第三章2
まだ校舎のあちこちから煙を立ち昇らせているトランシルヴァニア学園のグラウンドに濛々と砂埃を上げてエア・ヤマガタのFa223ドラッヘが着陸する。高速で回る二基のメインローターから生じる強烈な風圧で臨時のヘリ発着場に担架に乗せられて並んでいる死体袋の黒いビニールが激しく揺れ、指が何本か欠けた手が露になった。
「お礼は現金だから手伝って!」
エーリヒの副官は戦場と化した学園都市の各地区からMACT隊員の遺体を運んできたM3ハーフトラックの車内に水を鉄バケツで撒き、その後で淡々とモップを動かし陰鬱な赤黒を波打たせていたソノカ・リントベルクにロシア語で声をかける。
「気を付けてくださいね」
鼻筋に横傷のある戦乙女が頷いてヘリに駆け出した十数メートル先で、同じ場所にいるクリスはシュテファニア・グローフから再度の出撃命令を受けたアルマの手を握っていた。
「大丈夫だ」
既に故人となっている本人とは違い右に分けた前髪に三角形の飾りを付けている以外はヴォルクグラード学園軍大佐と同学園生徒会長を唯一兼任したヴァルキリーと同じ容姿の少女は愛しい相手の頬にキスをする。
「これを持っていろ。母さんが私達に唯一くれた形見だそうだ」
物々しいマナ・ローブ姿のアルマは銀色のペンダントをクリスに手渡す。非常に簡素なデザインをしていて、とても高級品ではないように見える。
「これが私達が繋がっている証拠になる」
「母さん? アルマさんったら変なこと言うんだから。でも、大事なものじゃ……」
「大丈夫だ」
苦笑しつつも大切そうにペンダントを受け取るクリスに対し、自分の襟元に手を入れたアルマは鎖が付けられている全く同じアクセサリーを見せてウィンクした。
「ドラゴリーナ大尉は?」
それから七分十二秒後、遠くなっていく想い人の姿を見送ったクリスはグラウンドから今まさに立ち去ろうとした直前、すぐ近くに急停車したジープから急いで駆け寄ってきたエーリヒ・シュヴァンクマイエルに声をかけられた。
「たった今出撃しました。シュテファニア先生からの命令で」
「そうですか……」
「あの……ドラゴリーナ大尉に何かありましたか?」
エーリヒはクリスと全く同じ方向の空を数秒間だけ見つめてから、何も事情を知らないトランシルヴァニア学園の女性プロトタイプに向き直る。
「お願いがあります。悪いんだけど――全て忘れて頂けますか?」
「わかりました」
大きなクリスの双眸からハイライトが消え、両手で握り締めていたペンダントが重力に引かれて機械油が染みた砂上に落下した。
「悪いんだけど――あとはシェルターから出ないでください」
「わかりました」
エーリヒはアルマとクリスの間に一体何があったのかまでは知らない。だが、彼が持つあまりにも豊富で被害妄想を度々生じさせる想像力は自身に嗚咽を漏らさせた。
「何故こうなってしまったんだろう……」
歩き始めた少女を背に漏れ出たその言葉は、皮肉にもかつてマリア・パステルナークが口にした苦しみと全く同じものだった。