プロローグ
一九四七年十月六日。
「今の自分が絶対じゃない!」
編隊の中から八十五ミリ高射砲弾の絶え間ない炸裂と幾多の二十ミリ機関砲弾の火線を掻い潜って目標であるトランシルヴァニア学園の白い学び舎に突進したヴァルキリーは、口から唾を撒き散らしてM1バズーカの重い砲身を肩に載せる。
「私達にだって可能性がある!」
そしてアルカに初めて出現した民間軍事企業に身を置く戦乙女は青い粒子を纏いつつ、コルダイト火薬の悪臭満ちる空で米国製対戦車ロケット弾発射器のトリガーを引いた。
「別の生き方って可能性――」
だが自分の暗い胸中を声にして吐き出す少女の頭部はその直後に後方から浴びせられた七・九二ミリ弾で血と骨が混ざり合った飛沫へと変えられた。それは百数十メートル先の校庭に並んで設置されているドイツ製四連装対空砲の一つが四散するのとほぼ同時だった。
「敵の増援!」
ロングコート然とした濃緑色の戦闘服を纏う戦乙女達は燕尾を靡かせて背後に向き直り、自分達と全く同じ灰色の後退翼が左右に伸びる背部飛行ユニットから、自分達と全く同じ青く輝く粒子を噴射する、自分達と全く同じ出で立ちの少女らが黒々とした殺意を纏って急速に高度を落としてくる光景を視認した。
「お姫様の兵隊が……!」
「犬共を生かして帰すな。刺し違えてでも殺せ」
かつては山形県と呼ばれていた永久戦争地帯で日々報われぬ戦いに身を投じ続けてきた使い捨ての消耗品達は互いに距離を詰め、
「死ね!」
「くたばれ!」
同高度になるや否や敵味方で空にS字を描いて相手に体の正面と手にした火器を向ける。
「速いのが一匹いる。気を付けろ!」
半秒の差でMACT――トランシルヴァニア軍事援助司令部と呼称される、各校合同の精鋭部隊の集まり――の一員をFAL自動小銃の連射で血塗れの塊へと変えたSACSのヴァルキリーは新たな敵を求めて移動する前に切羽詰まった仲間の声を耳にした。
「テウルギストって奴か?」
戦乙女は事前に注意するよう命令されていた存在の名前を口にする。仲間の声の方向に広がっていたのは流星の如く大空を駆けて次々にSACSの戦乙女を両断していく光源が、必死の形相でMG42軽機関銃を乱射する戦友に迫り、すれ違いざまに鮮血の霧へ変える俄かには信じ難い現実だった。
「死……ッ」
光源が自分に気付いたことを察したヴァルキリーは作り出された細切れの肉片が重力に引き寄せられるよりも早く手にしたベルギー製自動小銃を構えて撃つ。
「ここは私の空だ!」
だが、七・六二ミリ弾を吐き出す銃口から閃光が瞬く前に……正確には銃口を迫り来る煌めきに向けた時点で堂々たる声を上げた光源はその射線から即座に逸脱してしまう。
「貴様らの海ではない!」
急速接近する光源から再び威厳ある美声が響き渡った瞬間、ヴァルキリーのすぐ真横で四十七発入りドラムマガジンが付いたDP28軽機関銃を連射していた更に別の戦乙女が光源から放たれた半円形のマナ・エネルギーで両断された。
「――ッ」
刹那、切り離されて僅かに浮かび上がった上半身が予備の弾倉入れごと内側から泡立ち、同じ状態になった下半身諸共湿った音を立てて爆発、周囲に血と臓物を撒き散らす。
「うわっ!」
ヴァルキリーの白い頬や額に生暖かい嫌な感触が走り、思わず閉じてしまった目蓋にも鉄臭い滴が浴びせられる。鼻腔の中は一瞬にして不快感で満たされてしまった。
「嘘……ッ?」
そして目を開けたヴァルキリーは絶句する。死んだ筈の存在がそこにいた。
「一人の子供も生き残っていないのは確かだ!」
赤黒い液体に塗れた自分を見下ろす琥珀色の瞳。
「戦場から逃げた卑怯者共がやったのだ!」
あまりにも整った端正な顔と硝煙臭い風に揺れる艶やかな紺色の髪。
「しかも王の天幕にあったものを全て燃やすか持ち去っている」
その引き締まった肢体を覆うマナ・ローブは襟と袖を緋色で縁取られた黒で、
「それゆえ王は!」
肩や腰のレイル上には見慣れない装備が付き、
「至極当然ながら全ての捕虜の喉を掻き切らせた!」
背部飛行ユニットからもオリジナルのそれとは異なる前進翼が左右に広がっていたが、
「ああ、勇ましい王よ!」
一九四二年の六月五日と同様、特に意味もなくシェークスピアのヘンリー五世の台詞を引用してヴァルキリーの細い首を日本刀の一閃で跳ね飛ばした少女の容姿と声は四年前に死亡したマリア・パステルナークとあまりにも似通っていた。