第二章5
「夏に春の祭典を」
緊急命令を受けてフェルニゲシュ・コシュティの各地区に展開したMACT砲兵部隊のカチューシャロケットから火と破壊が撃ち出された。
空を切り裂かんばかりの轟音が断続して鳴り響き、戦争犬に占拠された学び舎に凶暴な焔の暴風が吹き荒れて少なくない数の人質諸共多数のSACS兵を殺傷する。
「前進開始」
砲撃が終わると、息詰まる火薬と硝煙の中でエーリヒからトランシルヴァニア学園本校奪還作戦を任されたドラケンスバーグ学園のレア・アンシェル中尉に指揮された兵士達が身を起こす。重装備に身を包む彼らは事前に水面下で出撃命令を受けて学園都市の各地に分散配置されていた敵味方識別用の白線を描くティーガー重戦車と共に前進した。
「ゴキブリ共のお出ましだ」
モスグリーン一色の戦車が砲撃で破壊した校門からMACTの部隊が校舎の前に広がる庭園に突入を果たした時、窓という窓に備え付けられていた火器が一斉に火を噴いた。
「どんどん撃て!」
高位置からの火線はすぐに交錯して濃密な弾幕となり次々にMACT隊員を撃ち倒す。
「奴らを中に入れるな!」
ガーランド・ハイスクール出身のある兵士は撃たれるなり背中から血と砕けた骨の入り混じった液体を撒き散らし、無線機や散弾銃のケースが取り付けられている防弾ベストに拳大の穴を開けて絶命した。
またマリ・ネレトヴァからMACTに参加した兵士は七・六二ミリ弾で胸を貫かれると銃創から勢い良く鮮血を噴き出しつつ膝立ちになってから力尽きて地面に倒れ込む。
「死ね!」
SACS兵は本来対戦車用のM1バズーカも歩兵相手に躊躇なく撃ちまくってきた。
「出し惜しみなしだ!」
ロケット弾が鈍い音と共に着弾して爆発、地面が揺れる度に塵埃や硝煙、細かい金属が入り混じった重苦しい気体がMACT隊員達を苦しめる。
ティーガー重戦車のハッチから不用意にも上半身を出していたレアの右側頭部を弾丸が掠めた。衝撃で上体ごと頭を一瞬後ろに下げた彼女はそれきり前に俯いたまま動かない。
「アンシェル中尉が撃たれた!」
「狙撃兵がいる! 中尉を中に入れろ! 早く!」
下から伸びた乗員達の手がヌートリア戦闘服を纏う士官を鉄の塊の内部へ引き込んだ。
「機銃じゃ無理よ! 壁ごと全部吹き飛ばして!」
一分足らずで意識を取り戻したレアは顔の右半分を自分の血で赤く染めながらも構わずインカム越しにアフリカーンス語で叫び、十メートル後方で臨戦態勢にある別の虎二匹に前進して銃弾の飛来する方向への砲撃を命じる。
「こっちを狙ってるぞ! 逃げろ!」
銃撃を防ぐため窓から直接ではなく更に奥の部屋……穴を開けた壁の内側から外に弾を送っていたSACSの狙撃兵とその観測手は、使い古したKar98k小銃に取り付けたスコープ越しに危険を察知して急いで退避しようとするが敵わず盾として使っていた壁を難なく貫いた榴弾の炸裂でフロアごと吹き飛ばされた。
「突入!」
油臭いティーガー重戦車の中で部下から応急処置を受けるレアの号令と同時に、火災と砲撃によって瓦礫の迷路と化した校内を舞台とした美徳なき野蛮な接近戦が始まる。
「皆殺しにしろ!」
ホテル・ブラボーを始めエーリヒの下でタスクフォース609時代に不正規戦を数多く経験しているMACT隊員達は敵の潜む部屋に手榴弾を幾つも投げ込み、炸裂した直後に自動小銃を乱射しながら突入し降伏すると両手を上げて叫んだ相手も躊躇なく射殺した。
「戦争が残した心の傷と闘い、同僚の死を悼む」
自らも闇雲に撃ちまくりながら部屋に入り、立てられた木机の影に身を投げたソノカは足元に転がり込んだフランス製手榴弾を拾い上げて反対側に投げ返す。
「目撃した野蛮行為の悪夢と戦いながらも」
机の反対側で凄まじい爆発が起き、天井から照明機器が音を立てて落ちる。
「その一方では治療中の薬物依存者と同じように」
ソノカはFAL自動小銃の二十連マガジンを交換、
「戦争の持つ単純さと高揚感を懐かしむ自分がいる」
机を乗り越え、数秒前まで人の形をしていた肉塊を踏み付けて更なる敵を求めた。
「無意識にせよ、凝縮された圧倒的な一瞬に立ち会えるチャンスであり」
マズルフラッシュの閃光と共に放たれた七・六二ミリ弾が敵の迷彩ジャケットに次いで皮脂を貫き、体内の奥深くまで到達――反対側から血塗れの肉片と共に飛び出す。
「戦いの最中にあるとそれが有意義な一瞬に思えてしまう。しかし戦争が終わってみると、それは全くの幻想だったと気付く」
そして別の部屋に足を踏み入れた矢先に右の頬に灼けるような感覚を覚えた。真横から自分が持っているものと同じ自動小銃の木製ストックで殴打されたのだ。
「だが、それでも古代人の身長が低かったのは」
倒れ込んだソノカの頭を撃ち抜く筈だった銃弾がリノリウム製の床に穴を穿つ。
「スパゲッティ・モンスターの触手によって頭を押さえられていたからであり」
もう一度擬装用のネットで覆われているヘルメットを被ったSACS兵が発砲しようとトリガーを引いた時、部屋には低い銃声ではなく鈍い金属音が響いた。
「現代人の背が高いのは」
すぐ横に落ちていた自分の得物を逆手に持ったソノカはここぞという場面で銃器が突然弾詰まりを起こし慌ててチャージングハンドルに左手を伸ばした敵兵の前で立ち上がる。
「人口増加によりスパゲッティ・モンスターの触手の数が足りなくなったからだ!」
斧のようにしてFAL自動小銃のストックをそいつの脳天目掛けて振り下ろされた。
「ラーメン!」
ヘルメット越しの衝撃が一発で頭蓋骨を陥没させ、SACS兵は目と鼻から粘液じみた血液を飛び散らせて床に崩れ落ちた。
「行けるぞ! このまま押し込め!」
火力で大きく勝るMACT側は短時間で敵を圧倒、やがてトランシルヴァニア学園内でSACS兵達が制圧している空間は今や主を失った学園長室のみとなった。
「行って!」
無線機越しのレアの声を受けてライオットシールドを構えたMACT隊員が狭い廊下を埋め尽くす横隊を組み一気に突入を図る。
「ぶち殺せ! 殺せ!」
迫り来る銃弾を弾きながら机が乱雑に重なり合うだけのバリケードとドアを突き破った隊員達は短機関銃や拳銃で部屋の中にいたSACS兵を手当たり次第に撃ち殺した。
「行け! 行け! 行け!」
モダン・タクティカルギアに身を包むプロトタイプ達は勢いのまま屋上へと駆け上り、校舎の頂上に立っていたアルカ初の民間軍事企業の社旗を鉈で切り落とすと皮肉を込めて全く同じ場所にハンガリー国旗を突き刺した。
「まずは一安心ね……」
グラウンドに座って衛生兵から頭部に包帯を巻かれているレアは周囲に見えないようにズボンに手を入れ、中でずれた褌の紐を直し二つの意味を持つ安堵の溜め息を吐く。
「セメントじゃなかったとしてもね」
一時的に右が見えなくなっている彼女の視線の先には、ティーガー重戦車に背を預けて一人不敵に笑うSACS側の造反者――キャロライン・ダークホームの姿があった。