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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 サブラクロニクルズ3
271/285

アルカ麻薬戦争 5

「こちら弱者の味方さんチーム、敵影は確認できません」

 蠅の集る死体を踏み潰したまま左右に背が低いビル群が並ぶ道の真ん中で停車しているティーガー重戦車のハッチから上半身を出した隊長は、後方で縦隊を作っている部下達のパンター中戦車やヘッツァー駆逐戦車に視線を送りながら司令部への報告を済ませる。

「パンツァーフォー!」

 無線連絡が終わると戦車隊は再び前進を開始した。キャタピラが黒のゴミ袋で覆われた死体や手足のない土色の胴体を相次いで踏み潰していく。

『我々は君達を必要としている。兵士及び元兵士求む』

『高給と食事保証、終身雇用制度あり。もう嫉妬や羨望に苦しむな』

『共に戦おう。年金、生命保険、住宅完備。新車供与』

 細切れ人体入りの汚いポリ袋があちこちに転がる地獄を進むティーガー重戦車の乗員が異変に気付いて隊長に報告したのは、白いシーツに書かれて橋に吊るされているゼータの求人広告が弱者の味方さんチーム全員の目に入った頃だった。

「あれは偵察隊の……」

 再びハッチから体を出して双眼鏡で前方を凝視した隊長は、レンズ奥に黒焦げになって道の中央に擱座しているM26パーシング重戦車を確認するなり全車停止を命じた。

「こんなの……」

 本隊に先立ち、配備されたばかりの米国製新型戦車の試験乗車も兼ねて偵察に向かった一台とはここ数日全く連絡が取れていなかった。隊長は恐らく無線の不調か何かだろうと考えていたが、撃破した後にわざわざこの場所まで運んだと思われる残骸と、奇妙に体を曲げた状態で横たわる三体の女性戦車兵の斬首死体を見て自身の間違いに気付いた。

「こんなのまともじゃないよ……こんなの……」

 針金で手首の皮膚が裂け、幾重にも赤い細筋が走るまできつく後ろ手に縛られた状態で絶命している三人が全員何故か出撃時とは全く異なる高い露出度のレースクイーン姿で、更に背中に十数本に及ぶ釘が突き刺してある理解不能な光景に隊長の脳内は大混乱に陥り指示待ちのまま停車を余儀なくされた縦隊は無防備極まりない形で放置されてしまう。

「シカリオ2‐1よりバリエンテ3‐5、団体さんが停まったぞ」

 スラム街の中で装甲車両の移動を制限し、移動方向を特定できる場所を待ち伏せ地点に選択したゼータの対戦車チームは、現実世界での成功体験に乏しい上に自分達の絶対的な正しさを信じて疑わず、見えない場所では同じ女性プロトタイプの戦車兵達からも品位の欠片もない礼儀知らずの輩共と言われる集団を殲滅するための行動を開始する。

「面倒な対空砲と随伴歩兵もいない。殺れ」

 道の南東・南西・北東・北西に聳える二階建てビルの上と一階に布陣した各五名の班は最初に車列の先頭と最後尾に照準を合わせる。

「やーってやるやーってやるやーってやーるーぜー♪」

 合図と共に停止した車列目掛けて複数方向から一撃必殺のパンツァーファウスト44が放たれ、濛々たる白煙を残すドイツ製対戦車ロケット弾は一秒と経たず鉄虎の弱点である砲塔上面やエンジン部に食い込んで炸裂、立て続けに先頭車両を弱者の味方さんチームの隊長ごと木っ端微塵の爆散に追い込む。

「北東のビル一階!」

 瞬時に焼き尽くされた上官の悲鳴を無線機越しに聞いた最後尾のヘッツァー駆逐戦車の車長は斜め前方に後方噴射を発見するが、背の低い車体が旋回して前面に装備した主砲を撃つ前に後方から飛来した一弾で愛車ごと吹き飛ばされてしまう。

「お前らの行くヴァルハラはないぞ、パン屑共」

 敵が一体どこにいるのかも把握できないまま身動きが取れなくなったパンター中戦車に黒い戦闘服を纏い、その上に防弾チョッキを羽織ったゼータの兵士達が駆け寄る。

「やめて……降伏す……」

 無用な報復を防止するためバラクラバで素顔を隠しているシャローム学園特殊部隊員は血塗れになって煙が立ち昇るハッチから這い出してきた少女を躊躇なくガリル自動小銃で殺害し、薄茶色の車体をよじ登った仲間達と共に他の出口に猛連射を加えた上で手榴弾を放り込む。彼らが飛び降りるや否や内部で立て続けの炸裂が起き、細切れになった人体や金属部品が爆炎に乗せられて空高く舞い上がった。

「やってるやってる♪」

 他のヴァルキリーとは異なる赤いマナ・エネルギーの粒子を残し、燕尾を靡かせながらスラム街の数メートル上空を進むノエルは襲撃を受ける車列から立ち昇る幾筋もの黒煙と曳光弾の眩い輝きを見て目標を確認した。

「無理にでもテンション上げてかないとねー」

 自分に言い聞かせるような響きを唇の間から漏らす戦乙女が轟音と共に通過するなり、僅かに残っていたビルの窓ガラスが一斉に吹き飛んで弾痕だらけの外壁も剥がれ落ちる。

「家を燃やしてのし上がったような奴が!」

 屠殺場と化した街路に近付き、パンツァーファウスト44の重い発射筒を右肩に載せてさあ狩りの時間だとばかりに真新しい照準器を覗き込もうとしたノエルの右耳に突如強い怒気が込められた少女の声が入った。

「いきなり穏やかじゃないね……大丈夫? 何かあったら相談乗るよ?」

 青い輝きと共に横から突進してきた忍にドイツ製対戦車ロケット弾発射器を投げ付けて距離を取った金髪の少女はコルダイト火薬の悪臭漂う空中で体勢を立て直し、次にずれた眼鏡を元の位置に戻す。

「まだ稼ぎ足りないか! 戦争の犬め!」

「ちょっとちょっとー、落ち着きなよー」

 ノエルは麻薬に関する全てに敵愾心を抱く日本製ヴァルキリーが振るった鉈の横一閃を易々回避すると得物をFAL自動小銃には切り替えたが、構えもせず至極真面目な表情で弱者の味方さんチームの救援に駆け付けた乱入者を心配する。

「お前らだ。お前らが麻薬を売ったから……!」

「はぁ」

 縦の一閃を今度は後方回転で空振りに終わらせた少女は少なからずうんざりした様子で滞空しながら肩を落とす。

「あのさぁ……お酒のことを考えてみなよ。確かにお酒は有害だし暴力を引き起こすけど、じゃあお酒を飲む人がみんな廃人になる?」

 テウルギストはそれ以上の回答は聞き入れないよんという言葉を「ならないよね?」に変換して眉間に皺を寄せた。

「つまりは塩梅の問題なのさ。一つの面からしか見てないからそういうことが言える」

「それは売る側のポジショントークだろう!」

 忍は小さな弧を描いて上昇する眼前の敵を追い、直撃させる気が全く感じられない弾を次々に斬撃で切り裂いていく。

「BFで心に深い傷を負った子供達が癒しを求めて麻薬に手を出した一方、安全な場所で麻薬撲滅を訴える人々は英雄視された」

 肉薄に成功した忍の刃がノエルのマナ・フィールドで防がれ、接触部から激しい火花が散った。温度差のあるお互いの顔が照らし出される。

「今すぐに正義を主張したい側にとって麻薬問題は都合の良い話題なんだ。だってそれは悪との戦いで、敵は何も言い返してこないし、周囲からはタフで倫理的に見えるからだよ」

 眼鏡のレンズを閃光の反射で白一色にしている少女はなおも酷い視野狭窄に陥っている敵に語り掛け続ける。

「グレン&グレンダ社が余計なことをする前は汚職によって全て無問題に進んでいたんだ。麻薬カルテルは各学園に賄賂を払い、各学園もまたグレン&グレンダ社に賄賂を払った。とっても汚いお金は空気のように上へと昇り、歪んだ権力は汚染水のように下に流れた。でも、全員がそれぞれ得をしたので満足した。汚職はシステムの潤滑油だったのさ」

 だが平行線にすら移行する気配のない会話は突如終わる。

「そこのヴァルキリー! 援護するわ!」

 漁夫の利を狙ったムルロア・カルテルのヴァルキリー達が戦闘に介入したからだ。

「ドラッグはいいぞ!」

「ドラッグはいいぞ!」

 それぞれB‐10無反動砲とRPK軽機関銃を撃ちながら降下してくる戦乙女らの声を耳にしたノエルは胸中に危険を感じて離脱した日本製ヴァルキリーとの全く噛み合わない会話とは別のベクトルでの憂鬱さを感じた。

「さっきの方がマシだったにゃあ……」

 四肢切断と死体損壊というティエラ・ブランカにおいては極めて市場価値のある技術を持つヴァルキリーは上昇してFAL自動小銃を三連射し、大型火器を手にした方の左膝を七・六二ミリ弾で撃ち抜く。

「神様がいるなら何故天使が必要なのか? もし天使がいるなら何故神様が必要なのか?」

 爆発的な背部飛行ユニットからの噴射で左足を半分失ったヴァルキリーの背中側に出たノエルは、それでも苦痛に顔を歪ませつつ振り向いてソ連製重火器を自分に向けた相手の頭を撃ち抜いて絶命させる。

「麻薬を密輸する子は各学園の軍や公安委員に賄賂を渡す。これが天使だね。この場合、その上司に支払う必要はない」

 第三十二大隊やタスクフォース609に所属していた黒い過去を持つ戦乙女は背後から振り下ろされたRPK軽機関銃の硬い木製ストックを振り返りもせず身を翻して回避、

「また別のケースでは、生徒会長や軍の高官に賄賂を渡すこともある。これは神様だね。そうすればその部下達には賄賂を払う必要はない」

 そのまま横に一回転してベルギー製自動小銃を構えると二発で武器ごとヴァルキリーの両手を吹き飛ばした。

「賄賂と逮捕と裏切りの微妙かつ必要な絡み合い。地下水が井戸に入るように麻薬資金はグレン&グレンダ社に入っていたよ。彼らは調子に乗り過ぎたカルテルを潰し麻薬戦争を戦っているアピールもできた。それで上手く行っていたし、みんなが得をしていた」

 実績だけ見れば英雄と呼んでも差し支えないにも関わらず、法律を度外視した正義感や一般市民の忘れてしまった倫理観という類のロマンを一切持ち合わさない少女はそこまで言い終えてから、左右の断面から鮮血を引いて地面に叩き付けられ死んだ敵の有様を見て人工的に造り出されて初めて感じる虚しさを覚え首を横に振った。

「この作戦に意味があるとは思えない」

 一時的とはいえ敵が全滅して静寂が訪れたコルダイト火薬臭い空で目を瞑ったノエルは以前自分が殺したムルロア・カルテル構成員の言葉を借り物の台詞として口走ると全てを投げ出して地獄から飛び去る。

「人生には大切な時が何度か訪れる。しかし今はその時じゃない」

 別に複雑な理由がある訳ではない――何故ならノエルはテウルギストなのだから。

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