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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 INTO THE COLDEST WINTER 1942
258/285

かえせ!未来を 3

 かつて日本の山形県と呼ばれていた地に点在する学園都市にはそれぞれ必ず全校共通の規格で作られた、長方形でこれといった特徴のないヨーロッパ風の巨大な学生寮がある。

「……ん」

 夜十時を回ったサカタグラードにも例外なく建つその一つの中で目を覚ましたマリアは一糸纏わぬ姿でベッドを降りると、足元に落ちていた男物のワイシャツを羽織った。

「もう……」

 布擦れの音と共にベッド上で盛り上がった白いシーツが微動し、ベランダに出て涼しく心地良い夜風を浴びるマリアと同じ紺色の髪と琥珀色の瞳が覗く。

「姉さん、それ僕の服だよ」

「同時に私の服でもある」

 部屋側に向き直ったマリアは肩口まで髪を伸ばす、言われなければ誰もが少女であると勘違いしてしまう程の可愛らしい少年……ユーリ・パステルナークに優しい口調で告げた。

「私が性別が違うだけのもう一人のお前であるように」

 マリアは話しながらベッドに戻り膝を折って揃った弟の両足を跨ぐ。

「お前は性別が違うだけのもう一人の私だ」

 そして頬を染め、パジャマ姿のユーリの手を自分の胸に押し当てる。

「姉さ――っ」

 掌に走る指によって撓む豊満な感覚ですぐ姉よりも赤くなった弟が上擦った声を上げた。

「だからお前のものは全て私のものだ。私のものが全てお前のものであるようにな」

 瞳に妖しい光を湛えて上唇を舐めたマリアはベッドに寝そべり、おいでと微笑んだ。

「お姉ちゃんと一つになろう」

 返答の代わりはチベットスナギツネめいた表情のユーリから伸びる冷たい視線だった。

「むー!」

 姉は頬を膨らませて横になったまま自らの膝横を何度も叩く。

「むきー!」

 またベッドを叩くがユーリの表情は全く変わらず、逆に弟は姉から離れようとした。

「この世間知らず!」

 姉はYESの文字とハートマークが描かれた枕を抱きながら「へえっ?」と素っ頓狂な声を上げたユーリに心底不機嫌そうに言う。

「こういう時はお姉ちゃんを黙って抱くのが常識なんだぞ!」

「姉さんの常識は世間の非常識だっていい加減理解してよ!」

「やだ! やーだやだ! やだ!」

 隙あらば弟と性的交渉に及び退廃的かつ倫理的に決して許されないであろう既成事実を作らんとする姉は口を三角形にしながらジト目でユーリを見た。

「超ブラコン怪獣のお姉ちゃんが寂しさのあまり死んでもいいって言うんだな!」

「姉さんの生命力はゴキブリ以上でしょ……」

「わーん! 酷い! いいもんお姉ちゃんは失敗作だもーん!」

 枕を抱えてうつ伏せになり足をばたつかせる姉を見たユーリはまたか……と辟易する。

 マリアは人類の歴史上初めてマナ・エネルギーとの親和性を有しヴァルキリーとなったテウルギストと呼ばれる変異体の成り損ないだった。瞬時にしてアルカ学園大戦における食物連鎖の頂点に立った存在を自分達も作り出すべく各国が湯水の如く資金とリソースを投入するも、誰一人としてテウルギストと同等の能力獲得に到らなかった規格落ち個体群こそユーリの姉を始めとする第一世代ヴァルキリーである。

「そんな私が今やヴォルクグラード学園軍の大佐になり、参謀総長の地位を任されている」

「凄いと思うよ」

「だが、まだまだ満足も安心もできないぞ」

 ユーリはベッドの上に正座し、膝に枕を載せた姉を見て再びまたか……と辟易する。

「まだまだお前を守るには力が足りな過ぎる」

「そ、そうかな……?」

 苦笑いするユーリの胸中にこの話を姉に聞かされる度に覚える重い感覚が広がり始めた。

「そうとも。今の私にはあまりにも力がない」

 絶対に口には出せないが、ユーリは何を根拠にマリア・パステルナークという名の姉が自分には力がないと言えるのかと強く疑問に思う。

「何もかも足りていない」

 今やヴォルクグラード人民学園内部における姉の派閥は人民生徒会を打倒可能な唯一の組織だと他校から強い期待を寄せられる程の一大勢力であり、グレン&グレンダ社にさえ強い影響力を持つと噂されているマリアは本来ならばどこにでもいるプロトタイプとして戦場の露と消えるはずのユーリを徴兵と揶揄されるタスクフォースへの配属から表沙汰にできないやり方で徹底的に回避させ続けてきた。

「私は何一つ安心できていない。もっともっと上に行かなければならない」

「まだ……足りないんだ……」

 ユーリは確かにそれらに対して感謝はしていたが、自分の姉がどうやってその力を手に入れたのか、加えてその過程でどれだけ多くのプロトタイプやヴァルキリー及び人間達を殺したかについては恐ろしくてとても聞けなかった。

「ところでクラスに気に入らない奴はいないか? お姉ちゃんがワニの餌にしてやるぞ」

「いや、大丈夫だよ……」

「はっきりしない口調だな。我慢する必要はないんだぞ?」

 唐突に話題を変えたマリアは心配そうな表情でユーリの顔を下から覗き込む。

「お姉ちゃんに迷惑を掛けたくないと思っているのか?」

「いや……本当に……」

 今夜もユーリは一体何度感じたのか皆目見当も付かない姉の自分に対する過大な好意と自分の感情とのギャップに困惑してしまう。

「じゃあ他の学園の生徒には? グレン&グレンダ社の社員には?」

「いや本当に大丈夫だから……」

 確かに自分は姉のことが大好きだが、それは姉弟の関係である以上当然の感情であり、マリアのように自分の人生の全てを捧げてまで障害となる存在を徹底的に踏み潰すことに全力を尽くす程ではない。また残酷な比較ではあるがユーリの姉に対する好意とマリアの弟に対する好意の強さは明らかにイコールではなかった。

「本当に僕は大丈夫だから」

 正直なところユーリは姉が苦手だった。幾つも便宜を図ってくれたり何度も命を救ってくれたことには感謝している。だが、それでも姉から寄せられ続ける強過ぎる好意が全く理解できず恐怖として常に心に消えない染みを作り続けているのだ。

「姉さん……僕は……」

 ユーリが退屈な授業中に何十回何百回と練習した「僕達は距離を置くべきだ。お互いのためにも別々に暮らそう」というたった一言を眼前の姉に向かって口にしようとした時、突然窓外から乾いたエンジン音が聞こえてきた。

「車の音?」

「こんな時間に一体何だろう?」

 ベッドを降りて窓際から僅かに顔を出した姉弟の視線の先では人民生徒会の秘密警察に所属する生徒達が軍用車から降り、学生寮B棟へ足を踏み入れていく姿がある。

「開けろ!」

 整った格好で皆賢く見え、しっかりと磨かれた牛革靴を履き、濃いサングラスで目元を隠している男子生徒が張り上げた怒声と叩き割らんばかりの勢いでドアをノックする音は道路を挟んで反対側に建つマリア達のいるA棟にまで聞こえてきた。

「出ろ!」

 電気を点けて応対するなり顔面を殴打された女子生徒は常時お互いを監視し合っている秘密警察の面々に髪の毛を掴まれ、引き摺られるようにして強引に外へと連行される。

「鶏は金を払って買う」

 秘密警察の生徒は汗ばんだキャミソール姿で顔に濃い青痣を作った女子生徒を跪かせ、その後頭部にTT‐33拳銃の銃口を押し付けた。

「だからお前には鶏以下の価値しかない!」

 すぐに銃声が鳴り響き、少女は何故自分が射殺されるのかを全く理解できないまま尻を上げて頭から崩れ落ちた。赤黒い血の池がまだ生暖かい死体を中心にして広がる。

「――ッ」

 砕けて噴火口のような有様になっているその後頭部を見てしまったユーリは恐怖に顔を引き攣らせてマリアの胸に飛び込む。

「大丈夫だ。お前は私が守る」

 精強なヴァルキリー、学園軍大佐、学園軍参謀総長という三つの素顔を持つ姉は力強い口調とは裏腹に優しく自分と同じ遺伝子配列を持つプロトタイプの背と頭を撫でてくれた。

「寄生虫共め……」

 明確な憎悪を込めて窓外の光景を睨み付ける姉の声を聞いてユーリは確信する。

 確かにこの人は怖い――だが、この人がいるからこそ自分はああならないで済むのだと。

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