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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 OF THEIR OWN ACCORD 1947
250/285

第三章3

「SACSの残存部隊はザ・オーで最後の抵抗を試みるようです」

 数日ぶりにフェルニゲシュ・コシュティに建つMACTの司令部へと戻ったエーリヒはタスクフォース609でも同じ役割を果たす副官からの報告を受けて溜め息を漏らした。

「これは……」

 副官に朝撮り立ての航空写真を渡されたエーリヒはそこに映っているラミアーズ残党が未使用のまま放置した陣地を見て、アルカ学園大戦の歪みがとうとう行き付くところまで来たと感じ暗澹たる気分になった。何故なら、ラミアーズを殲滅した部隊がラミアーズの陣地で戦おうとしているのだから。

「降伏勧告は?」

「当然無視されました」

「だろうね」

 フライパンで焼いた缶詰入りの牛肉と三日前の卵を牛乳でストレスで荒れに荒れた胃に無理矢理流し込んで昼食を終えたエーリヒは椅子から立ち上がる。

「捕虜は予定通りに」

「まだ喋れる?」

「勿論。お礼は言葉ではなく現金でお願いします」

 先端を曇天に向けたFAL自動小銃に左手でマガジンを押し込む隊員や、そのすぐ横にしゃがんで鉈を研ぐ隊員が入口前にいるテントに着いた時、副官はあっと声を漏らす。

「そういえば少佐、我々の弾薬と燃料が尽き始めています」

「トランシルヴァニア学園軍から融通は?」

「グレン&グレンダ社から許可がないと駄目だと」

「クソッ……」

 地面に山積みにされた七・六二ミリ弾を三人で囲んだMACT隊員達がひたすら弾倉に一発一発それを押し込めている音を耳にしながらエーリヒは悔しさで拳を握り締める。

「ごめん。また無理をしてもらわなきゃいけない」

「大丈夫です。いつも無理してますから。お礼は現金でお願いしますよ」

 ドンマイとばかりに精神年齢では遥か年上の副官に肩を叩かれたエーリヒは捕虜がいる汗臭く息苦しいテントに足を踏み入れた。

「立て!」

 こうして不幸極まりない今日の捕虜はMACT最高指揮官が抱えたやり場のない怒りを理不尽過ぎる形で浴びせられる羽目になった。まずヴァルキリーの一人がMACT隊員に右手を無理やり机上に置かせられ、隻眼の少年からM1917リボルバーのグリップ部で思い切り叩き潰された。

「ひぎぃ!」

 少女の上擦った悲鳴と骨の砕ける不快音がテント中に響き渡り、パラコードで後ろ手に縛られた他の捕虜達は瞬時に背筋を凍らせる。

「残存部隊の部隊配置と陣地構成を教えてもらえるかな」

 エーリヒからそう迫られた捕虜は何も答えず、ただ手を潰された激痛に耐えて口を噤む。

「わかった」

 エーリヒはM1917リボルバーに一発だけ銃弾を入れるとシリンダーを回し、自分のこめかみに押し付けてからトリガーを引く。カチリという軽い音だけが響いた。

「確率は六分の一だ。僕は譲歩した。だから君も譲歩しなくちゃいけない」

「えっ、いやっ、ちょっと……」

「今度は君だ」

 右手の痛みなど忘れて青白くなった捕虜の顔面に銃口が押し付けられた。発砲音と共に右目から入り込んだ四十五口径の弾丸が反対側まで貫通、後頭部が弾けてテントの内側が脳漿と骨肉が混じり合った液体で汚れた。

「次」

 怒るエーリヒが部下に目配せすると膝立ちにさせられていたもう一人のヴァルキリーがFAL自動小銃のストックで思い切り殴り付けられ、船の上に引き上げられた海老宜しく体を丸くして地面に崩れ落ちる。

「もう一度訊く。残存部隊の部隊配置と陣地構成を教えてもらえるかな」

 言葉の端々に強い怒気を滲ませるエーリヒは激しく咳き込む戦乙女を立たせると先程と同じようにM1917リボルバーの硬いグリップ部分で無理矢理MACT隊員達から机に押し付けられた手を何度も何度も執拗に殴打する。

「サディストの変態野郎!」

 元通りにするのは如何なる名医でも不可能だと思えるレベルにまで五指全てを徹底的に叩き潰された少女は激痛に顔を歪め、涙を振り撒きながらエーリヒに対して唾を吐く。

「そうだよ、僕は変態だ。変態で一体何が悪いんだ! 言ってみろ!」

 頬に浴びせられた滴を親指で拭い取ったエーリヒの目が細くなり、怒りのボルテージを上げた彼は机を蹴り飛ばすとヴァルキリーの上着を荒々しく引き裂いた。ボタンが周囲に飛び散り、揺れる豊満な乳房や恐怖で激しく上下する腹部が照明に青白く浮き上がった。

「どうぞ」

 MACT隊員が研ぎたてのナイフを鞘から抜いて上官に渡す。

「変態だからこういうことも平気でやれる。これが変態だよ!」

 隻眼の少年は絶望の表情を浮かべた捕虜の臍下に刃を突き立てると白い柔肌を思い切り引き裂き、真新しい傷口に手を突っ込んで腸を一気に外へ引き摺り出す。

「んああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 足元に自分の臓物を広げたヴァルキリーは背筋が凍るような大絶叫を発する。身動きの取れない別の捕虜達もまた地獄の如き光景を目の当たりにして悲鳴を上げ、失禁もしくは脱糞、情けない失神に追い込まれてしまう。

「答えない君が悪い」

 顔と両手を悪臭放つ液体で汚したエーリヒは再び弾を一発だけM1917リボルバーのシリンダーに入れ掌で勢い良く回転させた。

「いつもそうだ。君達が筋を通さないから僕が不愉快なことをしなくちゃいけない」

 そして銃口を「いやぁ……こんなのいやぁっ……」と涙と鼻水で顔を汚しながら必死で体内に腸を戻そうとする戦乙女に向け、見事最初の一回でビンゴを引いた。

「悪いのは君だ」

 顔面中央に弾を受けたヴァルキリーは血と肉を撒き散らし、足を歪に曲げた姿で後ろに倒れ込んだ。横たわった胴体の傷口から内臓が止め処なく溢れる。

「ひ、東にベアトリス、西にガブリエル、南にイザベルの三つの陣地があります!」

「なんでもします! なんでもしますから殺さないで!」

 エーリヒが余りの残虐非道を目にしてとうとう心が折れてしまった戦乙女を射殺するや否や彼女達が我が身惜しさに状況判断も録に行わないで口にした情報は即座にザ・オーに展開するMACTの各部隊へと伝えられた。

「血糊の付いた包帯のまま進軍しろと言う」

 ネーヴェルヴェルファーから放たれたロケット弾の豪雨がSACSの三つの陣地の中で最も離れた南のイザベル陣地に向けて集中、一時間に渡る粘着質な砲撃の後に今回も自らティーガー重戦車に乗って最前線に出ているレアの指揮でMACTは前進を始めた。

「うわっ!」

 敵陣から爆発音と眩い閃光――SACSのZiS‐3野砲が放たれて先頭を進んでいたティーガー重戦車の正面装甲に当たり、弾かれた砲弾が地面に突き刺さった。

「大丈夫よ。落ち着いて」

 ソ連製の火砲を短延期に設定した榴弾で操作する兵士達ごと鉄屑に変えた顔の右半分を血の滲んだ包帯で覆っている戦車長は増速を命じて鉄の虎を敵陣に突き進ませる。

 歩兵部隊からの支援要請を受けた二両のM24軽戦車が偽装網を外して掩蔽壕の中から姿を現し、二台はV字を作るような形で迫り来るドイツ製重戦車に向けて攻撃を仕掛けた。

 最初の一台が砲撃の火蓋を切り、五百メートルの距離から発砲、見事初弾を命中させた。

「七十五ミリじゃ抜けないわよ」

 だがティーガー重戦車の百ミリもある正面の装甲は破れず、砲塔の白い敵味方識別用の白線を削りモスグリーンの下地を露出させるに留まる。

「まだ気を抜かないで」

 粗い迷彩塗装が施された砲塔から眩い輝きを放って炎上する仲間を横目に、もう一台のM24軽戦車が発砲する。しかしこちらも敢なく弾かれ、逆に八十八ミリ戦車砲の反撃を受けて薄い車体前部側の機銃発射口に直撃弾を叩き込まれる。

「冗談じゃない!」

 腐敗した血液の凄まじい悪臭で満ち溢れ、負傷したプロトタイプ同士が叱咤し慰め合う魔女の大釜と化した塹壕を出たSACSのヴァルキリー、ミネット・メスターフェルドは内部で七十五ミリ砲弾が立て続けの誘爆を起こした結果、M24軽戦車の全てのハッチがヒンジから千切れて天高く放り上げられる様子を目にして青ざめる。

「私のギャラはどうなるのよォ!」

 ミネットは切断された手足が転がる窪みから上半身を出して血に濡れたM1バズーカを放つが、大型ロケット弾によって数回掘り返され硫黄の臭いを立ち昇らせる土の上を進む重戦車は鋼鉄の一撃を何発受けても装甲表面で火花を散らせただけだった。

 すぐ真横の陣地でZiS‐3野砲が火を噴く。しかし、それでも着弾の衝撃で濃緑色の塗装を剥離させ、砲塔側面や車体前面に増加装甲として取り付けられた予備キャタピラを破壊するのが精一杯だった。

「ミネット! 助けて! 助け……」

 救いを求める仲間の悲痛な声を耳にしたミネットは碾き臼の如きキャタピラの下で骨が枯れ木のように砕け、引き千切られた人体が大きな破裂音を立てる地獄を目撃する。

「畜生! 畜生!」

 対空砲火で撃墜されたヴァルキリーは動かなくなった足を引き摺り芋虫のように這って塹壕に戻ろうとしたが、ティーガー重戦車の前進する速度の方が遥かに速かった。

「嫌ァ! 死にたくない!」

 キャタピラが残った左足から彼女の体を粉砕し始め、骨盤まで呑み込まれると顔が赤く膨れ上がってトマトのようになる。開いた口からげぼっと大量の赤黒い血液が吐き出され、最後は地面に輪郭のない塊としてプレス加工されてしまった。

「イザベルはもう保たないわ」

 ミネットは東のベアトリス陣地へ向かうがそこも既に大勢が決した状態だった。

「もう後がないぞ!」

 例によってZiS‐3野砲から撃ち出された七十六・二ミリ砲弾は激しい擦過音と光を放ってティーガー重戦車に激突するがやはり貫通せず、あらぬ方向に跳ね返って千切れた四肢が地面の上に散乱、血塗れの汚れた包帯が風靡く地面に小さい土柱を作るだけだった。

「当たれ!」

 不自然に両手足が捻じ曲がったMACT隊員の死体がぶら下がっている急造有刺鉄線を強引に踏み越えようとしたティーガー重戦車の装甲の薄いエンジンルーム部分を上空から狙ってM1バズーカを放ち、戦闘不能に追い込んだミネットは次に地獄から送り込まれた狂鬼の如くMG42軽機関銃を撃ちまくる陣地を援護しようとするが、

「私達は暴力の行使を通じて求められている目的と手段を区別しなければならない」

 降下しようとした矢先に無線機から聞こえてきた声に耳を奪われる。

「私がクリスを守るために使う暴力はSACSの殲滅にも用いられる」

 青いマナ・エネルギーの光を残して戦場に舞い降りたアルマは地面に降り立つなり前進、左上から右下にかけての斬撃を放ってFAL自動小銃の銃身を切り落す。

「従って倫理的基準で評価できるのは暴力ではなく」

 続いて右一回転し首を刎ね、

「暴力が使われる目的である」

 頭を失った体がそれを認識できないまま両手で断面を押さえつつ激しく身悶えしながら倒れるのを背にアルマは別の敵に襲い掛かる。

「世界の安定は法と警察のみによって守られるものではない」

 アルマはヴァルキリーが展開した青いマナ・フィールドを鋭い狗琉牙――くるが――の先端で突き破って串刺しにした。

「人が内に秘めた道徳感情が不可欠の要素である」

 そのまま彼女は渾身の力を込めて敵を持ち上げながら紺色の髪を靡かせつつ両肩と両腰、背部飛行ユニットに備わるスラスターを噴射して急上昇、相手の上半身を真っ二つにする。「社会の習慣を規範化した道徳は安定した社会においては変化に乏しいものだった」

 血飛沫に持ち上げられるような形で空に戻ったアルマをSACSのヴァルキリーが猛追、彼女に追い付いて鉈の一閃を浴びせるがマナ・フィールドで防がれる。

「そして習慣に根差した道徳は自然な形で人々の行動を内から規制してきた」

 衝撃で手が持ち上がり無防備になってしまった敵の腹部にアルマはマナ・エネルギーを刃に帯びさせてから思い切り左下から右上にかけて狗琉牙を振るい、多くの生命を奪った十月六日と同じように半円形の光を撃ち出す。

「それは議論によって合理的に決められることなく」

 キャベツを引き裂いた時のそれに似た音と共に上半身と下半身が分かたれた。

「人が黙って従う規範であった」

 アルマは絶命した敵の手から放り投げられたマナ・パルスランチャーをキャッチする。

「だからこそ道徳は議論によって決まる法律よりも強く」

 一人口走る彼女のマナ・ローブのリミッターが解除されて粒子と瞳の色が赤に変わる。

「意図せずして人を社会へと服従させたが」

 マリアの複製品は大きく息を吸い込み、

「社会が歪んだ形に変化した時根拠を失うという、致命的な弱点を持っていた!」

 叫びと共に地上に向け最大出力で膨大な量のエネルギーを解放した。重い音を響かせて煙立つ空のカートリッジを排出したランチャーから極太の赤い粒子ビームが撃ち出され、ゆっくりと陣地の右端から左端までを丁寧に舐めて何千という生命体を奔流に飲み込んで完全蒸発させた。残ったのは焼け焦げて円形に抉れた大地だけとなり、ベアトリス陣地はガブリエル陣地諸共こうして壊滅――正確には消滅した。

「やはりそうか」

 通常モードに強制移行し瞳と粒子の色を元に戻したアルマは負荷によって亀裂が生じた右手首のマナ・クリスタルを見て眉間に皺を寄せる。

「シュテファニアめ、嘘を付いたな」

 自分を作り出した張本人はこれがマリア本人のマナ・クリスタルであると言っていたが、もしそうなら一度マナ・ローブのリミッターを解除した位でこうなる筈がない。

「やはり本物はサブ……ん? 新手か?」

 額に大粒の汗を何滴も浮かべ、荒い呼吸で肩を上下させるアルマは緩やかな弧を描いて自分に急速接近してくる光源に気付いて顔を上げる。

「頑張った――」

 濃緑色のマナ・ローブの肩腰のレイルにそれぞれ二本ずつ取り付けられたマナ・ダガー。

「よく頑張ったわね!」

 狂喜に歪み切った美貌と激しく揺れるポニーテール。

「模造品!」

 クイーンズ・イングリッシュで叫んだヴァルキリーは両手を交錯させて肩部レイルからアルマの得物と同様に技術がブラックボックス化されている近接戦用武器を切り離した。

「でも貴方の役目はここで終わり!」

 PSOB‐SAS隊員として第二次ヴォルクグラード内戦にも秘密裏に参加した経験を持つ戦乙女が逆手に持ったマナ・ダガーの刃が瞬時に赤熱化する。

「役割だと!?」

 左右からVを描くように二等辺三角形を振り下ろしたキャロラインと、それを狗琉牙で受け止めたアルマは接触点から激しく散る火花を挟んで鍔是り合った。

「アンタ、もう私に殺されていいわよ!」

 キャロラインは両手を外側に振り広げて一本しかない相手の刀を払い、アルマの腹部に左右の膝蹴り連打を叩き込む。

「断固拒否する!」

 アルマは肋骨にヒビを入れられて吐血しながらもスラスター噴射で体勢を立て直すなり重いマナ・パルスランチャーを構えて低出力で連射するが、一方のキャロラインはそれを急速後退しつつ左右急機動で難なく回避した。

「コピー品の癖に能書きだけは一丁前ね!」

 キャロラインは上唇を舐めてから急速回転しつつ突進してマリアのクローンに再度肉薄、コルダイト火薬臭い空気を抉りながらすれ違いざまに太い銃身を斬り捨てる。

「だーかーらアンタの役目は終わったんだっつーの!」

 フリーランスの傭兵は舌打ちして後退したアルマから時間稼ぎに投げ付けられたマナ・パルスランチャーの本体をX字に切り裂き、散った火花が消える前に背部飛行ユニットのノズルから莫大な量の粒子を噴射して突進する。

「ああ、もしかしてアレ?」

 お互いの距離が一メートルを切るなりキャロラインは敵ヴァルキリーに左回転の斬撃を放ち、更にその流れで薙ぎ払うかのような後ろ回し蹴りを見舞う。

「今の自分が絶対じゃないとか信じてるお馬鹿さん?」

 キャロラインは右足を掴まれるが、サカタグラードやオーイシアで幾度となく修羅場を潜ってきたヴァルキリーは慣れた動きで左回転し今度は左踵でアルマの左側頭部を叩く。

「寝言は寝て言え!」

 うぐっと低い声を漏らして右に吹き飛んだアルマにキャロラインはすぐさま追い付いて鋭い左ミドルキックを筋肉に力が入っていない右腹部に入れ、続いて後頭部にたっぷりと体重が乗った右のハイキックを浴びせた。

「人には与えられた役割があるわ!」

 もらった――形の良い切れ長の目が大きく緩み、キャロラインはマナ・ダガーを握った両手を大きく振り上げる。

「SACSが壊滅した今、アンタにまだ残ってる最後の仕事はマイハニー……じゃなくてエーリヒ・シュヴァンクマイエルのためにここで私に殺されることだけよ!」

「貴様の道理を私に押し付けるな!」

「いいや押し付けるわよ。この世界には上に行ける人間とそうじゃない人間がいて――」

 触れたものを即座に蒸発させてしまう刃がキャロラインと正対したアルマが横に構えた狗琉牙の刀身で受け止められる。だが赤い髪の戦乙女は構わずマナ・ダガーを苦悶に歪むマリア・パステルナークと同じ顔へと近付けていく。

「アンタと私は紛れもない後者なのよ!」

 そして敬愛する少佐への歪んだ恋愛感情故に普段の冷静さを失っているキャロラインは刀の上で二方向からの力に耐えられなくなった近接戦用武器が自壊する光景を目にした。

「例え今はシュテファニア・グローフの操り人形だとしても!」

 〇・一秒で興奮を収めたパブリック・スクール・オブ・ブリタニカ出身ヴァルキリーは残った柄を投げ捨てて後方に縦一回転しアルマの斬撃を際どい空振りに終わらせる。

「私は今の自分が絶対とは思っていない!」

 頭の位置を元に戻してまだ残っている腰部レイルのマナ・ダガーに手を伸ばした刹那、キャロラインの頭頂に鉄槌の如く振り下ろされた刀の柄底部が叩き付けられた。

「今とは違う別の生き方もある筈だ!」

 脳震盪を起こして垂直に落下していくキャロラインを追跡するアルマだったが、得物を振り上げる前に突如割り込んだ粒子ビームの火箭で進路を遮られた。

「また新手か!?」

 滞空するアルマの眼前を悠然と通過したのはヴァルキリーが背負う背部飛行ユニットをそのまま巨大化させたように見えるシルエットに二本の腕を生やした機影だった。

「ヴァルキリー……じゃない?」

 両腕の先には大蟹のような鋏が取り付けられ、機体中央部のカメラアイらしき箇所には赤い光が輝く。また、機体各部の放射口からは青い粒子が放出されていた。

 アルマは一九四二年六月七日と翌年一月二十五日にあれを見たことがある。恐らくこの時代のものではなく、何らかの無茶苦茶な不条理によって未来からやってきた――だが、彼女はその件と何故自分にまだ生まれていない頃の記憶があるかどうかについては考えず、まずは眼前の敵を倒すことに集中した。

「えーっと新しい人生だっけ? アンタが一体何を言ってるのか全く理解できないけど、それならこのスヴァログごと私をぶっ殺してみなさいよ」

 シートに収まったキャロラインがオートパイロットからマニュアル操縦に切り替えると同時にカメラアイが赤く点滅、機体を覆う程の白煙と共に大量のミサイルが放出された。

「いいだろう。望み通り殺してやる」

 スピーカー越しの声を聞いて血混じりの唾を吐き捨てたアルマは急機動を繰り返すが、蛇のような軌道でミサイルは平然と食らい付いてきた。

「クリス……ッ!」

 空中サーカスのような機動は既に限界に近付いている彼女の体に激しい重圧を与えるが、愛しいプロトタイプの名を口走った彼女は必死に歯を食い縛って耐えた。それでも全てのミサイルは振り切れず被弾してしまう。

「はい終わり。じゃね」

 マナ・フィールドで直撃だけは防いだが爆発と破片で決して浅くない傷を全身に負ったアルマが煙中から鮮血を滴らせて飛び出した瞬間、黒い機体は待っていましたとばかりに機体前側の口を開き図太い粒子ビームを放った。

「我々は絶えず自己破壊の要因を内蔵していることに気付かなくてはいけない」

 アルマは肩と腰のレイル上に装備しているスラスターの噴射で空中後方倒立回転跳びを敢行して難を逃れ、反撃のため空を焼く光芒と平行する形でスヴァログに急接近していく。

「戦争は敵だけではなく自分達をも盲目にしてしまうからだ!」

 アルマは琥珀色の双眸に映る視界に捉えた機体目掛けて刀に乗せたマナ・エネルギーを撃ち出そうとしたが、今まさに狗琉牙を振り上げようとした瞬間、捕鯨用アンカー宜しくスヴァログから打ち出された巨大な鋏で胴体を挟まれた。

「だっさー!」

 コックピット内部で高笑いする傭兵ヴァルキリーに操られた機動兵器は掴んだアルマをSACSの墓標となったザ・オーの地に放り投げる。

 残骸に変わったM24軽戦車やZiS‐3野砲が転がる地面に背中から叩き付けられたトランシルヴァニア学園軍大尉の喉を体内から急速に逆流してきた血が駆け登り、彼女は大小様々な薬莢と人骨が顔を覗かせている土に赤黒い液体を勢い良くぶちまけた。

 ヴォズロジデニヤ計画で人為的に創り出されたアルカ史上三人目となるマリアの意識は、そのまま深い暗闇の中へと没入した。

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