第二章4
ビクトリアの攻撃によってラミアーズ攻撃部隊が壊滅、第三十二大隊も大損害を被った前線基地の上空で二人のヴァルキリーの戦いが続く。
「こんな所で私は朽ちていられんのだ!」
光源を追うエレナは先行する青い輝き目掛けてPPSh‐41短機関銃を連射するが、コルダイト火薬の悪臭で満たされた大気を切り裂く七・六二ミリ弾は尽く回避された。
「こんな所で!」
いつの間にか手にしていたステン短機関銃でビクトリアが反撃せんと振り向いた瞬間を狙ってソ連製ヴァルキリーは重いトリガーを引くも敵は背部飛行ユニットからの爆発的な噴射によって縦方向の回避機動を取り射線上から逃れる。
「アルカ自体がこんな所でしょ!」
ビクトリアは飛散する光中で加速度による肉体への負担を強いられながらも意思の力でそれを捻じ伏せ、叫びと共にプラチナブロンドのヴァルキリーに突進した。
「自分だけが特別だと思ってさァ!」
口内を鉄の味で埋め尽くす大英帝国の年若き尖兵は暴力的な急機動で内臓が損傷しても構わず前に出る。閃光と共に撃ち出された弾丸がエレナのマナ・フィールドを激打した。
「マジでカチンと来るのよ!」
押し寄せてきた十数発に及ぶ九ミリパラぺラム弾は青い障壁を貫通こそしなかったが、着弾時の閃光でタスクフォース563指揮官の視界を奪うことには成功した。
「そーゆーの!」
火器を左手に持ち替えたビクトリアが右手で振り下ろした一閃が肉薄を許したエレナに襲い掛かる。彼女は既に一本しか残っていない鉈でそれを受け止めた。
「自分はみんなとは違いますって思いたいだけでしょ?」
「ほざけ!」
「あ、図星突かれたでしょ!」
再び鍔是り合った二人の美しい顔立ちが閃光で照らし出される。
「テウルギストと同じで口の減らない女だ……!」
エレナは力任せに鉈を動かしてビクトリアを弾き飛ばし、赤髪の戦乙女が対応する前に距離を詰めて一気に勝負を決めようとするが、彼女は刹那の動きで斬撃を跳ね返し強烈なバックスピンキックを浴びせてくる。
「心底腹立たしい!」
それでもエレナは相手の蹴りとは逆方向に回転――刃先を滑らせるようにして横薙ぎに凝固した血液が何層にも渡ってこびり付く刃を振るう。
「勝手にムカついてろ!」
欠け始めた刃と相手が脛部分にだけ限定発生させたマナ・フィールドが激突して重低の衝突音を響かせる。鮮やかな緋色の火花も接触部から散った。
「こっちはアンタの顔見てムカついてんのよ!」
ビクトリアは右の足一本だけで鉈を払い除け、背部飛行ユニットから青い輝きを放ってエネルギー流を噴射しつつの体当たりでエレナを後方へ弾き飛ばす。
「くっ……」
「いい加減に死ね!」
苦悶に呻きながらもPPSh‐41短機関銃を構えたエレナはホロサイトの赤い光点と接近してくる戦乙女のシルエットを合わせて発砲した。敵は一回目と二回目の三連射こそ回避したが、軌道を予測して放たれた三回目で激しくマナ・フィールドを殴打され血霧を残して急速に地上へと吸い込まれ始めた。
「こんな所で朽ち果てていられんのだ!」
すぐ鉈を左鞘に戻したエレナは追い打ちとばかりに右翼にパラコードで縛り付けていたパンツァーファウスト44を引き抜くと構えてビクトリア目掛けて発射した。鋭い弾頭を持つ対戦車ロケット弾は落下中の標的に向けて一直線に突き進み、少女が思い切り地面に叩き付けられるのと同時に爆発して駄目押しのダメージを与える。
「畜生! 畜生! 畜生!」
激しく吐血しつつも何とか上体を起こしたビクトリアの眼前に静かに着地したエレナはドイツ製対戦車ロケット弾の発射筒を右肩に乗せる。
「死ね」
「ひっ……」
精巧な照準機の十字中央にこれから起きるであろう逃れられない恐るべき事態を察して顔面蒼白になったビクトリアを合わせ発射レバーを押す。
「こんな所でェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!」
ビクトリアは涙と全身の傷口からの鮮血を振り撒きながらマナ・フィールドを形成し、直撃だけは防ごうとする。だが何もかも無意味だった。
「死ねぅ――」
成形炸薬弾の大爆発と同時に前に出された少女の開いた掌が青い障壁諸共木っ端微塵に吹き飛び、五指が飛び散った直後に黒い金属片がビクトリアの左眼球を抉って反対側から血塗れの湿った肉片と共に飛び出した。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
金切り声にも似た絶叫を放つビクトリアの左目から水道のバルブを全開にしたかの如く大量の血が噴き出し、今日前線基地に多くの死と破壊を撒き散らしたヴァルキリーは土に無残な有様に成り果てた顔を押し付けて絶叫する。
「惨めだな」
エレナは残弾がなくなったパンツァーファウスト44を地面に置くと左鞘から鉈を抜き、激痛に苦しむビクトリアの左太腿に刃を食い込ませた。切っ先が発達した筋肉を断裂させ、骨を滅茶苦茶に破壊、ぶちりと音を立てて切断する。
「自分だけが特別だと思ったか?」
次に先端を失った右手に鉈が振り下ろされた。周囲の土が血飛沫で著しく汚れ、衝撃で舞い上がった華奢な腕が黒ずんだ地面に転がった。
「そうだな。私もお前と同じだ。底辺にいるのが嫌で必死にもがいている」
左手も切断したエレナは鮮血の海中で身悶えする戦乙女を中心に半周してから反対側を失った右太腿を思い切り踏み付ける。
「いぎぃ!」
少女の悲鳴と共に軍用ブーツが肌を突き破り、そのまま肉を掻き分けて断裂させた。
「だがお前と私には決定的な違いがある」
タスクフォース563の指揮官は青い双眸から伸びる怨嗟の視線を両手両足を全て失い、今や芋虫同然の惨めな姿となったヴァルキリーに向けつつ彼女を乱暴に足で仰向けにする。「私は何度も地獄を見てそこから這い上がったが、お前はそうじゃない」
エレナはPPSh‐41短機関銃を構えてビクトリアの腹部に掃射を浴びせた。肋骨の砕け散る音と共に裂けた腹から薄桃色の腸と内臓が飛び出て地面に広がり湯気を立てる。
「殺して……お願い……殺し……」
「お前はあの方の弟に危害を加える行為を働いた。苦しみ抜いて死ね」
ビクトリアの懇願をプラチナブロンドのヴァルキリーは聞き入れなかった。
「お前には二つの選択肢がある。ここで死ぬか、それともここで死ぬかだ」