第二章2
「あれ? なんだろう?」
トランシルヴァニア学園学生寮のキッチンに立っていたクリスは流しっ放しにしていた校内放送が突然ブラックアウトして消え、代わりに不快な電子音が聞こ始めたので鍋からソファーとテーブルがあるリビングに視線を移す。
緊急招集を実行中です
生徒の皆さんは速やかにシェルターへ向かってください
荷物は一人につき一つだけ、また必ず学生証を携帯してください
付近に注意し、警戒してください
我々は常に皆さんと共にあります
トランシルヴァニア学園放送部より
緊急放送システムと中央に表示され、毒々しいカラフルで大半が覆い隠された画面下に左から右に向かってハンガリー語の文字が流れた。
「おはよう」
寮では基本的に裸とワイシャツ姿のアルマは自室を出るなり脇目も振らずにクリスへと近付き、背後から抱き締めて薄っすら肉が付いた硬さが全くない腹回りに手を伸ばす。
「もう……アルマさんったら……」
「クリスが魅力的過ぎるのがいけないんだ」
紺髪の少女は三日前の一件以来一度たりとも自分の部屋には戻らず、昼夜問わず何度も体を重ね合い、すっかり親密になった相手の胸を弄る。薄い色の舌を這わせて首筋を舐め、次に顔を半ば無理矢理こちらに向かせ唇を奪う。
「……っ……めですったらぁ……」
「それは難しいな」
「シュテファニアって人から電話が……悪いんだけど……こっちに来てほしいって……」
その言葉を聞いた瞬間、喜びの一方で鍋内で煮立つグラッチュ(注1)を目にして内心気が気ではなかった少女のスカートの内側に潜り込もうとしていたアルマの手が止まり、一センチの隙間もなく密着していた体も離れた。
「あ、アルマさん?」
「行ってくる」
「行ってくるってどこに……?」
クリスはなおも流れ続けるテレビからの不快な電子音で鼓膜を打たれつつ、背を向けて軍服に着替えるため自室に戻るマリアそっくりのヴァルキリーに問い掛ける。
「行ってくるんだ」
アルマは振り返りもせず、さも当然のように力強い口調で答えた。
注1 ハンガリーのシチュー。