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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 サブラクロニクルズ2
216/285

メカサブラの逆襲 2

 旧名山形市――アルカ中部東のホテル・ブラボーには夜の帳が下りていた。

 サブラマンの撮影が行われるはずだった一九九三年の幕張のセットはかつてアルカ全土を恐怖のどん底に叩き落としたテロ組織ラミアーズの居城であった街の片隅にある。

「レアさん」

 立ち並ぶビルの一つ一つに明かりが灯り、まるで四十三年後の市街地がそのまま小さくなってしまったかのようにも見える明るいセットの中で十字架に磔にされたレアは自分を呼ぶ声を耳にしてうっすらと瞼を開けた。

「レアさん、大丈夫ですか?」

「サブラ……」

 眼前に立つシャローム学園最強の戦乙女を目にしたレアは安堵したが、その一方で彼女を旧名飛島で追い掛けている最中から先の記憶を一切思い出せないことに気付く。

「私……どうしてここに……」

「恐らくはグレン&グレンダ社の仕業でしょう」

 メカサブラの自爆から間一髪で免れたサブラは小さくも精巧なビル街からの光に照らされながら丁寧な動作でレアの手枷と足枷を外していく。

「アンタはどうしてここがわかったの?」

「何かが私を呼んでいたのです」

「呼んでいた?」

 レアの拘束が全て解かれた瞬間、彼女を呼んだ存在の一部がビル街の窓ガラスを衝撃波で粉砕しながら接近、二人に機銃掃射を浴びせる。

 突き飛ばすようにしてレアをビルの影に押し出し、自分に向けて殺到する弾丸を青いマナ・フィールドで防いだサブラは自らの鼻先をフライパスして飛び去っていく異形の飛行ユニットを目で追う間もなく本丸の存在を察知して夜空を見上げた。

「メカサブラの最大の敵はなんだ?」

「サブ……ラ……?」

「ボアズ博士!?」

 満月をバックに両手両足を広げて降下してくるメカサブラの姿とその機体に装備されたスピーカーから響き渡ったボアズ・ムーヴァーマンの問い掛けを耳にしてサブラは驚愕し、ビルの影に身を潜めるレアもまた困惑の声を上げた。

「そう、サブラだ。メカサブラの逆襲だ!」

 識別用として腹部のブルーダイヤモンド装甲を赤色に変更され、全体の機体色も濃く暗いものになっている新たなメカサブラ――メカサブラ二号機――は一号機と同じ白いポリエチレンテレフタレート製の長い頭髪を靡かせながらミニチュアのビル街に降り経ち、先程サブラを銃撃した背部飛行ユニットとのドッキングを果たす。

「貴方は私の一体何が不満なのですか」

「断言しよう……わからない!」

 左前腕部にMS2――青文字でMS、赤文字で2――と描かれている二機目のメカサブラの前に佇む宿敵からの言葉を受けて、昼間と違って今回はツルオカスタン・カモ自治区にある自分の邸宅で薬の空瓶を幾つも足元に転がしながら対サブラ用戦闘マシンの操縦を行うボアズは彼女が映ったモニターを凝視しながら返答する。

「わかっていればこんなことはしない」

 深呼吸したボアズはゆっくりと二本あるメカサブラの操縦桿を握り直す。

「貴方は私に勝利したところで何も得ることはできません」

「理屈屋はすぐそうやってやる前から偉そうにご高説を垂れる」

 ボアズは親指で操縦桿のカバーを外し、その中にあった赤いスイッチを押した。直後にメカサブラの左手が耳障りな金属音を立てて変形し始め、内部で明らかに通常のものとは異なる形をしたミサイルが作り出されていった。

「能書きばかりで何一つまともなものを作れない癖に!」

 瞬く間に完成するなりメカサブラの左肘から発射煙を残して撃ち出されたミサイルが、サブラが顔面を守ろうとして前に出した左手上腕部に突き刺さる。しかし爆発はしない。

「不発弾ですね」

「と、思うでしょう?」

 易々とミサイルを引き抜いて捨てたサブラは刹那、何かに体内を食い荒らされる感覚を覚えて激しく悶えながらセットに膝をついた。

「これ……ッ……は……ッ」

 激しく痙攣する手で軍服の上から胸の辺りを掴むサブラのマナ・フィールドが薄くなり、主翼が溶け始めた飛行ユニットから放出される粒子が弱々しいものに変わっていく。

「虎の子の一発だ。大事に苦しめ」

 強力なヴァルキリーが暴走した際の鎮圧用としてグレン&グレンダ社が用意するも、今日に至るまで殆ど使用されることのなかった抗マナ・エネルギーバクテリア弾をサブラに撃ち込んで先手を打ったボアズは操縦桿を左に倒し、ブースターの噴射で真横に移動したメカサブラをビルの影へ隠す。

「僕が味わった苦しみはそんなものじゃないんだ」

 そしてビルを挟み、ちょうど反対側で膝立ちになってなんとか呼吸を整えつつあったサブラに向けて多目的誘導弾と左右に広げた両手からのフィンガーミサイルを同時に放つ。建物の左右と上から弧を描いた大量の白煙が高速でサブラへと突進していく。

「私が押されている」

 恐るべき事実を口にしたサブラは咳き込みながら立ち上がって左側から迫るミサイルをマナ・フィールドの光壁で、右側から迫る多目的誘導弾をマナ・パルスランチャーの光条で爆炎に変えるが、入り混じった形で真上から降り注いだ両者を防ぐ手立てが見つからず、後方に一回転して難を逃れた。直前までいた場所が立て続けの閃光に包まれる。

「君の評価は確かに高い」

 爆風と衝撃で崩壊したビルのセットの瓦礫を踏み砕きながらボアズに操作された対サブラ用戦闘マシン二号機はフィンガーミサイル同様に体内で無限に生産される多目的誘導弾を背部飛行ユニットから絶え間なく撃ちまくりながら前進してきた。

「でもそれはアルカで戦い高い評価を得ている大多数のヴァルキリーと同じく、君自身の純粋な評価ではない」

「私達がテウルギストのコピーであると仰りたいのなら、貴方は大いなる自己矛盾を抱えていると言わざるを得ません」

 サブラは自分の両側面に盾のようにしてマナ・フィールドを展開、相も変わらず曲線を描いて殺到する多目的誘導弾を防ぎつつ、その生産と再装填の僅かな合間を縫ってマナ・パルスランチャーを構える。

「貴方が私を倒すために用意したメカサブラは他ならぬ私のコピーだからです」

「何もわかっちゃいない癖にわかったようなことを言うな!」

 サブラのマナ・パルスランチャーとメカサブラのスペースビームが全く同じタイミングで放たれた。マリンスタジアムという野球場のセットを挟んで十秒間に渡って行われた光線での鍔迫り合いはその中間点での大爆発という形で終わったが、衝撃で倒れ込んだサブラがビルを崩壊させた一方、メカサブラはまたもオーバーヒートと動作不良を起こして火花を散らせながら大きくよろめいた。

「クソッ!」

「この世界に存在するものは全て何らかのコピーです」

 サブラは関節部分からも火花を散らし、赤い両目を点滅させるメカサブラに肉薄すると血色の悪い右頬に思い切り左フックを浴びせた。

「もしも完全なオリジナルがあるとすれば、それはそういったコピー品の中にある製作者の情念や熱意でしょう」

 オープンフィンガーグローブで包んだ拳による殴打で上半身を大きく左に倒してしまったメカサブラの頭部を脇で抱えたサブラは腰を前に出し、万力のような力で首を締め上げながら近接戦闘を大の苦手とする戦闘マシンを思い切り投げ飛ばした。

「コピーもオリジナルも関係ありません」

 軽々と宙を舞い、複数のビルを巻き込む形で崩壊させたメカサブラは歪んだ金属音を全身の関節から響かせて何とか立ち上がろうとするが、サブラはそうはさせじと軍用ブーツに覆われた踵で何度も何度もその後頭部を踏み付けた。足の裏がめり込むたびにメカサブラの全身から火花が飛び、手足が反動で奇妙に上下した。

「人の頭を踏み付けながら正論を吐く!」

 ダメージレベルが八に達しこれ以上は関節部が持たないことをモニターからの電子音声で知らされたボアズは怒りの声を発しながらボタンを操作し、メインフレームにサブラ本人の骨を使用しているマシンの背中に取り付けられた飛行ユニットを切り離した。

「強者の論理とでも言いたいのか!」

 独立化した飛行ユニットの主翼がサブラの腹部に強烈な一撃を与えて彼女を悶絶させ、

「ブースター! フルパワー!」

 続いて瓦礫の中に横たわっていたメカサブラが全身のブースターから赤いマナ・エネルギーの粒子を凄まじい勢いで噴射して夜空を乱舞する飛行ユニットに気を取られたイスラエルの歯車に突撃、魚雷のように体当たりをぶちかまし地面に叩き倒した。

「ルンバ!」

 続いて人の頭部ほどの大きさがある二機の円盤がビルの間を高速で駆け抜けて直立状態に戻ったメカサブラに吸い寄せられた。上昇した円盤――幾つかの頭文字を合わせてルンバと呼ばれる、マナ・クリスタルを内包したメカサブラの支援用航空機――はグレン&グレンダ社が総力を結集して開発した究極の対サブラ用戦闘マシンの肩口で浮遊し、それぞれがボアズのコントロール下に置かれた。

「スーパーメカサブラ、合体完了。今度こそ君の息の根を止めてやる」

 ボアズの敬意と憎悪に変わった嫉妬の念が具現化した存在は今まさに最終形態へと変貌し、浮遊しながらその元凶へ向き直った。

「私は道徳的にも社会的にも正当化された……」

「何がコピーもオリジナルも関係ない、だ」

 二機のルンバから半永久的なエネルギー供給を受けられるようになり、オーバーヒートを起こさない無限の攻撃が可能となったメカサブラ二号機を操るボアズは能書きはもういいと言わんばかりに搭載されている全兵装の照準をサブラに合わせる。

「ファイア、オールウェポン」

 両膝から撃ち出されたクラスターミサイルが空中で炸裂、鉄の雨を降らせるのと同時にスーパーメカサブラはホバリングで地面を水平移動しつつ新たに使用可能となったルンバからのハイパワーメーサービームキャノン、目からのスペースビーム、両手からのフィンガーミサイル、背部飛行ユニットからの多目的誘導弾をサブラ一人に対して浴びせた。

「そのコピーで今の評価を手に入れたのは誰だ!」

 スーパーメカサブラは絶望的な火力の差によって苦悶の表情を浮かべながらマナ・フィールドで身を守ることしかできないサブラの横を堂々と素通りし、すれ違うなり反転して太細入り混じった光条と一個砲兵師団に匹敵する実弾火器の猛射を叩き込む。

「わ、私は道徳的にも社会的にも正当化された……」

 ノエル・フォルテンマイヤーにすらここまで追い詰められたことのないサブラは目に見えて焦りながら水平移動で二本並んだビルの影に隠れた強敵に対してマナ・パルスランチャーの砲火を浴びせるが、スペースサブラニウムの装甲に傷一つ付いていない状態で崩れたミニチュアの裏側から現れたスーパーメカサブラは彼女が手にした得物から排出されたカートリッジが地面に落ちるよりも早く腹部装甲を展開した。

「プラズマ・グレネイド、オンスタンバイ」

 ボアズが呟くなり浮遊するスーパーメカサブラの全身が青白く発光し始め、

「ファイア!」

 相変わらず軽やかな動作で発射ボタンが押された刹那、前回と同じように腹部装甲の中に隠されていた砲口から何十倍にも増幅されたエネルギー流が撃ち出された。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 抗マナ・エネルギーバクテリア弾で弱体化し絶え間ない攻撃によって削られ続けたサブラのマナ・フィールドが最大火力で放たれたプラズマ・グレネイドの砲撃を受けて遂に崩壊し、彼女は叫び声を上げて霧散した粒子漂う粉塵の中に倒れた。

「確かに君はアルカ最強だ」

 スーパーメカサブラを着地させたボアズはまだ怨敵を殺害するのに十分なエネルギーを残しているプラズマ・グレネイドの照準を廃墟の中で埃塗れになって横たわり泡を噴きながら股間を濡らして痙攣しているサブラへと合わせる。

「でも今日で過去形になる」

 ボアズが勝利に手を掛けようとしたその時、一発の八十二ミリ砲弾が瓦礫の山と化したセットの中に立つスーパーメカサブラの背後から飛来し左側のルンバを四散させた。

「それで歯車か! サブラ!」

 爆煙を振り払って旋回したスーパーメカサブラの前に胸元と股間だけを黒く小さい着衣で隠し、背部飛行ユニットから蝶めいた羽を左右に伸ばす褐色肌の戦乙女が降り立つ。

「歯車ならば砕け散るまで戦え!」

 短い黒髪に猫の耳に似た飾りを付けているバタフライ・キャットはサブラを叱咤し、左手に携えたB‐10無反動砲を下ろし右手に持ったPKM軽機関銃の掃射を片肺になったスーパーメカサブラに浴びせる。どちらもSW社から非公式に融通されたものだった。

「死に損ないが!」

 ボアズは悪態をつき、スーパーメカサブラの首を高速回転させて円筒状の強力なマナ・フィールド――通称ディフェンスネオバリヤーで殺到する銃弾を尽く無力化する。

「サブラ! 何をしている! 立て!」

 まだ横たわったままのサブラを怒鳴りつけたバタフライ・キャットは弾切れになったPKM軽機関銃を投げ捨て、背部飛行ユニットにダクトテープで縛り付けていたもう一本のB‐10無反動砲を引き抜いて右手で構えようとする。

「邪魔をするな!」

 スーパーメカサブラは目からスペースビームを放ち、直撃こそはマナ・フィールドで防がれたが衝撃で全裸将軍が左手に持っていた重火器を弾き飛ばすことには成功した。

「残弾一!」

 よろめいたバタフライ・キャットは口端から血を滴らせつつ体勢を立て直し、

「構わん!」

 右肩に砲身を乗せたソ連製無反動砲のトリガーを引く。放たれた八十二ミリ砲弾は見事にスーパーメカサブラに残された最後のルンバを破壊することに成功した。

「あれは……バタフライ……キャット……」

 背後で意識を取り戻したサブラがよろめきながらも立ち上がる。

「どうして上手くいかないんだ。どうしてどうしてどうして!」

 ボアズは癇癪を起こした子供のように唾を撒き散らしながら叫び、スーパーの肩書きを失ったメカサブラの頭部を百八十度回転させてまだ戦える状態にまで回復できていないサブラに、続いて左手を正面の全裸将軍に向ける。全く同じタイミングでスペースビームとフィンガーミサイルが放たれ、虹色の光線で頸動脈を切られたサブラが破れた皮膚の間から血液をスプリンクラーのように噴き出して、今回もマナ・フィールドで直撃は防いだものの爆風で吹き飛ばされたバタフライ・キャットが叫び声を上げてそれぞれ倒れる。

 意味もなく八つ当たりのように右手のフィンガーミサイルをセット内の森林に放ち炎上させたボアズは気絶した褐色の少女に目もくれずメカサブラを反転させ、サブラが手で押さえる前にスペースビームで彼女の傷口に連続射撃を浴びせる。直撃で火花が散るたびに血飛沫がビルの壁を汚し、道路上に置かれたミニチュアの乗用車が真っ赤に染まった。

「君が現れてから、僕は時々夢を見るようになった」

 ボアズはそれでもなお傷口から鮮血を迸らせて立ち上がったサブラにメカサブラを接近させながら手元のスイッチを操作する。

「五年後……いや十年後……」

 メカサブラの右手前腕部が上下に割れ、一旦その中に広がりながら戻ったフィンガーミサイル付きの親指や人差し指、中指等が内部で収束・変形していく。次にドリルへと変わった指がまた元の位置に戻り、前腕部もまた再び通常の形に落ち着く。

「僕と同世代の人達が高く評価され続ける中で、僕のことを誰も覚えていない未来の夢を」

 ボアズはドリル――スパイラル・クロウと名付けた四式対人掘削装置を可能ならば使わずにサブラを倒したかった。しかし乱入してきたバタフライ・キャットにルンバを破壊されてしまった状態でオーバーヒートのリスクを持つスペースビームやプラズマ・グレネイドでの攻撃をこれ以上行うのは危険だと彼の残り少ない冷静な部分が言っていた。

「君はすんなりと僕にはできないことを成し遂げてしまう」

 メカサブラは右手のドリルを右上から左下にかけて振り下ろし、光を失いつつある左目ごとサブラの美しい顔を切り裂いた。砕け散った眼鏡のレンズがセットの中に飛散し、大量の返り血が人工ダイヤモンドコーティングが施された装甲を著しく汚す。彼女と瓜二つの顔にも眼球の破片や血塗れの肉片がこびり付いた。

「僕は君が怖いんだ」

 ボアズは無意識に傷付いた顔を押さえてしまったせいでがら空きになっているサブラの腹部にドリルを突き入れる。鋭い先端部がオリーブドラブの軍服ごと硬い腹筋を突き破って大穴を開け、自らを歯車と称する冷酷な少女がひぎぃとゾッとするような声を発する。

「君の活躍を見るたび、僕は自分がやってきたことには価値がないと思い知らされる」

 メカサブラはドリルをサブラの腹部に突き刺したまま前進していく。オリジナルよりも二十センチから三十センチ高い身長の戦闘マシンが四本の鋭いクローが生えた異形の足で一歩一歩を踏み締めるたび、耐え難い苦痛で固く結ばれたサブラの唇の間から弱々しい声が漏れ、傷口から溢れ出た赤黒い血液がセットに染みを作る。

「例えそれが事実ではないとしても」

 ボアズが歯を食い縛りながらレバーを捻った瞬間にスパイラル・クロウは回転を始め、

「ぁあああああああっああああッ!」

 更に多くの血液と湿った肉片を周囲にぶちまけながら首筋からも鮮血を噴き出しているサブラの体内深く深くへと入り込んでいく。

「君の活躍によって僕より君の方が上であると誰も思わないとしても」

「やっ……やめっ……」

 黒々とした左眼窩から視神経だけで繋がった眼球の成れの果てをぶら下げ、口端からは鉄臭い涎をだらしなく垂らしているサブラは生きながら体内をドリルで抉られるという未だかつて経験したことのない苦痛に耐えられず、とうとう命乞いめいた動作でサイボーグ化されたかつての自分の左首筋を右手で掴んでしまう。

「ンおおおおおおおおおおおンッ!」

 しかしボアズは構わず駆動音を響かせながら高速回転するドリルを押し進め、メカサブラの上半身を返り血で真っ赤に染めつつ声にならない悲鳴を上げるサブラを痛めつけた。

「研究は僕が自分で人生を変えられる唯一の方法だったんだ」

 最終的には背中側まで到達しかねないところまでサブラの体内に抉り込まれたスパイラル・クロウを乱暴に引き抜くなり、ボアズはスペースビームの照準を余命いくばくもない彼女の首筋へ、プラズマ・グレネイドの照準を腹部の大穴に合わせる。

「だから僕は今回も人生を変える!」

 ボアズはモニターに亀裂が入らんばかりの大声を上げて発射スイッチを押す。まず最初にプラズマ・グレネイドが残された全てのエネルギーによる図太い光条でサブラの腹部を深く抉り、内部の骨や臓器を徹底的に破壊し尽くした。続いて赤い双眸から虹色のスペースビームが撃ち出されて鮮血を噴き上げる傷口を直に貫く。

「サブラ――ッ!」

 レアは眩い閃光の中で二つのビームを浴び加速度的に命を削り取られていく自らの大切な存在の姿を目の当たりにしてしまう。しかし彼女がビルの影から飛び出すよりも十数秒間に渡るビームの照射を浴びて絶命したサブラが口から血の噴水を上げ、白目を剥いて両手で天を仰ぎながら建物を崩して後方へ倒れ込む方が早かった。

「サブラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 レアはメカサブラのフィンガーミサイルが装填済みの状態で自分を自動追跡していることなど気にも留めず血の池に沈んだサブラへ駆け寄り、その上体を抱き起こす。

「サブラ! サブラ!」

 レアは両目から大粒の涙を流して何度も自らを感情を持たない歯車と自称する心優しい少女の体を揺するが彼女は何も反応しなかった。血塗れの腕はだらりと垂れたままだった。

「どうしてこんなことをするのよ……」

 事切れたヴァルキリーをそっと抱き締めたレアはメカサブラを――正確にはその向こう側にいるボアズを睨み付ける。

「解放されるために」

「解放なんてされない」

 レアはメカサブラのスピーカー越しに応じたボアズに返答した。

「サブラを倒してもまた次の壁がすぐ貴方の前に現れる。サブラよりもっと高い壁が!」

 大粒の涙を振り撒いてレアは続ける。

「私だって最初は同じことを思ったわよ。なんで後から出て来た人がすぐに結果を残せて、長い間積み重ねてきた自分を簡単に追い抜いてしまうんだって。でもね、サブラにしかできないことがあるように、私にも私にしかできない、サブラにはできないことがあると考えて私は今日まで生きてきた。ボアズ博士にだって、ボアズ博士にしか……」

「それは……ただ理屈を捏ねて逃げてるだけだよ……都合良く理由をつけて……」

「そうやって判断基準を外に持つから必要以上に自分を傷付けて、追い込んで、苦しんで、追い詰められて、今みたいに他人を酷く傷付けてしまう。誰も貴方がサブラより下だなんて思っていない。誰も比べたりしない。だって比べられるものではないから」

「なんで……なんでそんな、わかったようなことを……」

「私もそうだったからよ」

 レアは事切れた少女の遺体をそっと地面に置くと、左肩にベレー帽を嵌めたシャローム学園の軍服を血で汚した姿で立ち上がりメカサブラに向き合った。そして両手を広げる。

「私もボアズ博士と同じ苦しみを味わって、同じ悩みを抱えて、同じような感情をサブラに抱いてしまったことがあるから」

「今更……今更そんなことを言われたって……!」

 ボアズは怒りの表情を浮かべてフィンガーミサイルをレアにロックオンする。

「今更――ッ!」

 そしてトリガーを引いたが、放たれたミサイルは射線上にいた少女を引き裂きもしなければ両断もしなかった。レアの背後から瞬いた光の渦に巻き込まれ爆散したからだ。

「私のレアさんに触れないで頂けますか」

 もう聞こえるはずのない声で鼓膜を打たれ振り向いたレアの視線の先には、炎を背に赤いマナ・エネルギーの粒子を纏い急速な勢いでメカサブラに破壊された左目や首、腹部の傷を治癒させる仁王立ちしたサブラ・グリンゴールドの姿があった。

「なんだこれ……なんだよこれッ!」

 元はマリア・パステルナークのものであったマナ・クリスタルから放出される粒子に曝されたメカサブラの表面から夥しい量の煙が立ち昇る。装甲が溶け始めているのだ。

「感情の昂りがマナ・エネルギーの働きを活性化し、ヴァルキリーが持つ戦闘能力や治癒能力を大幅に向上させる――モサドの報告は正確でした」

 プロトタイプやヴァルキリー特有の超回復をマナ・エネルギーによって加速させ元通りの姿に戻るなり、マナ・ローブのリミッターを解除した裸眼のサブラは悪足掻きのように放たれる攻撃を尽く赤く分厚い光壁で防ぎながら瓦礫を踏み潰しての前進を開始する。

「オーバーヒートも……こんな、こんなのってあるか!」

 再び吐血し、自分が作り出した戦闘マシン同様に限界を迎えつつあるボアズはここに至ってルンバを破壊されたことの深刻さを理解した。理解不能な力で復活されたとはいえ、スーパーメカサブラとなって一定の距離を取りつつ大火力で削っていく戦法を取ればまだ勝てる可能性があったからだ。しかし、現実の彼に残されているのは圧倒的な存在を前にオーバーヒートを起こしたメカサブラ二号機と病魔に侵された自分の肉体だけだった。

「私が最初からこのような完全無欠な存在だと思っていたのですか?」

 マナ・フィールドを砲身状に変化させたサブラはその中心から爆発的な破壊力を持つ図太い粒子ビームを撃ち出す。真正面からその直撃を受けたメカサブラは全身から火花を散らして大きくよろめき、ショートした両目を激しく点滅させた。

「私は何千回何万回と殺され続けてきました。ここにいるレアさんが証明できます」

 サブラの第二撃とメカサブラのスペースビームが空中で激突するが、もはや建物が殆ど残っていないセットを真昼間のように照らし出した中間点での爆発でメカサブラが再び大きくよろめいたのとは対照的にサブラは裸眼の奥に確かな光を持って前進し続けた。

「グレン&グレンダ社は私を単なるクローンヴァルキリーだと考えていたようですが」

 三発目の粒子ビームがブルーダイヤモンドコーティングが施された最も厚い腹部装甲を痛打し、一撃で叩き割るや否や血液混じりのオイルを噴出させる。

「明らかな間違いです」

 サブラは先程のお返しとばかりに更なる粒子ビームを損傷した戦闘マシンの腹部装甲に目掛けて放つ。メカサブラの口から耳障りな音を立てて血飛沫が舞う。

「私は肉体を消耗品として経験を積み強くなっていきました」

 五発目のビームが放たれ、メカサブラ二号機の頭部が木っ端微塵になって吹き飛んだ。

「私が死んでいく中で全てを諦めて自分を歯車と思うようになったのか、最初から自分は歯車だとしか思っていなかったのかはわかりません」

 メカサブラは全身から火花を走らせつつ、それでも首の下に隠されていた発射装置からのレーザーとフィンガーミサイルでの抵抗を試みる。

「それはどうでも良いことです」

 しかしサブラは首を僅かに傾けてレーザーを回避し、

「ですが歯車である私の中に人間らしい戦いへの動機があるとしたら――」

 殺到する大量のミサイルを薙ぎ払うようにして展開したマナ・フィールドで爆散させた。

「それは私のために多くを背負ってしまい、それでいてなお私を支えてくれるレア・アンシェルというヴァルキリーのためである可能性が高いと考えます」

 幕張のセットに腰砕けになっているレアはそれを聞いて「サブラ……!」と大きく目を見開いたが、自らを歯車と規定した少女は気にもせず前進を続ける。

「私にもレアさんだけは幸せにしてみせるという意地があるのかもしれません」

 幾千の光芒の瞬きで頬を照らしながらサブラは言う。

「私はレアさんの悲しむ顔を見たくないのかもしれない。私はレアさんと一緒にいたいのかもしれない。私はレアさんのことを大切に思っているのかもしれない」

 八方塞がりになりよろよろと後退し始めるメカサブラに対してサブラは苦し紛れに浴びせられるフィンガーミサイルや多目的誘導弾、レーザーをもはや避けもせず、瞬き一つしないでマナ・フィールドの光壁で弾きながら前へ前へと進む。

「歯車如きがそれらしいことを……!」

 最早自らも憎しみを原動力とした歯車に成り果てていることに気付いていないボアズは叩き壊さんばかりの勢いでスイッチを操作し、モニターに表示されたオーバーヒートの文字に目もくれずプラズマ・グレネイドの照準を合わせる。そこで気付いた。

 モニターの向こう側にいるサブラが自分に向けて手を伸ばしている。


 お前はいらない奴なんだ。

 お前は他の誰よりも劣っているんだ。

 お前は誰にも期待されていないんだ。


 この世に望まれぬ生を受けた時、子守唄の代わりに聞かされ続けた言葉の数々がボアズの脳裏に蘇っていく。

 それは解けない呪いとなってボアズの心に刻み込まれ、誰よりも他人に必要とされなければいけないという強い強迫観念の源となった。

 だからボアズは何もかも犠牲にすることができた。何もかも。

 誰もがボアズを認め、彼が全てを犠牲にすることを望んでいなかったのにも関わらず。


 みんなが手を伸ばして僕をぶった。

 みんなが手を伸ばして僕をつついた。

 みんなが手を伸ばして僕を引っ張った。


「くっ……来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 恐怖に顔を引き攣らせたボアズはプラズマ・グレネイドの発射ボタンを押す。彼はサブラを撃とうとはしていなかった。ただ自分に手を伸ばしてくる呪いを撃とうとしていた。

 直後メカサブラの全身から光が迸り、グレン&グレンダ社が総力を挙げて作り出した戦闘マシンの二号機は一号機から僅か七時間十二分後にその後を追うこととなった。

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