第三章2
ホテル・ブラボー西側で仲間達と共に戦うユーリはJSU‐152重自走砲の残骸から身を乗り出すと、PPSh‐41短機関銃の狙いを疾走する黄色いレインコート姿の敵に合わせてトリガーを引く。鮮血と赤い欠片を飛び散らせてラミアーズ兵の右膝が吹き飛び、マリアの弟は地面に倒れ込んだ敵の頭を撃ち抜いた。
「行くぞ!」
「了解!」
タスクフォース563隊員のPTRS1941対戦車ライフルが火を噴いて敵の右腕が弾け、衝撃で体が宙を舞う姿を目にしたユーリは上官の命令を受けて彼らと共に前進する。
「子供達は地雷を埋めて検問所を銃撃する」
膝を前に出す度、軍用ブーツで覆われた自分の足裏に肉の押し潰される感覚が走った。
「彼らは自分達が殺される理由も理解していなかった」
マンホールの中から現れたラミアーズ兵がBAR自動小銃を構えて撃つ。
「青少年の強制収容所を作って、そこで学ばせるべきだ」
七・六二ミリ弾を浴びた一人の隊員が前のめりに倒れ込むがユーリと他数名は手にした自動火器から乾いた銃声を響かせ、テロリストの全身に直径十ミリ程の穴を多数穿つ。
「文化的な生活を幾らかでも学ばせるために」
次に自爆要員が叫びと共に接近してくるがユーリ達は冷静に対処する。銃弾が柔らかな肌を食い破り、内部で筋肉や動脈を破壊して外に飛び出し絶命に追い込む。
「肉体は魂が運転する車に過ぎない!」
無理矢理車両の残骸を押し退けたテクニカルがM2重機関銃を撃ちまくりながら双方の間に強引極まる形で割り込んだ。
「だが善行を積めば魂を次のレベルへ昇華できるのだ!」
応射するソ連製プロトタイプ達の周囲で十二・七ミリ弾が舗装を抉り粉塵を上げる。
「頭を低くしていろ!」
急いで撃破された三号突撃砲G型の車体裏に身を投げて砲火を逃れたスぺツナズ全員のインカムに指揮官の声が入った。
「戦争がどんなにおぞましい悲劇であろうとも」
空を見上げた特殊部隊員らの視線先を少女が駆け抜け、コルダイト火薬臭い大気の中で上下左右の急機動を取りながら濃緑色のマナ・ローブ纏うヴァルキリーが発砲する。
「祖国の呼びかけに応じて自らの生命を捧げ投げ出す兵士達は」
テクニカルの荷台でM2重機関銃のチャージングハンドルを引き絞っていた敵兵の頭が破裂、続いて胴体も多数の七・六二ミリ弾で貫かれて四散した。
「その高貴さにおいて最も進化した人類であると信じていた」
着地したエレナは右手に短機関銃を持ったままパンツァーファウスト44の重い砲身を左肩に載せて急速後退する射手を失った武装車両に照準を合わせた。
「だが現実は違った――我々は人間ではない。戦争の犬だ」
対戦車ロケット弾を真正面から叩き付けられたテクニカルは眩い閃光に包まれ、すぐに黒煙を空に立ち昇らせる。そして炎を燃え上がらせて周囲を照らす。
「エレナさん! 危ない!」
「自分達は特別な使命を持ち、地球に送り込まれたのだ!」
少年の叫びと路地裏から飛び出してきた別のテクニカルがB‐10無反動砲を放つのはほぼ同時だった。八十二ミリ砲弾が咄嗟に正面展開されたマナ・フィールドを激打するも敢なく弾かれ、弾痕だらけになっているビルの外壁に突き刺さり爆発して天を焦がした。
「それでも我々以上に平和を祈る者はいなかった」
部下達の援護を受けながらエレナは横に一回転して黒いオープンフィンガーグローブで覆われた手で尖った先端を持つドイツ製対戦車ロケット弾発射機のグリップを握り締める。
「何故なら戦争の傷を最も深く身に受け、その傷跡を耐え忍ぶのは我々だからだ」
タスクフォース563隊員が凄まじい猛射を浴びせるテクニカルに白煙を引いた弾頭が吸い込まれて爆発を引き起こした。
「行くぞ!」
残弾を撃ち尽くしたパンツァーファウスト44の発射機を投げ捨てたエレナは炎を背にホテル・ブラボーの中心部へと駆け出した部下達を追う。
「心に痛手を受ける体験をした時」
飛行せず舗装の上を疾走するエレナは視界の隅に敵を見つけると立ち止まり、千切れたラミアーズ兵の腕を踏み潰しつつ左足を前に出してPPSh‐41短機関銃を発砲する。
「それを誰にも話さないでいると深く傷つくことになりやすい」
瞬時にテロリストの両膝が砕けた。
「他人に話すことは自分の体験を客観的に眺めるのに役立つ」
エレナは這って逃走を図るテロリストの後ろ襟を掴み、三千五百グラムある自動火器の重量を全て乗せて後頭部を思い切り殴り付ける。
「だが内に秘めたままにしておくと生きながら内側から食い荒らされることになる」
三ミリの鋼鈑をプレス成形する方法で製造されたバレルジャケットが振り下ろされる度、 プラチナブロンドの髪が汗と共に激しく上下に揺れた。
「また心の腫物を切除することで訪れるカタルシスには大きな治療効果がある」
最初にラミアーズ兵の首が飛び、次に両腕がもぎ取られた。
「苦しみを語ることは苦しみを分かち合うこと」
七分十二秒後、少なからぬ犠牲を出したタスクフォース563の隊員達はラミアーズの司令部であるウォッチタワー――旧山形県庁――に他部隊を待たずに突入を果たす。
「人間が何故暴力に対処できないか知っているか?」
狭い通路の壁を疾走したエレナは銃撃を回避しつつ敵の眼前に降り立って力強く両手の鉈を振り、ここ数日だけで数多くの命を奪い去った刃でラミアーズ兵の体を引き裂く。
「暴力に真正面から向き合うのを避けているからだ!」
叩き付けられた人体の一部が血の塊となって弾け飛ぶ中、エレナは勢いを付けて回転し空間が狭い故に逃げられない敵を次々に解体刑に処していった。
「非難し抑圧するばかりで」
惨殺の根源となったヴァルキリーの周囲で血飛沫が舞い、濃密な臭気が立ち込める中で次々に湿った音を立てて床を汚す。
「真正面から見据えて理解し制御しようとしない!」
死の旋風を終えた戦乙女は次に大きく踏み込んで右回転蹴りを放つ。三名の頭が同時に刈り取られて切断された首が血の尾を引いて勢い良く宙を舞った。脊髄が見える断面から爆発的に血が噴き出し、ただでさえ返り血で濡れていたエレナの顔を更に真っ赤に染める。
「援護は頼みます!」
「エレナさん! あまり突出しないで!」
ユーリが手にしたPPSh‐41短機関銃の掃射で組み付いての自爆を図った敵の頭が熟れた果物宜しく砕け散り、血の雨の中を前転したエレナが立ち上がり際に更に後方から姿を現した敵を両断すると黄色いレインコートが二つに分かれて腸を床に広げた。
「人を殺す前は死ぬことや負傷することを最も恐れていた」
エレナは床を蹴って飛び上がり……続いて壁を蹴って半秒の滞空中に左手の鉈を投擲、その先にいたラミアーズ兵を串刺しにする。着地と同時に絶命した敵の下腹部から得物を引き抜いて更に別の敵に迫った。
「今は違う。人を殺すと、他人を殺すことが一番怖くなる!」
テロリストの右腕と左腕を立て続けに切断したエレナは二本の鉈を投げ置くと敵の喉に手を伸ばして力任せに脊髄を引き抜いた。
「くそっ!」
筋肉が断裂する音と神経が千切れるそれが交じり合う響きを耳にするユーリは弾切れの隙を突かれて一人の敵に押し倒された。幸い自爆要員ではなかったが、ナイフの鋭い刃の先が顔の前に押し付けられる。
「異常な状況に異常な反応を示すのは正常な行動なんだ」
ユーリは下からのアッパーカットで敵の顎を打ち抜いて相手の意識を飛ばす。
「だから異常な状況に正常な反応を示すのは異常な行動なんだ!」
その隙に相手の懐にあった手榴弾のピンを引き抜き両手でそいつを押し退けた。
「大丈夫か? ユーリ」
「深く考えるなよ。こいつらは死神の顔を長く眺め過ぎたんだ」
小爆発で四散し全身に降り掛かった手足や臓器を押し退けて毒付いたユーリは仲間達に手を貸されてよろめきつつも立ち上がる。
「ここがあの女の……!」
やがてタスクフォース563の隊員達はウォッチタワーの最奥にある部屋に辿り着いた。
「なんだこれ……」
議場ホールには頭に黒く厚いビニール袋を被せられた死体が何体も天井から吊るされ、首に掛けられたプラカードには『私はポジショントーカーです』と血文字で書かれていた。
「聖母は処女でイエスを身籠ったんじゃない」
高笑いが四方から聞こえて周囲を見回す隊員達の前にゆっくりと魔境の王が姿を現す。
「UFOに拉致された挙句、宇宙人に妊娠させられたんだ」
マナ・ローブを纏って壇上に一人歩み出たアビー・カートライトは左右を見回しながら隠れる様子も逃げる様子もなく侵入者を双眸に映し出した。
「でも宇宙人には性別が存在しないんだ」
口を完全に閉じることができない戦乙女の舌がその原因である右頬の傷を舐める。
「一体何が目的だ?」
「目的?」
エレナの問いを受けたアビーは薄緑色の髪を揺らす。
「世界をレモネードとカイアンペッパー、メイプルシロップの混合物に変えるためだ」
「そこまで狂ったか……ヴィールカ・シュレメンコ」
ミス・マガフから教えられたアビーの本名を口にしたエレナは、ユーリを含む部下達に自分と別れて作戦の第二目標であるSADM(注1)の回収を命じる。
「でも……エレナさん……」
「行けッ! 奴は私と同じ呪われた狼の血族だ!」
全てを拒絶する怒声を発したエレナは「ああそうだ。人は……」とアビーを睨み付ける。
「自分の過去に嘘を付くことはできても……」
エレナがミス・マガフの提案を受け入れたのはアルカや母校を守るためではない。
「自分の過去をなかったことにはできない……!」
アビーの正体が、かつてマリア派で共に肩を並べて戦ったヴァルキリーだったからだ。
注1 特殊核爆破資材。