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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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第三章7

 ノエル・フォルテンマイヤーはソノカ・リントベルクを従えて一路ヴォルクグラード人民学園の校舎を目指していた。空を往く二人の眼下では山積みになった古タイヤが焼かれ、空に悪臭を放つ黒煙をゆらゆらと立ち昇らせている。

「ゴムの焼ける臭いは好きです」

「奇遇だね。私もだよ」

 ソノカの言葉にノエルは笑顔で応じ、目的地へと近付いていく。市街地の九割が第三十二大隊とロイヤリストに制圧されてなおマリア派が抵抗を続けるヴォルクグラード人民学園の校舎は立ち昇る黒煙で空からでもすぐに確認できた。距離を縮めていくにつれ、大小様々の穴だらけになった校舎の窓という窓から銃のマズルフラッシュが煌き、M1バズーカから撃ち出された六十ミリロケット弾の白煙が幾筋も伸びているのが見えた。

「まるでワルプルギスの夜だな」

 目の前から迫ってくるロケット弾を易々と回避しつつソノカは呟く。

「もっとも、ここではマスケット銃よりロケットランチャーを使う魔女が重宝されるが」

 すれ違う六十ミリロケット弾が近接信管付きの散弾弾頭でないことを内心で祈りつつ、ソノカは頭に巻いたバンダナを風に靡かせて空を往く。

「ソノカ、気配を消して即応体勢に移行」

「了解」

 ソノカはノエルのものと同じように迷彩塗装が施されたMKb42自動小銃の安全装置を外しながら校舎の屋上に降り立った。足下の焼け焦げたコンクリートの固さに一抹の安堵感を覚えつつ、二人は揃って屋上の柵にロープを掛ける。ラベリング降下の準備だ。

「テウルギスト、一つ質問があります」

「なになに?」

「世界の中でどうしてここだけいつもクソなんでしょうね」

「それは簡単なことだよ、ソノカ」

 ノエルは破顔一笑する。

「私達がいるからだよ!」

「なるほど!」

 ソノカは心底納得した様子で笑う。

「確かにそうですね! 私達はクソみたいな連中だ!」

「そういうこと。さて、茶番劇の舞台だからこそ全力で踊ろうじゃないか」

 二人は同じタイミングで足場を蹴り、ロープ一本に身を任せて重力に従った。共に勢い良く壁を蹴り、振り子のようにして一気にガラスを突き破り校舎の中へと突入する。

「オスカー・マイク!」

 ON MOVE――前進の頭文字でオスカー・マイク――両足で窓のすぐ前にいたマリア派兵士を蹴り飛ばしたソノカは勢い良く後方に吹っ飛び、後頭部を強打して壁に赤黒い血の花を咲かせたそいつの頭にMKb42自動小銃の連射を浴びせる。ダメ押しとして撃ち込まれた銃弾によって頭が勢い良く破裂し、天井までも汚す。

 別のマリア派兵士がホルスターから抜いたTT‐33拳銃の銃口を上げる前にソノカは肉薄して右フックを浴びせ、衝撃と激痛で後ろを向いた相手が背負っていたPPSh‐41短機関銃を掴んで発砲、窓ガラスを割り、尻を蹴り飛ばして外へと叩き出した。絶叫のあと重い破裂音が窓外から聞こえてくる。

 次に部屋の入り口から頭に血の滲んだ包帯を巻いたマリア派兵士が悪鬼のように叫んで入ってきた。片手で扱われるTKB‐408自動小銃の銃口は反動で上下左右に激しく揺れ、穴だらけの天井や赤黒く染まった壁、肉片の散らばるリノリウムの床に穴を穿つ。

「お任せ!」

 ノエルはMKb42自動小銃に取り付けられたアイアンサイトの狙いを敵兵の右腕に合わせてトリガーを引く。間接部分に銃弾が命中、薄い皮膚と衣服だけで繋がった前腕部が自動小銃の重さに耐え切れなくなり、ぶちりと音を立てて九十度下を向く。人差し指が引き金を引いたままの右腕が暴れ回って持ち主の体を撃ち抜いた。

 兵士の口から鮮血が迸るとノエルは歯を見せて笑い、四肢にセミオートで銃弾を何発も叩き込んでいく。最初に右足、次に左足、最後に左手を引き千切った。初弾以外は右上にぶれてしまうフルオート射撃はノエルの好みではない。

「わざわざ手足を切断するなんて弾の無駄では?」

 心底楽しそうな様子で達磨になった死体を踏み潰すノエルに対し「別に悪いとは言わないけど何が楽しいんですかね」とでも言いたげな表情でソノカが問う。

「少なくとも私にとって四肢切断のない人生なんて人生じゃないよ」

「本当に面白い人ですね。貴方は……」

「にしし」

 続いて左の入り口から新たな敵兵が現れたが、二人は弾かれたように兵士が現れた方向に銃口を向け、ノエルはセミオートで手足を、ソノカはフルオートで頭部を狙った。右手と頭を綺麗に吹き飛ばされた兵士が死体になって床に転がる。

「リロードするにゃーん!」

 ノエルはマガジンキャッチを押して空の弾倉を落とすと右手で銃を構えたままチェストリグのポーチ部へ左手を伸ばす。すぐ引き抜けるようチェストリグに収まっているマガジンの露出部にはダクトテープとパラシュートコードでちょっとした細工が施してあった。

「はいさーい!」

 輪っか状になったパラシュートコードにノエルの指がひっかけられ、勢い良くマガジンが抜かれる。新しいマガジンが銃に差し込まれ、ノエルは小気味の良い金属音を鳴らしてコッキングレバーを引き、最初の弾薬を薬室へと送り込んだ。

 倒れた兵士の影から鉄パイプじみた筒が顔を出す。相も変わらずM1バズーカだ。発射煙と閃光と共に黒い筒先から六十ミリロケット弾が撃ち出されるが、

「よっと」

 ノエルは迫り来るそれを上半身の僅かな仰け反りだけで回避した。

「ほっと」

 白煙を残して外へと飛び出したロケット弾を背に、ノエルはスリング代わりのパラシュートコードが取り付けられたMKb42自動小銃を背中側へと送り両腰のホルスターに手を伸ばした。彼女はそこに収納されていたフルオート式の自動拳銃、モーゼル・シュネルフォイヤーを引き抜いて構えトリガーを引き絞る。ドイツ語で速射を意味する単語を名に冠した火器の連射速度は尋常ではなく、たった今M1バズーカを放ったマリア派兵士は一秒足らずで全身に七・六三ミリ弾を叩き込まれて絶命した。

「室内を制圧」

 ソノカは両足を吹き飛ばされて這いずる兵士の背中を踏み付け、

「ルーム・クリア」

 一連射を頭部に浴びせた。

「やっぱりこっちの方がいいね」

 一方のノエルはマガジンをジャングルスタイル――銃のマガジンを青い磁気テープで複数連結し、弾切れ時の交換にかかる時間を短縮する簡単な改造――のものに差し替えた。

 マガジンを新しいものに交換した二人は銃口を左右に動かし、油断なく周囲に視線を配りながら部屋を出る。少し進むと通路が防火シャッターで防がれている光景が目に入った。火災は起きていない。恐らくは校舎内に侵入した第三十二大隊なりロイヤリストの移動を阻止するために使われたのだろう。その証拠なのか、シャッターの周囲にはロイヤリスト兵が数名、物言わぬ死体となって転がっている。

「これでは通れない。ソノカ、迂回しようか」

「了解です、テウルギスト」

 二人が金属の壁に背を向けた直後、背後の防火シャッターがまるでタイミングを見計らっていたかのようにギシギシと軋みながらゆっくりと開いた。

「ん?」

 瞬時に銃を構えた二人のヴァルキリーの前に現れたのは一人の少女だった。

 少女の外見はどう考えても異常にしか見えなかった。人為的な着色としか思えないオレンジの髪に同じようにオレンジが配色されたフリルだらけの悪趣味な衣装。何より異常なのは少女の顔は笑っているのに裂けた腹部から腸を垂らしているという点だった。

「こいつ……!」

 いつも気だるげなソノカの顔が何時になく真剣なものに変わり、彼女はすぐさま少し下がった銃口を上げて発砲した。だがオレンジの髪の少女は手を前に翳し青い障壁で防ぐ。

「マナ・フィールド!? やはり――」

 歯を食い縛りながらソノカは発砲を続ける。その間にノエルは後退、通路右側の柱の陰から銃撃をオレンジの髪の少女に浴びせた。

「ソノカ! 私の左後ろの柱へ!」

「はい!」

 ソノカは廊下を蹴り、ノエルの横を通過して通路左側の奥の柱に身を隠す。

 二人はお互いに援護し合いながら敵との距離を離すスクート&シュートで絶え間ない銃撃を浴びせ続けたが、何発何十発と弾丸を叩き込んでもオレンジの髪の少女が展開するマナ・フィールドを破ることはできなかった。

「リロード!」

 ソノカは弾切れになったMKb42自動小銃を左に傾けて銃の右側にあるイジェクションポートを確認、すぐに右に傾けると同時にマガジンを交換しコッキングレバーを引く。

 その間僅か二秒。タクティカルリロードだ。そしてマガジン一本分の銃弾が放たれるが、それでもオレンジの髪の少女が傷を負った気配はない。

「り、リロ……」

 腸を引き摺ったまま迫ってくるオレンジの髪の少女への恐怖で手が震え、思わずソノカはチェストリグから抜いた三十連マガジンを落としてしまう。

「クソ! 銃がダメなら……刃物だってあるんだッ!」

「おっ!」

 どこか楽しげなノエルの声を耳に入れつつ柱の陰から飛び出したソノカは腰の鞘からナイフを抜いて床を蹴り上げる。両手にナイフを持って少女の懐に飛び込み、右の一閃を喉に浴びせた。避けた皮膚から血液が勢い良く噴き出してソノカの黒い髪を汚すが、彼女は構わず一回転して逆手に持った左手のナイフを少女のこめかみへと突き刺す。

「アランジェヴィがここにいるなんて聞いていないぞ!」

 一瞬のうちに勝利したソノカは血の海に沈んだ少女に視線を落とし、肩で息をしながら声を荒げる。アランジェヴィとはロシア語でオレンジを意味していた。

「そう取り乱さなくてもいいよ。クローンヴァルキリーらしくもない。そうだろう?」

「私のことを知っていたんですか……」

「黒のチョールヌイだと知っていたからこそスカウトした」

 ノエルの目に愉悦の光が宿り、口元が緩む。

「アルカの春を唯一生き延びたクローンヴァルキリーである君を」

「全く……そこまでご存知なら、私の口から説明すべきことは皆無でしょうね」

 苦笑いし、ソノカはその黒い髪を掻き毟った。

「まぁ、カバー・ストーリーの整合性に悩む必要はなくなりました」

「エリーからは話すなって言われたんだけどねぇ。だけど私はソノカ・リントベルクという女の子が好きだし、隠し事はなしで楽しくやりたいんだ」

 ぺろっと小さく舌を出してノエルは笑う。

「なるほど。でも脚本家ごっこをしなくて済むのは嬉しいですよ」

「あ、それなんだけどさ」

「何です?」

「今のうちに物語の作り方を勉強しておいてもらえないかな? 多分七年後ぐらいに使うと思うから。つまりその……私達の最初にして永遠の職場でね」

 そう話すノエルの爬虫類じみた縦スリットになっている瞳はソノカを見ていなかった。

 ただ遠くの未来を見ていた。

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