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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 A NEW BATTLE FIELD 1945
233/285

第三章4

「私は罪を背負っている!」

 悪趣味な人体オブジェが飾られたウォッチタワーの中を二つの青い閃光が駆け抜ける。

「大勢を!」

 エレナは左手に持った鉈を叫びと同時に先を行くアビーに向けて投擲したが既に限界が近付いている刃は壁を削ってから予想外の方向に跳ねて数名の敵兵を両断したに留まった。

「殺した罪を!」

「旧人民生徒会派は殺すべき敵だった筈なのに?」

 続いて右手で振り下ろされたタスクフォース563指揮官の鉈と魔境の王が振り上げたチェーンソー――MP44自動小銃のハンドガード下部に無理矢理取り付けられた――が激突して死に満ちた空間を激しく照らす。

「確かに旧人民生徒会派は私達の明確な敵だった!」

「自分は悪くないと言いたげだな!」

「しかし個の存続という部分においては生きるために戦った同志のようなものだった!」

 飛散する光の中で歯軋りするエレナは渾身の力でかつての戦友を振り払うが、既に昔の記憶を殆ど失っているヴィールカ・シュレメンコは引き攣ったような狂い笑いを浮かべて体勢を崩したまま構わずドイツ製自動火器を片手で連射する。

「私は彼らを殺すことで自分の心の一部を殺していた!」

 狙いなど何一つとして定められていない連射の中で直撃コースの七・九二ミリ弾のみを青い障壁で弾いた少女はアビーとの距離を詰め、左下から右上にかけての一閃を放ったが左上から右下に向かって繰り出されたチェーンソーの回転刃で受け止められてしまう。

「幼稚極まる自己正当化!」

 前蹴りで相手を突き放したアビーは彼女が体勢を立て直す前に距離を詰めてその脇腹をチェーンソーの刃で掠め、勢いのままに回転して背後に踊り出る。

「私は自分を恥じている」

 一瞬の間に抉られたマナ・ローブ下の皮膚の間から熱い血を迸らせて苦悶したエレナは膝立ちになるも激痛に耐えながらすぐに立ち上がり、

「何故あんなことをしたのかわからない」

 唸りを上げて薙ぎ払われたチェーンソーの斬撃を身を屈めて回避した。

「でもそうするしかなかった!」

「そうするしかなかった?」

 だが今度はアビーの左拳が剥き出しになっているエレナの腹にめり込んだ。体内器官が激震したことで口から血を吐き出したソ連製ヴァルキリーに立て続けのボディーブローが放たれて肉同士が激突する音がウォッチタワー内に響き渡る。汗と血が四方八方に散り、立て続けの腹部へのダメージで下がってしまった少女の頭部がアビーの両手で固定されて何発も膝蹴りをぶち込まれた。

「なら私も同じだ!」

 アビーは脳震盪を起こしたエレナを思い切り壁に叩き付ける。僅か〇・五秒と経たずにレンガを突き破って外へと放り出された戦乙女の整った顔面が魔境の王に蹴り上げられ、四つん這いになっていた上背のある肢体が前のめりに倒れ込む。

「私もこうするしかなかった。狂うことでしか逃げられなかった」

 それでもなお手足を動かしているエレナを目の当たりにしたアビーは舌で右口端の傷を舐めると瞳に邪悪な光を宿らせて唇も緩ませた。

「ああ、青いバスが来たようだ」

 だが直後、アビーは大地からの震動と轟音で大きくよろめく。タスクフォース609の砲兵部隊が瀕死のテロ集団を潰すため大規模砲撃を敢行したらしい。

「王様のハイウェイの先にある、とてもとても暮らしやすい西の国へ」

 飛来した大小様々な鉄塊が旧山形県庁の各部を破壊、打ち砕かれた瓦礫をラミアーズ指導者に降り注がせる。

「同じにされてたまるか!」

 真上から落下してきた鉄骨を蹴り飛ばしたラミアーズ首領の背中側で意識を取り戻したエレナが粉塵を突き破って凄まじき一閃を放つ。

「同じだろう!」

 背部飛行ユニットの左翼を斬り落とされ、断面から剥げた塗装片と火花を飛び散らせるアビーは構わず振り向いてMP44自動小銃の火力を至近距離で解き放つ。

「違う!」

 エレナは右手に即時展開したマナ・フィールドで迫り来る七・九二ミリ弾を全て粉々に打ち砕くと左手に握った拳銃を構えて猛連射、アビーが自分と同じ青い障壁を展開するや否や急接近して右膝蹴りを叩き込み、狂鬼を吹き飛ばした。濃い粉塵が瞬時に立ち込め、外壁の破片が空高く舞い上げられる。

「違う!」

 エレナは拾い上げた南アフリカ共和国製のリボルバー式グレネードランチャーを両手に構えて火力の全てを濃い茶色の向こう側に注ぎ込んだ。

「お互いマリア・パステルナークに人生を狂わされた点では同じだ!」

 背部飛行ユニットからの噴射で壁から飛び出したアビーは初撃を空振りに終わらせると垂直方向に全力疾走、四十ミリ榴弾の中を重力に逆らって突き進んだ。

「マリアがいなければ私は生まれなかった!」

 薄緑の髪を激しく揺らす戦乙女は両足を広げ前転、進路を予測して放たれた一撃による爆風から飛び出した破片を僅か数センチの距離で擦過させ、

「マリアがいなければ私はこうはならなかった!」

 壁に爪先を着けるなり右に向け跳躍する。ほぼ同時に彼女がいた場所が炸裂で抉られた。

「マリアがいなければラミアーズも存在しなかった!」

 横一回転して右足で壁を削った矢先に再び四十ミリ榴弾が殺到する。

「一九四三年のマリア・パステルナークから全てが始まったのだ!」

 火薬臭い煙を切り裂いて飛び出したアビーは全身の傷口から血を振り撒いて疾走方向を横に変えるが、そのすぐ後ろをMG42軽機関銃に武器を切り替えたヴァルキリーからの数千発に及ぶ七・九二ミリ弾に猛追跡された。

「――ッ」

 このままでは両手持ちされた二門の銃口からの火線に追い付かれると判断したアビーは両足の筋肉を躍動させて跳躍、急降下しながらチェーンソーの一閃をエレナに浴びせる。

「だから私達は同じなんだ!」

「違う!」

 真っ二つになった二丁の分隊支援火器の金属製部品が火花と共に飛び散るが、エレナは機能を失った得物を投げ捨てて眼前の少女に硬い握り拳を叩き込む。

「違う!」

 弧を描く右フックと左フックが立て続けにアビーの顔面を殴打、頭部が激しく揺れるがエレナは手を緩めずに右ストレートを顎先に打ち入れた。

「断じて同じではない!」

 エレナは地面に膝を着いたアビーの首を叩き落すべく鉈を振り上げる。

「私はお前とは違う。私はお前とは違う!」

「客観的って言葉を知ってるか?」

「同志大佐は我々を売った!」

 ラミアーズのトップは作動不良を起こして回転しなくなったチェーンソーの刃で一撃を苦しい姿勢で受け止めるが手の支え方が悪かったため更にそれを崩してしまう。

「私はそれを受け入れられず、記憶を改竄して逃げた!」

 急速後退を図ったアビーの腹部が横薙ぎに払われた。

「だが私は現実を受け入れ、あの方の弟を守るために生きると決めた」

 強く歯を食い縛って激痛に耐える魔境の王の前でエレナはマナ・ローブのリミッターを解除した。ロシア語の電子音声と共に右手首のマナ・クリスタルが赤い輝きを放ち始め、彼女の双眸も青から準じた色に変わる。

「だから私は狂気に逃げたお前とは違う」

 マナ・ローブの背部にあるレイル上で飛行ユニットが百八十度回転し、左右の後退翼が上方を向いて六つに割れ、角度を取って開くや否やこちらも赤い粒子を放出させ始めた。

「私は逃げなかった!」

 テウルギストことノエル・フォルテンマイヤーの代替として作り出された失敗作扱いの第一世代ヴァルキリー達のみが可能としているマナ・ローブのリミッター解除を果たしたエレナは粒子で形作られた六枚の翼を持つ姿へと変貌を遂げ、滞空してアビーを見下ろす。

「私は戦っているんだ!」

 砲身状に変形したマナ・フィールドの中心から図太い粒子ビームが撃ち出された。

「戦っている自分に酔っているだけの女が!」

 アビーは光の障壁を展開して細胞レベルにまで完全分解され尽くす事態だけは避けたが代償として翳した左手は四散、衝撃で腹部の傷口を大きく広げられた。大量に血を吐いたヴァルキリーは本能的に生命喪失の危険を感じて戦場からの離脱を図ろうとするも瞬時に追い付いたエレナの左足首を掴まれて地面に叩き戻される。

「お前は戦っている自分が格好良いと感じている愚か者だ」

 左太腿から先を失ったアビーは自分の足を投げ捨てて襲い掛かってくるヴァルキリーの鉈を倒れたまま上体を起こす形で三度チェーンソーで受け止める。

「愚か……者……ッ……!」

 だが今回は両手でMP44自動小銃を保持するアビーは悪魔の如き力で押し込んでくる敵を前にして得物がそう長くは持たないという恐怖に胸を支配され、加速度的に強くなる恐怖心を振り払うかの如く大きく回転しない刃を振り払うが、確実に相手を両断した筈の一撃には何の手応えもなかった。

「愚か者で悪いか!」

 背後に殺気を感じて振り向いたアビーの胸倉が掴まれて彼女は地面に叩き付けられる。

「素晴らしい。本当に素晴らしい」

 タスクフォース609が誇る最強戦力としてホテル・ブラボー攻略作戦に参加していたノエル・フォルテンマイヤーはその様子を見て折れ曲がった街頭の上で満足げに微笑む。

「少女が本来の姿を取り戻していく」

 金髪を後ろで結ったヴァルキリーの眼鏡奥にある縦スリットの赤い瞳に自らの愚妹とも言える存在が魔境の王を叩き潰していく光景が映る。

「自分を縛っていた鎖を他者との絆によって解き放ち――」

 テウルギストとも呼ばれる最初のヴァルキリーは回転してマナ・ローブの燕尾を揺らす。

「愛する人と共に生きていこうとする」

 エレナは自分が喜んでいることを知っても喜ばないとノエルは知っていた。

「何の意味もないこの世界の中で負の繰り返しを断ち切り、変わろうとしている。

 だが、それでも百八十センチを超える長身の戦乙女は嬉しかったのだ。

「一緒に生きたいという、ただ一つの純粋な願いの為に」

 ノエルの視線の先で彼女に見られていることなど知る由もないソ連製ヴァルキリーは、起き上がろうとする魔境の王を再び図太い粒子ビームで薙ぎ払う。赤い光の潮流が顔面の左半分を焼き尽くし、泡立つ真っ黒な皮膚から煙が立ち昇る。焼け爛れた肉の間から白い眼球や骨、筋肉が丸見えになった。

「何度でも言うぞ。私はお前とは違う」

 通常モードに移行して双眸と粒子の色を青に戻し、両翼もいつもの形に変えたエレナは左手で拾い上げた鉄パイプをアビーの胸に突き刺して彼女を持ち上げる。

「私にはお前と違って仲間がいる!」

 そのまま彼女は右手の鉈で戦乙女の胴体を滅多刺しにした。既に機能を失った先端部が胸や下腹部を貫き、背中が激震する度に開いたアビーの口から赤い液体が迸った。

「私にはお前と違って帰る場所もある」

 数え切れない刺突の後、肌に白い部分を残していないタスクフォース563の指揮官は次にアビーの右足と残っていた左足の太股に刃を走らせた。力任せに振るわれた鉈が肉を断裂させ、骨を叩き割って濡れた濃い桃色の断面を晒させる。

「その二つが永遠だと誰が決めた?」

 両足を斬り落とされた魔境の王は歩行能力の喪失を気にすることもなく狂笑を浮かべてエレナに震える右腕を伸ばした。

「人民生徒会の恐怖政治は終わらない筈だった」

「黙れ!」

 エレナは鉈を魔境の王の左首筋に食い込ませるが、千切れた頸動脈から勢い良く鮮血が迸ってお互いの戦闘服から濃緑を消し去っていく。だが、それでもアビーは喋り続けた。

「マリア・パステルナークの王国も永遠に続く筈だった」

「黙れ!」

 エレナの怒声を他所にアビーは笑い始める。

「寒い冬が終わったと思ったか?」

「何だと……!」

「寒い冬は、まだ、続いているぞ!」

「黙れェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!」

 エレナは鉈を引き抜くと再度同じ場所に叩き込んだ。傷口から入り込んだ刃は今度こそアビー・カートライトの斬首に成功し、頭部は顔に狂笑を浮かべたまま血の海に沈めた。

 アルカを恐怖のどん底に陥れたテロリストの、あまりにもあっけない幕切れだった。

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