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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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第三章8

 機械油の臭いがこびり付いたヘリの機内でエーリヒは袖を動かし腕時計を見る。ノエル達がヴォルクグラードの校舎内に突入してから既に二時間が経過していた。

「僕だ」

 無線機を取り、エーリヒはヴォルクグラード人民学園内のNOCに連絡を取る。

「エレナ達は一箇所に纏まっています」

 NOCこと非公式情報員はエーリヒが求めている情報を即座に伝えた。

「もう一度聞く。狼共はどこにいる?」

「生徒会室に集まっています」

「いつからそこに集まっている?」

「五分前です」

「わかった。十分後に突入する」

「了解」

「始まったら自分の身は自分で守れ。幸運を」

 無線機のスイッチを切ったエーリヒが視線を向ける窓外の遙か先――ヴォルクグラード人民学園の本校校舎内にある狭い生徒会室では立て籠もったマリア派最後の残存部隊が勝ち目のない絶望的な戦いを続けていた。

「殺されに来い! ゲルマンスキー!」

 マナ・ローブを纏ったエレナは作動不良を起こしたTKB‐408自動小銃を投げ捨て、自暴自棄といった様子でチャイナレイクというポンプアクション式の米国製グレネードランチャーのフォアエンドを引いてマガジンチューブ内のグレネードを装填した。

 ガスの抜けるような音と共に窓外に向けられた銃口から擲弾が飛び出す。放物線を描いた擲弾は校舎へ突撃してくる敵兵の頭上に降り注ぎ多くの死をもたらした。

「どんどん来い!」

 血の気の悪いエレナの額を血と脂臭い汗の混合液が滑り落ちていく。

「皆殺しにしてやる! 挽き肉に変えてやる!」

 チャイナレイクの重いフォアエンドが引かれ、排出された大型の空薬莢が鈍い音を立てて足の踏み場もない程に死体が横たわる床に転がり落ちる。

 エレナの位置に気付いた第三十二大隊とロイヤリスト兵は下から集中砲火を浴びせた。

 撃たれて顔の左半分を吹き飛ばされたヴァルキリーの手からバズーカが放り出される。

「それをよこせ!」

 エレナが床に転がったそれを持ち上げると、生暖かい血がべっとりと付着していた。

「クソ! ゲルマンスキーめ! 殺してやる! 殺してやるぞ!」

 エレナは砲身の血で頬を赤く濡らしながら汗でぬるつく指先で引き金を引いた。白煙を残して撃ち出されたロケット弾が瓦礫に命中して炸裂し兵士達を吹き飛ばす。機関銃の銃身が真っ二つになり、千切れた給弾ベルトから弾丸が飛び散るのが見えた。

「弾切れだ!」

 破片を浴びた鼻を赤紫に腫らし、唇の上に凝固した鼻血をこびり付かせたヴァルキリーがもう何も残っていない腰のポーチを弄りながら叫ぶ。

「最後だ! 大事に使え!」

 エレナが自分用のマガジンを仲間に投げて外を見たとき、ソ連製ながらシュネーヴァルト学園軍仕様のサンドイエローに再塗装されたロイヤリストのSU‐76自走砲――自走砲とは読んで字の如く、砲を自走できる車体に射撃可能な状態で搭載したもの――が七十六・二ミリ野砲の仰角を上げ、その砲口をこちらに向けているのが見えた。

「伏せ……」

 砲撃と共に壁が吹き飛び、顔面にガラスの破片を浴びた兵士が絶叫してのた打ち回る。

 エレナの手元に生温かい感覚が走った。呻きながら硝煙まみれの顔を上げると仲間の裂けた腹から飛び出した腸が床に広がっている光景が目に入る。

「立て! 次の砲撃で全員殺られるぞ!」

 エレナはチャイナレイクのレシーバーを力強く前後に動かす。

「全力で叩き込め!」

「了解!」

 エレナのチャイナレイクと満身創痍のヴァルキリーのバズーカが同時に放たれ、SU‐76自走砲は連続して起きた爆発に巻き込まれた。T‐34/85中戦車と異なりこの自走砲には上面を覆う装甲がない。加えて装甲そのものも薄いため、二人の攻撃によって起きた爆発と飛散した破片は瞬く間に車体と乗員を滅茶苦茶にして破壊、死亡させた。

「同志中尉!」

「なんだ!」

「ドアです。ドアの向こうに敵がいます」

 顔の右半分を血まみれの包帯で覆い、失血のせいで死人のように青白くなったヴァルキリーが弱々しくドアを指差す。

 木製の扉の向こう側からショットガンの銃声が聞こえ、ヒンジから火花が散った。

「ゲルマンスキーが突入してくるぞ! 全員武器を持て! 持てない奴は殺す!」

 エレナはまだ戦えるマリア派兵士全員に死体から引き剥がした武器を渡す。そしてドアにその銃口を向けさせ、宣言通り武器を持てない者や持とうとしなかった者を惨殺した。

 生徒会室の中には異臭が漂っていた。屍から流れている糞尿が原因だった。エレナが息をするたび糞尿の臭いが鼻腔に忍び込んで彼女はむせ返りそうになった。

「死を覚悟しない軍人に存在価値などない! だから私はヴォルクグラード以外の全てのプロトタイプに存在価値がないと断言する!」

 またしてもマリアの演説が校内放送のスピーカーから流れ始めてきた。

「だが私は、私に付き従うヴォルクグラードの兵士達だけはイデオロギーに溢れる優秀なプロトタイプだと信じている! 君達の中には猛々しい狼の血が流れているのだ!」

 生徒会室の中にいるマリア派兵士達はもう醒め切っていた。毅然とした表情で演説の一字一句を脳に刻み込むエレナ以外のほぼ全員がうんざりした様子で演説を聞き流し、ある者は必死で自分の両耳を削ぎ落とした。自分達がマリアのために地獄のような戦いをしているというのに、当の本人は一体どこへ行ったのだ!?

「君達が誇り高き狼であるのなら、銃を手に平和と幸福を脅かそうとする『戦争の犬』や『薄汚い裏切り者』に殺される道理などない!」

 今や世界一危険なドアと化した生徒会室の扉の反対側にある壁。その向こう側に背中をあてて息を潜めるノエルとソノカもまたマリアの演説を耳にしていた。

「面白くない演説です。ペンキが乾くのを見ていた方がマシですよ」

 ソノカは心底つまらなそうに呟きながら咥え煙草の紫煙を肺へと入れて吐き出す。

「だよねー」

 横目で未成年の喫煙を視界に入れるノエルはそれを一切咎めたり注意せず腰の大きなポーチから薄い箱のようなものを取り出した。

「エクスプロージョン・エントリーは初めてです」

「私もだよん」

 チェストリグに覆われた胸を躍らせるノエルは少し興奮気味に答えながら、厚紙に特殊な爆薬を束ねてテープで止めた爆薬ボード――宅配ピザの箱を改造したもの――を壁に貼り付ける。さきほどソノカが話したエクスプロージョン・エントリーとは爆薬を利用して壁やドアに穴を開け、相手の予想もしない場所から突入する方法だ。丁度、今のように。

「しかしテウルギスト……私が言うのも何ですが、エレナは本当にいるのですか?」

 ノエルは答えずに鼻を鳴らす。ドクダミじみた尿の臭いが鼻腔を刺激した。

「いるね。舐めるまでもなくおしっこの臭いでわかる」

 ノエルは確信した。マリア派の兵士達が飲まず食わずで排泄物を垂れ流して戦っているのは火を見るよりも明らかだった。そして何より、尿をドクダミ臭くする薬物モダフィニルを毎日飲むヴァルキリーはアルカ広しと言えどエレナしかいない。

「……ッ!」

 ノエルがビニールテープで覆われていないMKb42自動小銃のセレクターレバーを動かしたとき、そのカチリという金属音がエレナの鼓膜を刺激した。

「後ろだ!」

 扉を前にしたエレナが爆風を感じたかと思うと、背後から腹に響く音がした。

「ばくは――」

 次の瞬間、エレナの世界の全てがスローモーションになり、砕け散った壁や吹き飛んだマリア派兵士が突如として無重力空間に放り込まれたかのようにゆっくりと宙を舞った。

 エレナと同じくスローモーションの世界に足を踏み入れたノエルはナイフを手に突っ込んできた兵士の手足に狙いを定め高速のセミオート射撃を浴びせる。相次いで兵士の体に侵入した銃弾がその体内で人生のフィナーレを飾り筋肉や骨を砕き尽くす。

 次にノエルはバラバラになった手足が宙を舞う中でホルスターからTT‐33拳銃を抜いた兵士の右腕を付け根から吹き飛ばす。華やかな血の花が腕の断面に咲き誇る。

 最後に横を向いて別の敵を狙うソノカにPPSh‐41短機関銃を向けた兵士の手首を銃弾で引き千切り、続いて右足を付け根からこれも銃弾で切断させた。

「四肢切断の狂わしい充実!」

 千切れた腕を踏み潰してノエルは歓喜の声を上げた。彼女は人の手足を生きたまま切断するのが大好きだ。それも刃物ではなく、銃で四肢を切断するのが好きだ。刃物では簡単すぎて切断し甲斐がない。ある程度手間がかかり、少なくないストレスも溜まるからこそ、最終的に得られる快感も大きいのだ。

「みーッつけた!」

 お目当てのエレナを見つけた瞬間にノエルは獲物を見つけた蛇宜しく目を細めた。

「エレナ! 私は君が大好きだよ!」

 ノエルはつい数秒前まで人間の形をしていた肉塊の中に尻餅をついたプラチナブロンドの髪の少女に銃口を向ける。

「だから手足を引き千切って、今よりもっと綺麗な姿にしてあげよう!」

 ノエルは歯を食い縛って床に転がったスモークグレネードに手を伸ばすエレナの右足に狙いを定めたが、トリガーを引いて鳴ったのは銃声ではなく軽快な金属音だけだった。

「あ」

 エーリヒが給弾不良対策でMKb42自動小銃の三十発入るマガジンに二十九発しか入れていなかったことを使い手のノエルはすっかり忘れていた。

 ノエルがチェストリグに入った新しいマガジンのパラシュートコードに指を引っ掛けて抜き出し、古いマガジンを捨てるまでの間にエレナはスモークグレネードで生徒会室全体を白煙で包み込んでしまった。

「テウルギストォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 両手に虎の子であるマチェットを携え、軍用ブーツで瓦礫を蹴り上げて跳躍したエレナの関節から火花が散り音を立てて両目が光る。

 煙の中から飛び出したエレナはノエルのMKb42自動小銃を押さえ込んだまま、砲撃で壁にできた大穴から一緒になって校舎の外へと落下していく。

「はいさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃッ!」

 地面に土柱が昇ると同時にその中から赤い粒子を引いてノエルが飛び出した。

「離れて下さい! テウルギスト!」

 一拍遅れて穴から現れたソノカは声を荒げてパンツァーファウストを地面に撃ち込む。だが巻き起こった爆煙の中から手が伸び彼女の両足を掴んだ。

「クソッ!」

 青い粒子が周囲に吹き荒れ、ソノカは真下に向けて自動小銃を乱射し上昇した。

「逃げるんだ。エレナは君が勝てる相手じゃない」

 無視して反撃しようとするソノカにノエルは「このままだとまた彼女に両足を潰されるかもしれないよ?」と滞空しながらまるで他人事のように言い放つ。

「くっ……」

 そこまで知っているのか――首を横に振り、苦い表情でソノカは離脱していく。

 ソノカを追おうとするエレナだが、ノエルはその前に立ちはだかって彼女を投げ飛ばす。地上に激突した二つの強大なマナ・エネルギーで周囲の戦車や歩兵が吹き飛ばされた。

「よくも同志大佐の王国を!」

 前に一歩踏み出したエレナはノエルの顔面を強烈に殴打するが、同時に繰り出されたノエルの左フックが相打ちの形で彼女の顔面を打ち抜く。

 エレナの目の前で色鮮やかな眩しい光が爆発した。そして真っ暗になった。頭の奥に破裂音が聞こえ、左耳から生暖かい血が流れていく。

 激しく脳を揺さぶられたエレナの足下が覚束なくなり、ノエルはここぞとばかりに前に出てパンチと膝蹴りを叩き込むも、苦し紛れにエレナの放った右フックが形の良い彼女の顎を捉える。エレナの拳で圧迫されたノエルの頬肉が奥歯を圧し折った。

 後方に倒れ込んで尻餅をつくノエルだったが、彼女は金髪を揺らしながらすぐに立ち上がって右手で「来い来い」とエレナを挑発し血と歯の欠片を地面に吐き出す。

 エレナのストレートナックルが二連続でヒット、ノエルの頬に激痛――景色が揺れた。

「同志大佐の楽園を!」

 鞭のようなエレナのローキックが筋肉質だがそれでいて適度に肉の付いたノエルの臀部を思い切り蹴り飛ばし、間髪入れずに入ったアッパーが脳味噌を揺らす。

「同志大佐の居場所を!」

 視界にノイズを走らせたノエルの頭蓋骨が軋み、両腕が万歳したように跳ね上がった。

 上半身の勢いを全部乗せたエレナの右のボディブローが腹部に突き刺さり、ノエルは息が詰まり呼吸困難に陥った。ノエルは体をくの字に折り曲げ横向きに倒れると、空気を貪るように口を開ける。だが顔は笑っていた。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」

 エレナは眼球を飛び出さんばかりに目尻を裂き、車に轢かれた野良猫のような凄まじい声で叫びながら滅多やたらにノエルの腹部にストンピングの雨霰を降らせた。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」

 強烈な鉄槌を連打されてなお笑い続けるノエルの口から勢い良く白泡が飛び散る。

 エレナが今度は顔面や頭部を踏み付けてやろうと一歩前に出たとき、今度はノエルが倒れたまま左手でピンを抜いたスモークグレネードを地面に転がした。

「猪口才な真似を!」

 瞬く間に二人の周囲は白煙に包まれる。

「くそ! どこだ!?」

 エレナは煙の中にノエルの姿を探すが見つからない。嗅覚を頼りにノエルが使っているであろう石鹸やボディソープの匂いを嗅ぎ分けようとするが、駄目だった。

「ざんねん!」

 血と汗、涎と鼻水にまみれた顔面を腫れ上がらせたノエルが煙の中から飛び出してくる。

 直後、思い切り後頭部を殴られたエレナの喉にノエルがMKb42自動小銃から外したパラシュートコードが巻き付けられる。瞬く間にエレナの眼球は真っ赤に充血し、ピンポン玉のように眼窩から迫り出した。

「二週間お風呂に入ってないんだよね!」

「なっ……」

 パラシュートコードで首を絞められたエレナの口が空気を貪ろうと苦しげに開き、彼女は喉を掻き毟りながら身悶えた。こめかみには青筋が浮き立っている。

「戦場の臭いに紛れていたのか……」

 ノエルを背負い投げで強引に引き剥がすとエレナはそう言う。ご明察だにゃーんと笑うノエルは脳に直接染み込んで来るような吐き気を催す体臭を纏っていた。生活用品の香りなどするわけがない。戦場そのもののぞっとするような悪臭を漂わせている。

 エレナは痛む体を何とかして動かそうとする。鼻を刺す火薬の匂い。口は鉄と泥の味がして血の塊で鼻が詰まっていた。

 ノエルがタックルでまだ咳き込んでいるエレナを押し倒し馬乗りになる。

「マリアと同じように君も堕ちた!」

「元が堕落しているお前が言えたことか!」

 エレナは下から人差し指をノエルの鼻の穴に、親指を口に入れて応戦した。手を振り払ったノエルのパンチが鼻っ柱を捉え鼻の奥に激痛が走る。

「――ッ」

 目の前に火花が散りエレナの一瞬視界が青黒く染まった。鼻腔から溢れ出た鮮血がオープンフィンガーグローブに包まれたノエルの手の甲を赤く濡らす。

「駄目か……」

 両足を使い、体をエビのように反らしてなんとかマウントポジションを跳ね除けたエレナは立ち上がるなり膝から崩れ落ちて猛烈な勢いで嘔吐し始める。過酷な状況で戦い続け、知らず知らずのうちに彼女は自分の全てを出し切ってしまっていたのだ。

「殺すなら殺せ……」

 倒れ込み、ズタズタに裂けた唇から血を滴らせるエレナは掠れるような声で吐露する。

「殺してくれ……もう同志大佐はいない……私の生きている意味も……」

「君を殺すなんてとんでもない! 君がいなくなったら私はどうすればいいんだい?」

 ノエルはエレナに歩み寄り、手を差し出す。

「君はもう一人の私だ。殺すことなんてできないよ」

「お前は友達じゃない」

「ええっ!」

 ノエルは心底ショックな様子で胸に手を当てる。

「私はマリアの鎖に囚われている君を心から心配しているのに!」

 ノエルは続ける。

「君からは絶望に満ち溢れたどす黒い情念を感じるんだ。マリアとの『他者との絆』が鎖となって君を苦しめている」

 エレナは歯軋りする。図星だったからだ。

 もう戦いたくはない。だが、ここで戦わないとマリアは許さないに違いない。もうマリアはいない――正確には、エレナ達を捨てて我先に逃げ出したのに。

「だけど、できるはずだ。自分を縛っていた鎖を新しい『他者との絆』によって解き放ち、愛する人と共に生きていこうとすることが」

 ノエルは両手を広げる。

「そして自分の本来の姿を取り戻していく。君にはできるはずなんだ」

「何故だテウルギスト。何故私にそうも手を差し伸べる?」

「何度だって私は言うよ。君が哀れで惨めなテウルギスト――私の成り損ないだからさ」

 屈辱感でエレナの口元がきつく締まり、口端から血が滴る。

「だからエレナ、君には知っておいてもらいたいんだ。この世界には何の意味もないってことを。私が人の手足を生きたまま切断することにも、マリアのせいで大勢のプロトタイプが死ぬことにも、サカタグラードが灰に変わることにも、意味なんてないんだ」

 鮮やかな血の色をした真紅の双眸でエレナを見下ろしながらノエルは続けた。

「世界は面白いところだ。でもね、それは色々なことが起きるから面白いんじゃない。この世界そのものが面白くできているんだ。だから必死になって権力を追い求めたとしても、自分を犠牲にして他者に尽くしたとしても、人の良心を妄信して行動しても、何の意味もない偶然によってそれらは無意味なものに変わる。マリア、エレナ、ヴィールカ、そして多くのヴァルキリーやプロトタイプが私に破滅させられたようにね」

 ノエルの顔がこの世の悪意を全て箱に入れたような邪悪な笑み一色に変わる。

「この世界の全てには何の意味も目的もない。私が強い理由はテウルギストだからじゃない。君達と違って、単に何の意味もない世界を受容して楽しんでいるだけのことだよ」

 横目でノエルはエレナの懐、チェストリグの奇妙な膨らみに視線を送る。

「それで私を吹き飛ばしたらどうだい? ただしそれにも意味はないけどね。だけど君にとっては多分意味のあることなんだろう。だけど忘れちゃいけない……」

 ノエルは無防備に両手を垂らす。

「君が私を巻き込んで自爆したら、その瞬間に私の勝利が確定する」

「笑わせるな……!」

 エレナにとっては何と言われようが、例え目の前で笑う諸悪の根源に望む未来を与えることになろうが、何も関係なかった。こいつを殺してやりたい――強烈にして抗いがたい衝動が彼女の中で猛り狂い、精神が肉体を凌駕してエネルギーを授けた。

 エレナは最後の力を振り絞って立ち上がりノエルにしがみ付く。

「自分の慢心が命を奪う、その皮肉を味わえ!」

 エレナはチェストリグを破り、かつてオルガ・グラズノフが作ったものと同じ指向性爆薬の入ったアイスクリーム容器を露にした。

「сука!」

 そして爆弾から伸びる導爆線に繋がったスイッチを何度も押す。

 すぐに爆発が起き、二人の姿は爆煙の中へと消えた。

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