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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 サブラクロニクルズ3
267/285

アルカ麻薬戦争 1

 この作品はフィクションである。

 従って、作中に登場する人物・団体・名称等は実在のアニメとは一切関係ない。


 一九五〇年八月二十五日。

「ドラッグには人生の大切な全てのことが――」

 半秒程前に七・六二ミリ弾の直撃で左腕を付け根から失った女子生徒は肉蠢く断面から赤を迸らせて叫ぼうとしたが、すぐに第二射で仲間の血と煤に塗れた顔を吹き飛ばされた。

「のんのーん! それは問題じゃなーい!」

 暴力を見たノエル・フォルテンマイヤーは自らが放った単射によって十数メートル先で飛散した脳漿と頭蓋骨の混合物が土の上に落ちる前に足元を蹴って前進、左右に後退翼が伸びる背部飛行ユニットの中型ノズルから赤いマナ・エネルギーを噴射し、行き場のない最下層民が住む傾いた掘っ建て小屋の連なりの間を急速前進した。

「君達が単にドラッグを楽しんでいるだけなら、私は此処に来てないよん♪」

 空を飛行するかの如く左右のS字機動を繰り返しながら真新しい空薬莢が転がる地面を舐め回し、迫り来る無数の弾丸を尽く無駄撃ちに終わらせたヴァルキリーは瞬く間に別の女子生徒との距離を詰め、憎悪の声と共に放たれた木製ストックの一撃を屈んで避ける。艶やかな金髪のショートカットが風圧で大きく揺れた。

「だったら何故……ッ!」

 かつては遊佐町と呼称され、現在はティエラ・ブランカと名を変え恐るべき麻薬戦争の舞台となっている土地を母校とし、その場所の全面崩壊――あたかも廃校のように――を防ぐための残虐行為を働き続けた少女は即座に上体を起こして爬虫類じみた縦スリットの赤い双眸を持つ長身の敵からのFAL自動小銃による至近距離射撃で左肘を砕かれた。

「ノエルちゃんは誰が何しようと無関心だよ。だってこの世界に意味なんてないからね」

 スローモーションと化した世界で自分の左上腕と左前腕が舞い上がる血骨の中、銃弾で無残に切り離されていく現実離れした光景を視認して表情を絶望一色に変えた雑魚に対し、自動火器による敵の四肢切断を至上の喜びとする戦乙女は引っ掛かりの残る充足感で胸を満たされながらそれでも楽しげに言い放つ。

「どうして!」

「私の無関心には幾つか例外が存在してるってことさ!」

 豊満な胸をチェストリグと呼ばれる前掛け式予備弾倉入れで覆うノエルはスペイン語で白い土地を意味し、複雑怪奇な諸事情でアルカ各地に存在する学園都市に加われなかった場所の一角で声高々に叫ぶと、襟に臭い汗染みが浮かぶ白と緑の夏用制服に包まれている女子生徒の柔らかな腹部に槍宜しく黒い銃身を突き入れる。

「その一つは単一の価値観だけを正義とし、それ以外に悪のレッテルを貼る連中で!」

 そして華奢な体を痙攣させて右手からAK47自動小銃を落とした女子生徒がゲボッと嫌な音を立てて吐血するや否やトリガーを引きつつ易々と彼女の体を持ち上げ、

「そういう連中を見ると私は、この世界が無意味だとは思えなくなる!」

 立て続けの七・六二ミリ弾で少女の狭い背中に噴火口めいた大穴を幾つも穿ちながら、路肩に転がる錆びた軍用車両のボンネットに頭から叩き落して絶命に追い込んだ。

「ドラッグを受け入れない連中なんてね、みんなガス室で死ぬべきなのよ!」

 成形炸薬弾の直撃で黒焦げた車体上で金属と血肉が混ざり合って四散する光景を視界に映す濃緑色のマナ・ローブ姿の少女に背後からまた別の敵が叫びながら迫る。

「ドラッグはいいぞ!」

「それだよ。そういうの、やめなよ」

 ベルギー製自動小銃を投げ捨てて瞬時に振り向いた民間軍事企業SW社所属の戦乙女はつい先程とは打って変わって心から醒め切った様子で自分が出向している麻薬カルテル、ゼータと敵対し、奇襲攻撃を受けた麻薬工場を守ろうとするムルロア・カルテルの一員が突き出したAK47自動小銃の銃剣を蹴り上げて弾き飛ばす。

「ドラッグはいいぞ――きっとその言葉は、最初は善意から生まれたものだと思うよ」

 目を細めた百八十センチを超える長身の持ち主は得物を失い「えっ……」と一瞬動きを止めてしまった女子生徒の襟を右手で掴み、続いて左手で制服そのものを全て剥ぎ取る。

「端的に、未経験の人達にもその素晴らしさを全ては暴露することなく、更に多くの人と最高の感動を共有するための、良かれと思って作られた素晴らしい言葉の筈だったんだ。でも、いつの間にかその言葉は自分達以外の価値観を全て否定して他者を傷付けることを正当化する意味合いさえも持つようになってしまった」

 テウルギストと呼ばれる人類の歴史上初のヴァルキリーは恐怖に引き攣った少女の表情、曝け出された発育途中の乳房、うっすらと毛が生えている陰部を順に冷たい視線で撫でる。「それは絶対に許されない行為なんだ。だから私は君達を殺す。こうやって!」

 強い憤りが込められたノエルの怒声と同時に涙と鼻水で顔を汚し、両足をバタつかせて自分を待ち受ける絶望の未来から必死で逃れようとしていた女子生徒の首から下の皮膚がオープンフィンガーグローブで覆われた右手によって勢い良く肉と引き剥がされた。

「一旦退け!」

「中に入れ! 早く!」

 布が切り裂かれるそれと酷似した不快音と共に周囲に飛び散った熱い鮮血で白磁の肌や形の良い唇を汚すノエルの鼓膜が重なり合う少女達の恐怖に震える大声で叩かれる。

「えー」

 一切の理屈が通じない恐るべき暴力が現実として存在する場所であらゆる気狂い沙汰をやってのけたヴァルキリーは皮を失った直後に即ショック死した亡骸を投げ捨て、赤黒が滴る肌色を自分の上半身ごと叩き付けるかの如く振り被って声の方向へと放り投げたが、無残な切れ端は慌ただしく閉じられた麻薬工場の扉に鉄臭い筋を走らせるに留まる。

「ちょっと叩かれただけで狭い場所に逃げ込むなんて本当につまらないにゃあ……」

 外でノエルが若干呆れ気味に「つまらない子達の処理はつまらない奴に任せようね」といつもと変わらぬ赤の輝きを放つ右手首のマナ・クリスタルを弄りながら肩を竦めたのと、変身を終えたムルロア・カルテルのヴァルキリー達が薄汚く暗い麻薬工場の二階で強力な重火器が入った木箱の蓋を叩き割ったのは丁度それから七分十二秒後だった。

「ドラッグはいいぞ!」

 ドラムマガジン付きのドイツ製MG42軽機関銃。

「ドラッグはいいぞ!」

 ヴァルキリーの火力支援によく用いられるソ連製PTRS1941対戦車ライフル。

「ドラッグはいいぞ!」

 無理矢理ブルパップ式に改造された米国製M2重機関銃。

「どっからでも来なさいよ。みんなぶっ殺してやるんだから!」

 奇襲攻撃を生き延びた三人のヴァルキリーは白い粉やガラス片が転がる床の上で互いに灰色の背部飛行ユニットを背中合わせにする形で陣を組む。

「こちらZ‐1、了解です」

 しかし吸引した麻薬で恐怖と疲労を消し飛ばし、右手首にマナ・クリスタルを装備する彼女達が耳にしたのは爆発音でも銃声でもなく静かで涼やかなヘブライ語の響きだった。

「下に……ッ!」

 察しの良い一人が足元に視線を落とした時は既に手遅れだった。

「強力な火器を用いれば容易く勝利が手に入ると思い込んでいる。まるで良いフォントを使えば小説が売れると勘違いしている文学者気取りの作家崩れと同じ思考ですね」

 次に冷ややかで心抉る羅列を孕むサブラ・グリンゴールドの声が聞こえた刹那、彼女のオープンフィンガーグローブから覗く親指が起爆装置の赤いボタンを押した。

 麻薬工場二階の床が一階に突き上げられるかのように爆発し、瞬時に立ち昇った黒煙を切り裂いて現れたシャローム学園最強のヴァルキリーにしてゼータのトップである存在がMG42軽機関銃を持った一人の前髪を掴んでそのまま飛翔する。

「――ッ」

 ムルロア・カルテルの虎の子は鼻腔に嗅ぎ慣れたコルダイト火薬の悪臭を感じる直前に長い黒髪を持ち、身に纏う白と青の学生服の右上腕部にイスラエル国旗のパッチを堂々と縫い付けている少女に頭を天井に激突させられて即死した。

「出たぞ!」

 下顎から上を全て失った死体を真っ二つに引き千切り、薄桃色の臓物をぶちまけてから錐揉み回転する二つの人体の片方を踏み台にしてジャンプし麻薬工場の内壁を走り出した赤いヘアバンドを装着している身長百七十センチ超の敵に青いマナ・エネルギーの粒子を噴き上げて飛び上がったヴァルキリーの一人は容易く人体を四散させる大火力を向ける。

「飛行ユニットがないのに……あんな!」

 だがヴァルキリーが通常装備する筈の背部飛行ユニットを固形化させず、取り付け部と背中を走るレイルのみから鈍光を放つ眼鏡を掛けた美しい少女は表情一つ変えないままで弾着よりも速く壁を疾走し直撃を許さなかった。

「私も驚いています。まさか背部飛行ユニットがあるにも関わらずその程度とは」

 自らをイスラエルの歯車と公言し多くの兵士から嫌悪を向けられているヴァルキリーは壁の行き止まりで両足の筋肉をフルに使い斜め下方に飛ぶ。ストッキングに覆われた白いパンティが露になるが、右手首に敵と同じ青いマナ・クリスタルを装備している戦乙女は何一つ気に留めない。

「皆さんには五ドルの値打ちもありませんね」

 サブラは頭部を斜め下に向けたまま右手に携えたガリル自動小銃のセレクターレバーを静かに操作してセミオートに切り替える。そしてソ連製対戦車ライフルを持った敵の頭を七・六二ミリ弾一発で撃ち抜き即座に絶命させ、麻薬工場の床に物音を立てずに降りると額に大粒の脂汗を浮かばせている最後に残ったムルロア・カルテルの尖兵と向き合った。

「これから私が申し上げる三つの罪がなければ、イスラエルという道徳的にも社会的にも正当化されたユダヤ人国家の歯車にして、今のアルカにおける最高のヴァルキリーであるこの私が皆さんと相対することはなかったでしょう」

「三つの……罪……?」

 両肘と両膝にそれぞれ黒いパッドを装着している紫の双眸の少女は激しく狼狽えつつも戦意を失ってはいない敵に対し静かに頷きを返す。

「まず最初はシャローム学園への罪です。ムルロア・カルテルが我が校に密輸した麻薬は生徒達から母国を愛する感情を奪い、快楽主義に走らせ、学園生活を脅かすテロリストが誕生する土壌を作りました。これは組織を崩壊させ、イスラエル本国にも危険を及ばせる重罪に値します」

 サブラはまず小指を折る。

「次はユダヤ人への罪です。ユダヤ人は紀元前の昔より、謂れなき差別や悪意ある迫害を受け続けてきました。想像力に溢れ、万物の霊長でもあるユダヤ人は高尚な存在であり、そのユダヤ人を麻薬によって危険に晒すということは恐るべき暴挙に他なりません」

 サブラは次に薬指を折る。

「最後はテロを助長させている罪です。アルカ各校にはBFでの過酷な体験が理由で酷く精神を病んだ生徒が多数存在しています。人間関係を全崩壊させ、ガス抜きの手段さえも知らない彼らは唯一の逃避手段である麻薬に強く依存し、それを手に入れるために平気で犯罪に手を染めます。そしてテロリスト達は、今や数グラムの麻薬だけで平然と銃乱射や爆弾テロの実行者を集めることが可能になりました」

 サブラは最後に中指を折る。

「つまり麻薬は人の脳を軟化させ、文明社会を滅ぼす有害な存在なのです」

「そっちだって麻薬売りの癖に!」

 怒りの声を発した少女は何の躊躇もなくM2重機関銃を投げ捨て、右腰に差した鞘から鉈を引き抜きヴァルキリー特有の指の折り方を見せたゼータの首領に襲い掛かる。

「ゼータは単なる麻薬カルテルではありません」

 しかしサブラは表情一つ変えずにイスラエル製自動小銃を右に振るって凝固した血液がこびり付いている刃を易々と弾くと武器を失った敵の手の位置が戻る前に左飛び膝蹴りで顎を粉砕し、続いて左肘打ちを頭頂部に見舞う。ヴァルキリーは顔から床に叩き付けられ、骨が折れた鼻からは大量の血が噴き出し、口からは砕けた歯の白い破片が散らばった。

「アルカでの麻薬は火と同じです。火は上手に扱えば暖かさや明るさを与えてくれます」

 それでも両手で顔下半分を覆い、指間から鉄臭い液体を溢れさせながら膝立ちの状態で上半身を起こした敵に対してサブラは冷酷極まる鋭い口調で言い放つとガリル自動小銃を左手に持ち替えて右手で右太腿のホルスターから四十五口径の拳銃を引き抜き、目の前の哀れな敵の額に硬く冷たい銃口を押し付ける。

「しかし使い方を誤ると火傷を負い、場合によっては命を落とすこともあります」

 シャローム学園というアルカ内におけるイスラエルの代理勢力に身を置きつつ、同時にゼータというアルカ麻薬戦争における最強組織にも所属するサブラは良く言えば客観的に、悪く言えば他人事にしか聞こえない口調で言葉を並べた。

「今の貴方のように」

 防錆加工が施された拳銃のトリガーを引く時も彼女の表情は何一つ変わらず、声色さえ全く変わらなかった。

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