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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 OF THEIR OWN ACCORD 1947
245/285

第二章3

「逃げろ!」

 建物の外壁を突き崩して道路上に現れたSACSのM24軽戦車が砲塔を急旋回させ、主砲をこちらに向けたのを視認したエーリヒは叫びながら飛び降りた。

「――ッ」

 大音響が背中からM3ハーフトラック真横の地面に思い切り叩き付けられたエーリヒの聴覚を麻痺させるのと同時に彼の視界も白い閃光が完全に覆い潰す。

『この戦争には筋書きがあるんですよ』

 脳を揺らされて意識を失ったエーリヒの脳裏に、二日前突然MACTの司令室に現れたキャロライン・ダークホームを名乗るヴァルキリーの言葉がフラッシュバックする。

『私は貴方の熱烈なファンなのです』

 君はSACS側の構成員でありながら何故MACTの味方をするのかというエーリヒの疑問にキャロラインはそう答えた。

『人にはそれぞれ自分に与えられた役割がありますが、少なくとも貴方はMACTという余りにも小さい器に収められるべき存在ではない』

 PSOB‐SASに所属していた過去を持つ少女は腕を組みながら目元を緩めた。

『私の役割は貴方をより高い場所へと押し上げることです。SACSを倒せば三段論法で貴方の評価も上がる。そうすればグレン&グレンダ社も貴方を放ってはおかない』

 僕は野望なんて持っていない――とエーリヒは返した。

『でも、自分がより高い地位にいればこんな戦争は起きなかったと思ってる』

 図星を突かれたMACT最高指揮官の一瞬の表情をキャロラインは見逃さず、すぐさま隙を見せてしまった彼の揺れる心に楔を打ち込む。

『それについては私も全く同感です。貴方が帝王としてアルカを管理すればラミアーズやSACSのようなイレギュラーは二度と出てこない。とはいえ即答しろとは申しません。差し当たりはこの手紙を貴方に受け取って頂くだけで大丈夫です』

 キャロラインはジャージから半分程露出させた豊かな胸元から折り畳まれた一枚の紙を抜き取ると黙っていれば女性にも見える少佐に手渡した。

『直近の問題が片付いたらここへ行き』

 そして最初に小指を折り、

『真実を確かめ』

 次に薬指を折り、

『真実を知った後は、悪いんだけど――と前置きして解決して頂ければ幸いです』

 最後に中指を折って自分がヴァルキリーであることを再確認させてから立ち去った。

「少佐! しっかりしてください!」

 侵攻の第一報を聞いて出撃したMACTの偵察班はほぼ全員が間一髪でたった今炎上に追い込まれた米国製装輪装甲車からの脱出に成功し、軽戦車目掛けて煙幕弾を次々に投擲、敵の視界を奪った上で自分達の指揮官に手を貸して立たせる。

「こちらへ!」

 マナ関連技術が応用された装備の総称であるモダン・タクティカルギア――暗視装置を取り付け可能なマウントが付き、両側面部の装甲が殆どカットされた独特のヘルメットや先進的な重装備が取り付けられた防弾ベスト――を身に纏う、赤と茶が複雑に入り混じる迷彩服姿のバラクラバとゴーグルで顔を覆ったMACT隊員は光学機器が複数装備された自動火器を携えて道路両側に植えられた木々が黒焦げになった大通りからガソリンの臭気立ち込める湿っぽい路地裏に足を踏み入れた。

「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の教えによると真っ直ぐ進んだ先に救済があります」

「今日は君の言葉を信じた方が良さそうだ」

 エーリヒはすぐ横を疾走するソノカ・リントベルクに頷きを送る。

「でも君は空を飛んだ方が早いんじゃないか?」

「三十秒以上水平飛行したらミサイルがヒュ、バンだと経典に書いてありました」

 緑のバンダナを巻いた鼻筋に古い横傷のある黒髪のヴァルキリーは背部飛行ユニットの後退翼を閉じた状態で走りながらライムグリーンの瞳で空を見上げる。

「まるでウルムの愚者の祭りですな」

 対空砲火を受けたSACSの兵士が空中で四散し血華へと変わり、片方のエンジンから炎と煙を噴いたC‐47輸送機が地面に吸い込まれていくが、それでも墜落するものより十数機に及ぶ編隊から無事地上に降り立つパラシュートの方が遥かに多かった。

「ここが救済です」

 六名のMACT隊員が着いた駅は激しい爆撃を受けて今や焦げた鉄骨とコンクリートの融合したシュルレアリスム芸術のような状態だったが、建物の前にはSACS兵の死体と黒煙を上げて擱座(注1)したM24軽戦車の残骸が転がっていた。

「まだ誰か残っているみたいだ」

 少し先には幾つも転がる空薬莢と連続発射で黒ずんだ太く長い砲身を斜め下方に向けたソ連製八十五ミリ高射砲の骸もある。どうやら水平射撃で敵戦車と相討ちになったらしい。

「交代ですね。お待ちしておりました」

 全員がバラクラバで顔を隠している兵士達を引き連れたエーリヒが駅の構内に入ると、ロビーの椅子に腰掛けていた包帯だらけのヴァルキリーが立ち上がって近付いてくる。

「SACSは我が校をほぼ制圧しました。陥落は時間の問題でしょう」

「ここの指揮官は?」

「貴方では?」

 余りにも多くの地獄を見過ぎたせいで光が失われている目をした少女は、質問に質問を返すと少年の眼前で腰の鞘から抜いたナイフを使い躊躇いなく自分の喉を掻き切った。

「わーお」

 ソノカが口笛を鳴らす一方で勢い良く噴き出した血を見て表情一つ変えないエーリヒは泡立った赤を口元から漏らして崩れ落ちる戦乙女にそれ以上は何も言わず歩き出した。

「嫌だ。もう戦争なんて嫌だ。戦いたくない」

「怖い、怖い、怖い」

 潜水艦乗組員用の革製ジャケットを着た細身の美少年が待合室のドアを開けるなり中で過酷な現実から目を背け続けていた少女達は一斉に弱音を漏らし始める。

「みんな随分と綺麗な顔と服だね」

 エーリヒは右しかない瞳から極めて暗い表情のまま震えつつライ麦パンの耳を齧ったり逆向きになった煙草を咥えて自分の感情を抑え込む少女達に冷たい視線を投げ掛ける。

「三十秒以内に立ち上がれ。従わないと殺す」

 MACTのリーダーは腰のホルスターからM1917リボルバーを引き抜いた。

「殺せるもんか。やれるものならやってみろ」

 返答の代わりに銃声が響き渡り、待合室に被害者然として手を広げた少女が前のめりに倒れ込む湿った音が響く。後頭部には噴火口のように肉が吹き飛ばされた穴が開いていた。

「そんな……」

「そんなぁ……」

 木床に鮮やかな色の動脈血が広がり始めるのを見た少女達はお互いの顔を見合って共に絶句するが、ベレー帽を被った少佐は構うことなく別の少女の腹部に銃弾を叩き込んだ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 チェストリグと呼ばれる前掛け式の予備弾倉入れと迷彩服ごと柔らかい皮膚が弾け飛び、空気を切り裂く鋭い絶叫が待合室に木霊する。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 後方に倒れ込んで壁にもたれ掛かる形になった女性プロトタイプの裂けた白い腹部から湯気の立つ臓物が溢れ出る。彼女は土汚れた手で粘液に塗れた弾力ある自分の体内器官を何とかして中に戻そうとするもすぐに絶命した。

「あっ……あっ……」

 だが、自分達の前にいる少年の言葉はブラフではないことを知ってもなお、鼻腔の奥を塩辛く灼く臭気に猛烈な吐き気を覚える彼女達は絶対に立ち上がろうとはしなかった。

「あっ……あっ……」

 それどころか震える足の間から薄黄色の液体を漏らして床に広げ始める有様だった。

「少佐! 敵が来ます!」

 七十五ミリ戦車砲弾の直撃を受けて半壊状態になっている鐘楼に立ったMACT隊員がGew43半自動小銃のスコープを覗き込んだまま下にいるエーリヒに叫ぶ。

「少佐、あの道の両脇にはフガス地雷が仕掛けてあるようです」

 これ以上構うのは時間の無駄だと判断し全員を射殺した少年に地図片手のソノカが言う。

「じゃあ僕が……」

「では」

 エーリヒの言葉を全て無視したタイガーストライプパターンのマナ・ローブに身を包む身長百五十センチのヴァルキリーは背部飛行ユニットから粒子を噴射して改札を出るなりFAL自動小銃を両手で構え、周囲を探索していた十時方向を進むSACS兵の厚い胸にダットサイトの赤い点の中央を合わせてトリガーを引く。

 すぐに胴体に開いた大穴から内臓が零れ出して瓦礫だらけの地面に広がった。

「息も詰まる夢の中であの馬車を追えるか」

 続いて三時方向にいたもう一人に銃口を向け直して発砲する。右膝から先が吹き飛び、次にバランスを崩して尻餅をついた敵の顔面が打ち砕かれてヘルメットが宙を舞う。

「馬車には我々が放り込んだ彼がいる」

 銃声に気付いて路地裏から飛び出してきた新たなSACS兵に対しソノカは巨大毛筆で塗りたくったようにも見える大量の赤黒い血痕が染み付いた地面を踏み締めてMACTとSACS双方が使用しているベルギー製自動小銃を撃ち続ける。

「彼の顔、悶え苦しむ白い目を直視できるか」

 連射を浴びた敵が相次いで泡立った血液を口から噴き出しながら絶命した。

「絞首刑にされた彼の顔、それは罪に歪む悪魔の顔だ」

 八名を射殺した頃、チェストリグを羽織る彼女の周囲で土砂と爆煙が噴き上がり始めた。

「馬車が揺れる度、肺から噴き出す血の音が聞こえるか」

 視線を巡らせる――膝立ちになったSACS兵が数名、怨嗟の声と共にM1バズーカをこちらに向けて放っていた。空を切る不快音が重なり合った直後、成形炸薬弾頭が建物に命中して爆発し角ばったコンクリートの塊が頭上から雨のように降ってくる。

「肺は腐り切った臓物」

 他にも爆発で巻き上げられた石や瓦礫がマナ・フィールドを激しく打つ。

「それは癌のように忌まわしく、吐瀉物のように苦く」

 着弾時に生じる熱波はその場に一旦膝立ちになって防御に徹するヴァルキリーが球状に展開した光の障壁越しにでも不思議なことに顔まで吹き寄せてきた。

「無垢の筈の舌肉、その開きっ放しで腐り切った傷口から滲み出る――」

 二人のSACS所属ヴァルキリーが撃ちまくりながら兵士達とソノカの中間に降下して数十秒後に急いだ様子で離陸する。その片割れが恐らく拾い上げたであろうフガス地雷の起爆装置を持っていたので、ソノカはマナ・フィールドを解除し足元を蹴った。

「友よ、これ程の興奮を子供達に語ってはならない」

 マナ・ローブの袖と裾を大きく切り詰め、そこから伸びる筋肉がよく付いた両手両足の肘と膝に黒いパッドを装着しているソノカは瞬く間に高度を上げるヴァルキリー達に接近、飛び上がって腰に差していたスコップで正面にいた戦乙女の顔面を真っ二つに叩き割り、弾けた頭蓋骨から瓦礫に飛び散った脳漿を背に本命に襲い掛かる。

「彼らが幾ら身を焦がしても、それは実現し得ない栄光だから」

 袖から覗く左上腕に黒のトライバルタトゥーを入れているソノカは、起爆装置を捨てたフランス語も流暢に使いこなす元シュネーヴァルト学園所属のヴァルキリーが向けてきたDP28軽機関銃の先端を片手で掴み、強引に向きを変え最初の連射を無駄に終わらせた。

「嘘っぱちだ、それは」

 相手は技術もへったくれもない乱暴な前蹴り二発でソノカを無理矢理引き離すと構わずまだ熱い銃身を握り締めて分隊支援火器を棍棒の如く振り回したが、経験豊富な戦乙女は落ち着いて身を屈め横薙ぎの殴打を空振らせてから敵の懐に飛び込む。

「楽しく名誉なり」

 FAL自動小銃を投げ捨てたソノカはマナ・ローブの間から覗く相手の腹部に怪しげな店で買ったナイフ二本を鞘から抜いて突き刺し、思い切りそれぞれ反対方向に引き裂いた。

「祖国のために死するは――だなんて」

 古代ローマ時代のホラティウスの詩を引用し終えたMACT所属の熟練ヴァルキリーは大きく開いた傷口からぶちまけられた内臓が真鍮製の空薬莢転がる地面に落ちる前に反転、

「私はこの波に追い立てられる」

 背後に迫っていた新たなヴァルキリーからのナイフ一閃を身を屈めて間一髪で回避し、その無防備な鳩尾に突き上げるかの如く右膝を食い込ませる。

「この波は私達を押し流し」

 相手は腹部を押さえたまま後退して再び頭を上げた。

「残忍さで満たし、凶徒に変え」

 しかしソノカはすかさず鋭い左ハイキックを放つ。爪先に丸いガラス玉が割れるような嫌な感覚――相手の鼻骨と頭蓋骨が粉々になったらしい。

「殺人者に変え、遂には悪魔に変えてしまう」

 苦悶に呻き、両手で顔を抑えて叫びながら倒れ込んだヴァルキリーを大外刈りで地面に叩き付けたソノカはそのまま馬乗りになる。

「しかしやがてこの波が私達を恐怖させ、狂乱させ」

 鉄拳を顎先に数発見舞って意識を飛ばしてから両手で細い首を掴む。

「そして生命への執着は強まり」

 最後に渾身の力を込めて親指で喉仏を押し潰した。

「ただひたすら救出されるのを願いながら戦うようになる」

 恐怖と絶望に見開かれた双眸が白目を剥くとソノカはすぐ一回転して立ち上がり足元の起爆装置を拾った。何度か弄んでから安全装置を外す。

「つまり」

 ソノカが「ラーメン」と祈ってから三回スイッチを押すと破裂音が響き渡る。

 爆薬が道路の両脇の斜めに掘られた穴の中で炸裂し、上に乗った瓦礫や仕込まれた釘が音速を超えて駅に向かっていたSACSの車列に襲い掛かる。ソ連製B‐10無反動砲を積んだジープ数台をあっさり横転させた暴力はプロトタイプの迷彩服と皮膚を易々と貫き、体内で筋肉を滅茶苦茶に巻き込んで破壊しながら飛び出した。

「地獄にいるストリッパーはみんな性病持ちなんだ」

 これが、アルカ初の民間軍事企業に所属する地上部隊をたった今ほぼ一名で全滅させたソノカ・リントベルクのありがちな日常であった。


 注1 かくざ。戦車等が破壊されて動けない状態にあること。

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