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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 OF THEIR OWN ACCORD 1947
241/285

第一章4

「二ヶ月前にはルーマニアが」

 夜八時を回った頃、少数のヴァルキリーを含む生徒の大半が広大な敷地内に建つ寮へと戻ったトランシルヴァニア学園の小奇麗な教室の一つに煌々と明かりが灯っていた。

「先月にはブルガリアがアルカから学園を引き上げました」

 黒板上に貼り出された地図の前で話しているのは左目を黒い眼帯で覆うボーイッシュな乙女然とした姿のシュネーヴァルト学園軍少佐だった。

「状況は加速度的に悪化し深刻な問題となりつつあります」

 トランシルヴァニア軍事援助司令部を率いるエーリヒ・シュヴァンクマイエルの言葉を受けたプロトタイプ達の表情は険しさを増す。

「二つの学園をアルカから一時的な撤退に追い込んだ民間軍事企業SACSは遂に今日、このフェルニゲシュ・コシュティへの攻撃を敢行しました」

 タイガーストライプパターンの迷彩服に身を包む和州学園軍の将校が声を上げ、

「侵入したヴァルキリーは全滅させましたが、トランシルヴァニア学園軍及び一般生徒に少なからざる被害が出ています」

 ブラッドリザード迷彩を着たヴォルクグラード人民学園のこれまた将校が言葉を繋げる。

「間違いなく次の狙いはここだ……でも」

 ベレー帽を被り、潜水艦乗組員用の革製ジャケットと通常のリザード迷彩服のズボンを組み合わせた恰好をしている少年が自分達が支援している筈の存在から今回の件について何の連絡も自発的には受けていないことを静かに語ると、今日に至るまで互いの温度差や危機意識の差に辟易してきた隊員達の口々から一斉に怒りの声が漏れた。

「ハンガリーのクソ野郎共も纏めて半袖にしてやろうか」

「いいやネックレスを掛けてやれ」

 特に汚れ仕事ではなく不正規戦を専門とする精鋭の特殊部隊だった初代第三十二大隊でエーリヒに指揮されていたシュネーヴァルト学園出身者は肘から先を鉈で切断する行為と首に古いタイヤを巻き、そこにガソリンをたっぷり流し込んでから火を着ける処刑方法を仄めかすばかりではなく実際に行いかねない程の怨嗟を言葉の端々に滲ませていた。

「こんな連中と一緒に戦えって言うのか。冗談じゃないぞ」

 彼らはトランシルヴァニア学園の怠慢以上にSACSが何も知らない生徒達には初代も二代目も何一つ関係ない第三十二大隊という部隊名を現在進行形で汚し続けている事実が不快で不快でしょうがなかった。今や同部隊の名は高度なプロ戦闘集団から戦争犯罪人の破滅的な集まりに第三者の認識が変わりつつある。

「何故SACSがアルカでは禁止されている学園への直接攻撃を行うのか?」

 エーリヒは親指を折る。

「一体どの勢力がSACSのクライアントなのか?」

 エーリヒは人差し指を折る。

「そもそもSACSはどうして創設されたのか?」

 エーリヒは中指を折る。

「何一つわかっていないのです」

 かつてタスクフォース609を率いアルカ各地で過酷な不正規戦に従事してきた少年はその頃の敵でもあった現在の部下達に落ち着きを求めるような口調で冷静に話す。

「ただ一つ確かなのは奴らの次なる標的がこの学園であるということです」

 しかし、彼の言葉の端々からは強い怒りが滲み出ていた。

「これ以上学園の離脱を許せば、アルカは世界平和を維持する唯一無二のシステムとして機能しなくなります。それは即ち地球レベルの社会秩序崩壊を意味するのです」

 MACTは独自に行動し、これより二十四時間の警戒態勢に移行すること部下に伝えたエーリヒは最後に教室を出た矢先にこちらも一日の職務を終えた上官と廊下で鉢合わせた。

「シュテファニア先生……いえ、司令官代理にお願いがあります」

 かけられた労いの言葉に応じてからエーリヒは話を切り出す。

「何かしら?」

「SACSは次にこの学園を狙います。MACTだけでは守り切れる保証はありません。トランシルヴァニア学園軍にも全面的に協力して頂きたいのです」

「エーリヒ君、気持ちはわかるけど私達も私達の考えがあって行動しているの」

「では、その具体的なお考えを今この場で私に直接お聞かせください。そうでなければ、あのマリア・パステルナークそっくりなヴァルキリーについてだけでも教えてください」

 四年前ヴォルクグラード人民学園で栄華を誇ったヴァルキリーの名前を口にして動悸を高まらせたエーリヒの表情から少しだけ落ち着きが失われ、声にも震えが加わる。

「エーリヒ君、私は慈善事業でやっているんじゃないの」

 シュテファニアの口調は物分かりの悪い子供に向けられたかのような響きだった。

「貴方は子供の世界の住人よ。あまり勘違いしない方が良いわ」

 更に彼女の言葉にはそれ以上の詮索を阻む冷たさも含まれていた。

「僕にもっと力があれば……」

 ハンガリー人女性教師がハイヒールの軽やかな音と共に立ち去った後、屈辱と無力感に苛まれる少年は灯火管制されている漆黒の窓外を見た。

「マリア……僕は一体どうしたらいいんだ……」

 一瞬だけ、エーリヒは今の自分が絶対ではないという行き詰った感情を抱く。

「自分がもっと上に行けばよりスムーズに問題の解決を……いや、自分がより高い地位にいれば今回のような問題は起きなかったんじゃないのか」

 エーリヒは我に返って雑念を振り払うかの如く首を何度も左右に振る。

 プロトタイプではなく人間の自分はあくまでもMACTという組織の最高指揮官であり、最上位者であるグレン&グレンダ社から指示を受けて行動するのが役割なのだから自分がその立場に収まるのは違うだろうとエーリヒは自分に言い聞かせた。

「でも……」

 だが、隻眼の少年は内心で自分が自分に嘘を付いていることを自覚していた。

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