エピローグ2
エレナは灰色の囚人服を着せられ、ヴォルクグラード人民学園風紀委員会の取調室から窓外を見つめていた。彼女の前の机にはマリアの死を一面で伝える校内新聞が置いてある。
「大佐……」
エレナの脳内では、今まさに彼女が自分を守るためのストーリーが作り上げられている。
マリアとエレナはユーリが乗るヘリを守るため、その飛行ルート上にある敵の対空砲や高射砲を破壊しようとした。ヴァルキリーが行う任務の中で最も危険度が高い敵防空網の制圧を行っている最中、マリアは被弾して墜落した。マナ・クリスタルを失い、ヴァルキリーからただの少女に戻ったマリアを救うためエレナや友軍の航空機は手持ちの武器全てを投入するもロケット弾や弾薬はすぐに底を尽いてしまった。
マリアは切れた動脈から流れる血液のせいで朦朧とする意識の中、殺した敵の武器を奪って戦い続けた。最後まで彼女は諦めなかった。
「ありがとう」
十時間余りが経過したとき、精根尽き果てたマリアが弱々しい声でエレナに呼びかけた。
「でも私はここまでのようだ。少なくとも百人は殺った」
そしてマリアは手榴弾で数名の敵を道連れに自爆した――。
「手や足を怪我する方がマシだ。身体が痛むほうがいい。心の痛みはとてもつらいんだ」
自分の中で黒を白に変えたエレナは机の反対側に座るキャロラインに話す。PSOB‐SAS所属の彼女は第三者委員会の人間としてエレナの取調べを担当していた。
「体の方はどうです?」
「左耳の聴力がかなり落ちている……脳挫傷らしい。心臓もボロボロなんだそうだ。昨日、いつ心筋梗塞になってもおかしくないと医者に言われた」
「それは大変ですねぇ」
赤髪の少女は足を組み、他人事のように軽薄に返して書類にペンを走らせる。
「鳥達が羨ましい。すぐに戦争を忘れられるから……」
「あっそうですか。そんなことよりエレナさん、お願いがあるんですけど」
キャロラインは鞄から色紙とペンを取り出し、机に置いた。
「サインを頂けませんか? わざわざ持ち込むの大変だったんですよ。書類申請も面倒臭かったし……実は私、所謂ミリタリーオタクで――貴方の大ファンなんです!」
大げさな動作で話すキャロラインの前でかつてマリアのホワイトナイトと呼ばれたヴァルキリーは机に視線を落としぶつぶつと言葉を並べ立て始める。
「エレナ、ユーリを守ってやってくれないか」
自分で言った言葉に対し、エレナは両目に涙を浮かべて「はい」と答える。
「ユーリは私に残った、たった一つの『光』……」
引き攣りきった顔でエレナは言葉を紡ぐ。
「マリア・パステルナーク大佐……貴方が守ろうとした場所を私が守っていきます。今を生きている私が、生きられなかった貴方の代わりに。貴方として……」