりました。では手配をお願い致します」
「貴様ァ!」
薄茶色のショートカットの少女は使い物にならなくなった鹵獲武器を放棄すると怒りのあまり裏返った声を発しつつ腰に差したウージー短機関銃を引き抜いて高度を下げていくサブラに三連射を浴びせるも、ゼータのリーダーは一瞬だけ展開したマナ・フィールドで空中に踏み台を作り、角度を付けた左手に本来の使用目的のため展開した新たなる青光で鉄雨を弾きつつ飛び上がって忍と同目線に到達するなり発砲した。
「私は貴方が何を言いたいのか理解できませんし、何がしたいのかも把握できません」
冷ややかな声と同時に右肩に赤い染みを作って地面に叩き付けられた忍の顔が思い切り蹴り上げられた。眼窩底を叩き割られた右目周辺が腫れ上がり視界を完全に塞ぐ。
「しかし、貴方が自分の行動や発言を正当化するために好意を寄せる者や支持する思想を無意識に利用する人物であるという点は確認できました」
「私がろくでなしだと言いたいのか!」
「はい。それ以外に聞こえましたか?」
「この……ッ!」
忍は苦し紛れに拾い上げた拳銃をサブラに向けてトリガーを引くが弾丸は撃ち出されず、ただ動作不良を起こしたスライドが後退したまま戻らなくなるという光景だけが広がった。「ですが一ドルの値打ちもない貴方にも一つだけ利用価値があります」
サブラは静かに言って必死にスライドを戻そうとする忍の顔面を踏み付け失神させる。
その声には、彼女がまだ歯車と呼ばれる前に持っていたかもしれなかった軽蔑や嫌悪の響きがほんの少しだけ見え隠れしていた。