第二章2
「精神の電源を切った程度で私には勝てんぞ!」
戦闘開始から約一時間後……前線基地の正面で敵部隊のど真ん中に降り立ったエレナは視界に入ったラミアーズ兵に対してPPSh‐41短機関銃を構えて発砲する。
「お前達は弱い!」
銃口から閃光が迸った直後に湿った肉が地面に叩き付けられる音が彼女の鼓膜を打つ。
「弱いから狂気に逃げた負け犬だ」
右手でグリップを、左手でフォアグリップを握る少女が放った七・六二ミリ弾は銃剣を煌めかせて突進する敵兵の両足を吹き飛ばし、膝下を失った体が地面に滑り込んだ直後に今度は第二射がM1バズーカを構えようとしたラミアーズ兵の左腕を肉塊に変える。
「負け犬は遠吠えでもしていろ!」
二時方向に立っていた敵の厚い胸板に大穴を開けて殺害した旧タスクフォース501の最強戦力は得物を投げ捨てて両腰の鞘から鉈を抜き、地面を蹴って左右に跳躍することで浴びせられる銃弾を尽く回避しつつ瞬く間にラミアーズ兵との距離を詰める。
「死ね!」
まず右上から左下に振り下ろした右手の一閃でMP40短機関銃を乱射する敵を両断、
「死ね!」
続いて左下から右上へ走る鮮やかな斬撃でPTRD1941対戦車ライフルを腰溜めで発砲しようとしていた黄色いレインコート姿のプロトタイプの首を刎ね、
「死ね!」
血の尾を引いて生きたまま切断された頭部が落着する前に右手に握った鉈を突き出して援護に駆け付けたヴァルキリーの胸をチェストリグごと貫く。
「死ね!」
首が地面に落ちてバウンドするのと同時にエレナは串刺し死体を投げ捨てつつ右一回転、
「死ね!」
続いて彼女は斜め後方にいたラミアーズ兵に急接近してMP44短機関銃を持った敵を鋼板プレス加工が施された工業製品ごと縦に真っ二つにする。
「底辺に甘んじるのは勝手だ」
次に悲鳴を上げて手持ちの自動火器を猛乱射しつつ後ずさりするラミアーズ兵の懐中に潜り込んで右の刃を振るい、瞬く間に両手首を切断――そのまま左回転して向き直るなり左の刃によって上半身と下半身を完全に分かつ。
「だが底辺に甘んじるのなら嘲笑や罵声は甘んじて受けろ!」
エレナは次に随伴歩兵を全て失ったT‐34/85中戦車を始末するべく体をそちらに向けたが、超低空を飛行していた正体不明のミサイルが突然自分の意思を持ったかの如く急上昇し前線基地の空中で炸裂――無数の子弾を陣地に降り注がせたのはその時だった。
「何……ッ?」
ラミアーズ砲兵部隊の攻撃とは全く比較にならない地軸を揺るがす程の大衝撃と同時に鉄の雨が土砂と爆煙を前線基地の全体に湧き上がらせ、咄嗟にその場に膝を着いて球状のマナ・フィールドを展開したエレナの周囲が煉獄へと変わる。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
青い障壁越しにソ連製中戦車の砲塔が爆発炎で持ち上げられて宙を舞う有様を目にしたエレナの耳に騒々しい笑い声が入り込む。
「どこからだ……?」
恐らくはこの基地をミサイルで攻撃している存在の声だと彼女は瞬時に判断して周囲を見回したが、空から絶え間なく降り注ぐ子弾によって大地が煮え繰り返り、轟音と震動が真っ黒な土砂を大気に撒き散らしている状態で視覚は頼りにならなかった。
「空爆じゃ――ない」
更に数十発のミサイルが白い煙を残して飛来、逃げ惑うソ連製戦闘車両に吸い込まれて爆煙に包み込んだ。ラミアーズのT‐34/85中戦車は次々に炎上して火達磨になった乗員をハッチから吐き出して動きを止める。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
最後に生き残った第百八十三ウラル戦車工場製戦闘車両の砲塔上面に子弾が命中すると火炎が弾け飛び、熱い帯を鋳造の車体全体に広げて難なく撃破に追い込む。
「伏せろ!」
「畜生! 見境なしかよ!」
戦車隊が全滅すると次はタスクフォース563及び第32大隊の兵士がラミアーズ兵と血みどろの白兵戦を演じている前線基地の陣地にまでミサイル攻撃の手が及んだ。相次ぐ着弾と共に火柱が空を焼き、リザードパターンの迷彩服を着た一応は体制側の兵と黄色いレインコートに身を包む反体制側のテロリストが揃って鉄の嵐に巻き込まれて砕け散る。
「次のレベルだ! 次のレベルに行けるぞ!」
炎に巻き込まれたラミアーズ兵は火達磨になって金切り声にも似た叫び声を放ちながら覚束ない足取りで数歩進んでから崩れ落ち、熱い土の上でゆっくり焼かれてから息絶える。
「脱出しろ!」
タスクフォース563の隊員達が間一髪塹壕内に身を投じたすぐ近くで第三十二大隊の三号突撃砲G型が子弾の直撃を受け、乗っていた全員が瞬く間に灼熱地獄と化した車内で生きたまま蒸し焼きにされた。彼らは何度も何度も焼け爛れた手で内壁を叩き外に助けを求めたが、ドイツ製対戦車車両の周囲には既に死体しか転がっていなかった。
「ヒエラルキー最下層のプロトタイプに相応しい惨めな最期ね」
残酷極まるその惨たらしい様子を青いマナ・エネルギーの粒子を背部飛行ユニットから放出しながら滞空しつつ眺めていたビクトリア・ブラックバーンは愉悦に口元を歪める。
「超ウケる」
この地獄絵図を作り出したPSOB‐SAS隊員の胸中は実に晴れ晴れとしていた。
「は?」
だから急上昇してきた殺し損ないのエレナ・ヴィレンスカヤに回し蹴りを食らった時、空中で大きく背中を仰け反らせた彼女の怒りは瞬時に最高潮へと達した。
「人が良い気分でドヤ顔してる時にさぁ、水差すんじゃないわよ!」
激昂しつつ体勢を立て直したビクトリアは唾を撒き散らして眼前の戦乙女を罵倒する。
「下品な女だ」
エレナはビクトリアの両腰レイル上に取り付けられた小型三連装ランチャーから左右で合計六発放たれたミサイルの軌道を右手に展開したマナ・フィールドで逸らす。誘導弾は虚しく白煙だけを残してあらぬ方向へと飛び去った。
「貴様が何を思おうが勝手だ」
恨み節と共に両肩レイル上の大型四連装ランチャーから撃ち出された先程より三倍近く大きいミサイル二発をエレナはS字の軌道で易々と回避する。
「だがあの方の弟に危害を加えるのは万死に値する!」
瞬時に距離を詰めたエレナは左手で右腰の、右手で左腰の鞘から今日既に幾多の生命を奪っている鉈を抜いてパブリック・スクール・オブ・ブリタニカの戦乙女に襲い掛かる。
「万死ィ?」
鉄槌の如き重い縦の一撃をビクトリアは銃剣が取り付けられた二丁の拳銃を交錯させて受け止めた。期せずして鍔迫り合いの格好になり、両者の刃間から火花が散っていく。
「難しい言葉使わないでよね! ビクティ、そんなに頭良くないから!」
「頭が悪いの間違いだろう!」
エレナは空いている手の鉈を振るってビクトリアを後退させ、大きく仰け反った相手に急接近して一気に勝負を決めようとした。
「キモオタみたいな言い方するなっつーの!」
だが口元を緩めて犬歯を覗かせたヴァルキリーは背部飛行ユニットから凄まじい勢いでマナ・エネルギーの粒子を放出して急上昇、ある程度の高度を取るなり下方からこちらを見上げるエレナ目掛けて肩部大型四連装ランチャーから全てのミサイルを放出した。
「キモいから!」
濛々たる白煙を巻き上げて撃ち出されたミサイルの群れはソ連製ヴァルキリーの周囲で近接信管を作動させて爆発、反射的に彼女が展開したマナ・フィールドを破片で猛打する。
「これは布石か……」
「ご名答ーゥ!」
予想通り、直上から攻撃されたエレナが真っ直ぐ後退すると待っていましたとばかりにビクトリアは両腰の小型三連装ランチャーからミサイルを放つ。
「死んじゃえ♪」
背部飛行ユニットの巧みなノズル操作で無理矢理横軌道から縦軌道に移行し急上昇するエレナの鼻先を二条の煙が掠めて爪先の数十メートル先で爆発する。
「ああん?」
爆発に押し上げられるような形になったエレナを見た赤いツインテールの少女は両手の銃剣付き拳銃を投げ捨て、更には両肩と両腰のランチャーまでも切り離してナイフ一本で仕留めてやろうと意気込み青い光跡を残して急降下した。
「粘着質な奴って嫌い嫌い!」
ビクトリアは露払いとばかりに投擲された鉈を一閃で容易く弾き飛ばして敵との距離を猛烈な勢いで詰めていく。
「往生際は悪い方でな」
「言ってろ!」
お互い同高度になった両者の刃が再度激突して激しい火花が飛び散り、双方が展開したマナ・フィールドがエネルギーの潮流を周囲に撒き散らす。
「アンタ如きにこのビクトリア様が手古摺ってられるかっつーの!」
激しく点滅する青白い光に照らされながら雀斑顔の少女は叫ぶ。
「私はもっともっと上に行くわ!」
「上って何だ!」
「ヒエラルキーよ。私はもっともっと多くの人に褒めてもらいたい。もっともっと多くの人にチヤホヤされたい」
「不純……極まる!」
エレナは渾身の力を込めて右手に持った鉈を大きく外側に振ってビクトリアのナイフを振り払い、一旦距離を取ってから刃の切っ先を相手に向け、その峰に左手を沿えた体勢でマナ・エネルギーの最大噴射によって突進する。
「貴様如きに手古摺っていられるか!」
刺突はマナ・フィールドに防がれたもののエレナは衝撃で両手を大きく広げてしまった相手の鳩尾に右アッパーを叩き込み、続いて頭を上げた彼女に左ハイキックを叩き込んだ。
「そんなことで、あの方の弟を守れるものか!」