エピローグ1
紅葉に包まれた秋のサカタグラードのあちこちには亡き人となったマリア・パステルナークを悼むポスターが貼られ、道行く生徒達が皆揃って鎮痛な面持ちをしている。
「さよなら……姉さん」
昼下がり、ユーリ・パステルナークは全ての荷物が引き払われた寮の一室を後にした。
「みんな嘘だ。僕達のいる世界はみんな、嘘っぱちだったんだ」
ユーリは急速に再建されつつあるサカタグラードの街角で立ち止まり、一枚のポスターの前で呟く。その中では右手に赤旗を持ち、多くの兵士達を引き連れてヴォルクグラード人民学園を守ろうとする姉の姿があった。今回の戦争で生き残った者にとっては失笑モノだろうが、未来で真実として語られるのはこれなのだ。
旧人民生徒会派が起こした大規模な反乱でマリア派は大きな損害を受け、マリア自身も最後の戦いで戦死した。旧人民生徒会派に占拠されたヴォルクグラード人民学園はアルカ各校の支援を受けたロイヤリストこと旧体制派の生徒達によって制圧され、彼らが暫定政権が発足させて戦争は終結した。
この大嘘が『第二次ヴォルクグラード内戦』としてアルカの歴史の一ページに刻まれる内容だった。一九四三年初頭の『アルカの春』は『第一次ヴォルクグラード内戦』と改称され、人民生徒会はより悪辣に、マリアはより輝かしい英雄として記録されることになる。
「よく来たな」
タスクフォース563の訓練キャンプに足を踏み入れるなり、部隊に所属するスペツナズ隊員がユーリを出迎えた。
「今日付けでこちらに配属となりました、ユーリ・パステルナーク兵長です」
「パステルナーク? 随分と舐めた姓だな」
覚えたての敬礼をするユーリに、「俺が563の指揮官、アンドレイ・ナザロフだ」と精悍な顔つきの軍曹が不敵に笑って握手を求めた。
「宜しくお願いします」
「地獄にようこそ」
ユーリはナザロフのごつごつした手を握り返す。
今までずっと、ユーリは自分では行動してこなかった。だから今回は行動する。
自分は何をすればいいか――その選択肢は無数にある。
できないというのは選り好みしているからだ。
悩んでいても何も始まらない。
スタートラインを踏まないと何も進まないし何も終わらない。そして変えられない。
周囲の励ましに期待してはいけない。最終的に立ち上がって一歩を踏み出すのは自分自身なのだ。陳腐で使い古された表現だが、周囲を変えたければ自分を変えるしかない。
ユーリは変わろうとしていた。
自らの意思によって。