第三章1
一九四五年五月四日。
「湖面に映る地平線をさざ波が」
午前七時十二分――シュネーヴァルト学園のタスクフォース609及び第三十二大隊、そしてヴォルクグラード人民学園のタスクフォース563による合同作戦が幕を開けた。
「前進!」
ラミアーズの本拠地であるホテル・ブラボー攻略を目的とするスーパーサーカス作戦はまず市街地北側からタスクフォース609が攻勢をかける形で始まる。
「全機、兎狩りの時間だ」
両翼に末広がりの鉄十字を描いたシュネーヴァルト学園空軍のジェット戦闘機が激しい対空砲火を掻い潜って高射砲陣地にロケット弾攻撃を敢行、瞬時に無力化したのに続いて次はA‐1スカイレーダー戦闘爆撃機が二千ポンド爆弾をばら撒き、今度は防御の要たる砲兵陣地を大小様々なクレーター群へと変貌させた。
「行くぞ」
副官からホテル・ブラボーの防御能力が落ちた旨を報告されたタスクフォース609の指揮官が次の命令を出すと、同部隊所属のM4A3E8シャーマン中戦車が隊列を組んでアルカを脅かす恐るべきテロ集団の根拠地への前進を開始する。
「凄い……」
ヘリのキャビンから外を覗いたユーリの視線の先で、タスクフォース609の総攻撃を受けたかつての県庁所在地は街全体が大火災に見舞われたかの如き地獄に変貌していたが、ショー&ナイ・エアベースから発進した航空機は炎の中に爆弾を落着させて鋼鉄の暴風でホテル・ブラボーを破壊し続けていた。
「今日なのか! 今日がリセットの日なのか!」
ラミアーズ兵達の頭上を重なり合った爆音と機影が通過するなり制空権を失った彼らは雨霰と降り注いだナパーム弾やロケット弾の洗礼を浴びる。着弾地点から炎が燃え上がり、一瞬の間に細切れになった手足が黒焦げた街路樹やコンクリート片と共に持ち上げられて空中で木っ端微塵に粉砕されてしまう。
「性愛や家族関係に縛られた狂人共め!」
それでも数門生き残ったラミアーズのソ連製八十五ミリ高射砲が市街前面の防御陣地で火を噴き、水平射撃によってタスクフォース609の戦車に直撃弾を与える。正面装甲を貫かれた米国製の戦闘車両が直後に搭載していた弾薬の誘爆で砲塔を空に飛び上がらせた。
「人権って言葉を知ってるか?」
敵の指揮官が「惰弱な抵抗を踏み潰せ」と命令したことを速度を上げた戦車隊の様子で双眼鏡越しに知ったアビーは崩壊寸前のビルの屋上で微笑む。
「うわっ!」
M4A3E8シャーマン中戦車が突如真下からの爆発に巻き込まれて周囲に金属部品を撒き散らし、M3ハーフトラックが更に大きい炸裂で大空を舞う。悪魔の園――対人用、対戦車用の地雷両方を入り混ぜて地面に埋め込み、航空機用爆弾も仕掛けた複合地雷源にシュネーヴァルト学園の最精鋭部隊が足を踏み入れてしまったのだ。
「浄化しろ!」
急速後退を図った戦車が後続車両と激突する姿や味方の歩兵を踏み潰す醜態を目にしたアビーは無線機越しに残存する砲兵部隊に全力射撃を命ずる。ホテル・ブラボーの各所に設置されたM101榴弾砲からの鋼鉄雨が行き詰った機甲部隊目掛けて降り注ぐ。
「畜生! 罠だ!」
エーリヒに指揮された戦車や半装軌車の前後で炎の塊が盛り上がり、榴弾を砲塔上面に受けた車体が唸りを上げて跳ね飛ぶ。
「ならそれごと踏み潰せ!」
しかし隻眼の少佐の下で幾多の地獄を掻い潜ってきたプロトタイプ達は噴き上げられた鉄が飛び交う中にあっても戦意を失わず、ラミアーズが虎の子として今まで温存していたテクニカル(注1)をキャタピラの騒音を鳴り響かせて粉砕する。
「お前達の行くヴァルハラはないぞ」
機銃口から伸びた七・六二ミリ弾の長い帯が無反動砲を積んだピックアップトラックに命中し、直後に本命の戦車砲が放たれて目も眩む閃光で小煩い武装車両を破壊した。
「我々は死なない!」
「家に戻るだけ!」
粉塵と煙が入り混じる風で視界を奪われたラミアーズ兵は南アフリカ共和国製車両から投げ出されるなり薬物依存症のせいで右手を微震させながらもMP44自動小銃の弾倉をチェストリグから引き抜いて鹵獲品の火器に差し込もうとする。
「電源を切れるお前達が羨ましい」
足元に転がった無線機から声が響いた直後、閃光が走ってテクニカルと共にトラックで馳せ参じたテロリストが立て続けに火線に貫かれ、肉片をぶちまけて四散し周囲に臓物や手足を飛び散らせた。B‐10無反動砲やM2重機関銃を荷台上に搭載した車両も掃射を受けて次々に爆発する。
「おお、ルシファー!」
「ルシファー!」
自分達の前で双眸を輝かせて空中制止したヴォルクグラード人民学園のヴァルキリーを見たラミアーズ兵達が恐怖に震える。
「そもそも人類の戦争というものは成人男性だけのものと言って良かった」
エレナは絶叫と共に浴びせられた鉄の群れを易々と回避、マナ・フィールドを展開せず、全てのエネルギーを背部飛行ユニットからの噴射に回し音速を超える速度で駆け抜けた。
「それ以外の人々に対しては、戦場は四千年近く閉ざされていた」
目にも止まらぬスピードで光の筋が通過した直後、ホテル・ブラボーの前面に連続して血の爆発が巻き起こる。それから半秒置いて手足や頭を失った胴体が崩れ落ちた。
「実際、屈強な成人女性が戦争に参加できると考えられるようになったのさえ」
応戦するテロリスト達が振り向くより早くエレナは旋回して突進、歯を食い縛りながら敵の頭上を通り抜けて振り向き地上に頭を向けたまま真後ろに下がりつつ発砲する。
「ほんのここ二、三十年のことで」
骨が軋むがプラチナブロンドの戦乙女は奥歯を食い縛ってPPSh‐41短機関銃から弾丸を放ち、ドラムマガジン内に入っている七十一発を全て撃ち尽くしてから着地する。
「一般化しているとはとても言えない」
荒い呼吸で両肩を上下させるタスクフォース563指揮官が着地すると、全ての敵兵が一人の例外もなく見るに耐えない無残な肉塊に姿を変えられ血の霧の根源となっていた。
「そんなに根詰めると持たないわよ」
「――ッ!」
一息ついた矢先に真後ろからアフリカーンス語で鼓膜を叩かれたエレナは、左手で鉈を右の鞘から引き抜いて弾かれたかのように振り向く。
「ほら、綺麗な顔が台無し」
だが刃の先にあったのは銃口ではなく白いハンカチだった。
「味方か。すまない……ありがとう」
「ちょっと怖かったわよ」
布面で顔の煤や血を拭う少女にドラケンスバーグ学園のオブザーバーが苦笑を送る横をタスクフォース609に所属するM18ヘルキャット駆逐戦車が何台も進み、その後ろをこちらも同じ生産国のM3ハーフトラックが追従して土煙を巻き上げながら瓦礫と鉄骨が剥き出しになった地獄へと向かう。
「私も行かないと」
「あ、ちょっと」
「なんだ?」
マナ・ローブを纏い、右手に迷彩塗装を施したBAR自動小銃を持つショートカットの少女は飛び立とうとして制止されたエレナの左手を指差す。
「あー……」
思い出したかのようにハンカチを返そうとしたエレナは酷く汚れた布を見て閉口した。
「洗って返してくれればいいわ」
南アフリカ共和国の代理勢力に身を置くヴァルキリーはミス・マガフと全く同じ訛りを言葉に滲ませて口元を緩める。
「そうだ、自己紹介がまだだったわね。私はレア。レア・アンシェル中尉よ。少なくとも、アンタの敵じゃないわ」
注1 民生用ピックアップトラック等に武装を施した戦闘車両。