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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 OF THEIR OWN ACCORD 1947
240/285

第一章3

 失神状態で舗装の上に横たわっていたクリスはうっすらと目蓋を開く。

「んっ……」

 ぼやけた視界が少しずつ輪郭を取り戻していくにつれ、激しく燃える炎の熱とそこから立ち昇る油臭さがよりはっきりしたものへと変わった。

「何……」

 華奢な体を起こした直後、全身に鋭い痛みが走って肺から鉄臭い空気が漏れた。小さな裂け目が入った髪の生え際からは赤黒い滴が幾滴も落ちてアスファルトを汚す。

「こ……れ……」

 痛む脇腹を右手で押さえつつ立ち上がったクリスは先程通学路を進む自分達を追い越し、恐らくは数分前に信号待ちで車道と歩道を隔てる柵越しに再び並んだキャリアーが三台共横転して大破炎上している光景に煤汚れた顔を引き攣らせる。

「みんなは……」

 クリスと共に通学路を進んでいたクラスメイトの一人はすぐ後ろにいた。ただ血の池に沈んだ彼女の上半身と右の膝から先が失われた下半身は二つに分かれ、前者の断面からは薄桃色の腸が飛び出て広がっている。

「ぅぇっ」

 あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにして思わず膝立ちになってしまった彼女の喉を猛烈な勢いで胃の内容物が駆け上がり、土砂が入ったせいで不快な感触に支配されていた口内から勢い良くまだ溶け切っていない胃の中身が溢れ出る。

「そんな……そんなぁ……っ」

 口の周りを嘔吐物で著しく汚したクリスは物言わぬ肉人形と化した――ついさっきまで談笑しながら一緒に歩いていた級友の変わり果てた姿を見て表情を絶望一色に変えた。

「殺して、殺して」

 掠れ声を耳にしたツインテールの少女はまだ火の手が及んでいない一台のキャリアーと舗装の間に学生服の白を見つける。

「殺してっ、お願いっ」

 ヴァルキリー選抜試験の落第に落ち込んでいた女性プロトタイプの右半身は重い車体に完全に押し潰され、首だけが左に傾いて難を逃れている。

「殺し……」

 クリスが茫然と立ち尽くす間に擱座したパンター中戦車から漏れ出したガソリンに火が回り、瞬く間に動けない少女の体を猛烈な勢いで炙り始める。

「殺してェ! クリス! 殺してェ! お願い!」

 両足を震わせて大きく目を見開いたツインテールの少女の前で服ごと皮膚が燃え始め、焼け爛れた声帯から漏れる叫びが鈍い響きに変わって消えた。

「こちらリオン2‐1、まだ一匹生きてる」

「確認した。非戦闘員への無条件攻撃も許可されている。殺れ」

 空を往く、アルカにおいてフランスの代理を務めるエコール・ド・サン・シール出身のSACS所属ヴァルキリー達は母国語でやり取りした後、友の断末魔を目の当たりにして火の海の中の孤島で気を失った女性プロトタイプに翼を翻して急降下した。

「もらい!」

「こちらがな」

 空中でFAL自動小銃を構えたヴァルキリーの視界中心に縦線が入り、粘着音を立てて腰から伸びる支持架に取り付けられた背部飛行ユニットごと体が真っ二つに両断された。

「前世紀の終わり……」

 大破炎上するキャリアーからグレン&グレンダ社のラジオ放送が流れ始める中、太陽を背にしたアルマ・ドラゴリーナは狗琉牙と銘打たれた日本刀にこびり付く血液と肉、脂を払ってからSACSの戦乙女達を見下ろす。

「巨大隕石の落下と」

 背部飛行ユニットだけではなく両肩両腰のレイルにスラスターを増設しているアルマは下方の敵が銃を構える前に最大推力で突進、瞬時にまだ生き残っているもう一人の背後へ躍り出ると刀の一閃で両足を切断、

「それがきっかけとなって始まり、その後十五年間続いた世界規模の戦争が人類に歴史上類を見ない未曾有の被害をもたらしました」

 頭を地上に向けたまま右回転蹴りを放ち、まだ歩行手段を失ったことに気付いていない敵ヴァルキリーを今まさに自動火器を構えんとしている更にもう一体に叩き付ける。

「混乱はグレン&グレンダ社によって収められました」

 アルマは二体の心臓の位置が重なり合う一瞬の間に急速前進、突きを放ち鋭い狗琉牙の先端部により双方の命を同時に奪い去った。

「そして同社は今後一切、人々が争わずに済む世界を作ろうと考えます」

 左右に伸びる前進翼にトランシルヴァニア学園軍所属であることを意味する黒い下地の白十字を国籍マークとして描いた戦乙女は一時方向から接近する新手の敵を視認する。

「それが戦闘用の人造人間……プロトタイプを教育し」

 上下左右にS字を描くアルマは刀しか武器を持たない不利を補って余りある高機動性で迫り来る弾丸を回避しつつ青い粒子の源へ接近した。

「彼ら世界各国の代理勢力たる学園に所属させ、アルカという永久戦争地帯でそれぞれの母国の代わりに戦わせるシステムなのです」

 相手の右側に突進、敵が右方向へ動き始めるや否や左へ急行、刀を振り上げて前に出る。

「今や民族対立や資源の利権争いといった国家間の問題は何の例外もなくアルカにおける代理戦争で全て処理されています」

 危機に顔を引き攣らせてこちらに銃口と体を向けた褐色肌の戦乙女の右腕を付け根から縦の斬撃で切り落とし、その勢いのまま回転して横一閃で首をも刎ねようとするが相手が左手で抜いた逆持ちの鉈で受け止められた。火花が散る。

「つまり戦いは人類にとって永遠に過去のものとなったのです!」

 キャリアーの誘爆と共に終わった世界を支配する巨大な多国籍企業の無責任極まりないラジオ放送を何一つ聞いていなかったカロル・サンピエールは苦悶の表情を浮かべつつ、すぐ傍まで迫った鈍光帯びる刃を強引に押し退けた。

「ここで死ねるか!」

 BFにおける残虐行為が原因で戦争犯罪人となったシュネーヴァルト学園軍兵士により構成された二代目第三十二大隊を基に設立され、その後過去の経歴故に行き場所を失った訳有りの少年少女達を勢力問わずにかき集めて大きく拡充された民間軍事企業に身を置くヴァルキリーは胴体右側の断面から鮮血を迸らせてアルマに突進する。

「お前を殺し、殺害確認戦果として耳を持ち帰れば口座に多額の現金が振り込まれる!」

 右ハイキック、左フック、二発目の右ハイキックで激しく頭部を揺らされても指揮官を捕食される等の凄惨な経験を経て五百名近いラミアーズ構成員を殺害した約八十名のうち一九四七年十月時点まで生き残っている数少ない一人であるフランス製戦乙女は怯まずに前進、軍用ブーツで包まれたアルマの右足を掴んで横一回転し放り投げる。

「元手があればアルカを出て自立できる!」

 短髪をピンクに染めたカロルは地面に激突する寸前に肩と腰のレイルに取り付けられたスラスターを動かして体勢を立て直し両足で地面を踏み締めたアルマに向けて急降下した。

「親に頼らなければ生きていけない子供ではなく、大人として外の世界で!」

 顔を上げたアルマと「もうこんな世界に心底うんざりしてるんだ!」と鉈を振り払ったSACSのヴァルキリーの目が合う。

「なら黙って行動しろ。理想を口に出す者に限って何も出来ない!」

 アルマは縦方向の斬撃を今回もレイル上で動かしたスラスターの噴射で後方に移動して鼻先数センチを前を掠めただけに終わらせた。

「口先だけで何も出来ない者こそ弱者だ!」

 三度スラスターの向きを変えて少女は突進、狗琉牙を振るってマナ・ローブの濃緑色に覆われたカロルの腹部を横一閃に切り裂き上半身を後方に仰け反らせる。

「そして弱者は全てを踏み躙られる。誰一人手を差しべたりはしない!」

「強者のつもりか! アルカにそんな奴はいない!」

 二人はお互い地面を滑走して距離を詰め鍔是り合う。

「だったら何がいる! 答えろ!」

 アルマは青いマナ・エネルギーを、カロルは赤い鮮血を振り撒いて互いに一回転、

「このアルカには強者なんていない!」

 アルマは刀を振り上げ、カロルは鉈を振り下ろし、

「いるのは強い弱者だけだ!」

「聞き入れるに値しない負け犬の遠吠えだな」

 火花が散る激しい鍔迫り合いの中でアルマはマリア・パステルナークそっくりの頭部をカロルの額に叩き付ける。白と褐色の激突点から血が飛び散った。

「少ない枠を手に入れられるのは限られた者だけ」

 衝撃で力の抜けたカロルの左手が上に弾かれ、縦傷が走る腹部が音よりも速い横一閃で薙ぎ払われて瞬時に戦乙女が上半身と下半身の二つに両断された。

「だからこそ幸福を掴みたければ強くなって他人を蹴り落としてでも上に行くしかない」

 全ての敵を一人で殺し尽くしたアルマは真新しい死体や切り落とされたばかりの手足、体の外に出てまだ然程時間が経過していない臓物が無造作に散らばった地上に降り立ち、ゆっくりと気を失って横たわるツインテールの少女に近付いた。

「なるほど、君が私のユーリ・パステルナークという訳か」

 アルマは諦観の込められた微笑を口元に浮かべると黒いグローブで覆われている両手をクリスに伸ばし、そっと気絶したままの彼女を抱き締めた。

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