メカサブラの逆襲 1
一九五〇年八月二十一日。
「なるほど……またしても私は役不足だったというわけか」
夜――タカハタベルクにあるSW社アルカ営業所の執務室でテーブルを挟んで向かい側に腰掛けたノエルから真実を伝えられたバタフライ・キャットは首を何度か横に振り、苦々しげにコーヒーを一口啜った。
「そんなに気にしなくてもいいよ。物事の判断基準を外に持つべきじゃない」
最高秘密区分情報の閲覧権限を持つヴァルキリーの始祖は、たった今自分がグレン&グレンダ社のサブラ抹殺計画の一環として復活させられたが、戦闘能力に大きな課題を残したという理由で廃棄処分となったことを教えられた全裸将軍の眼前で口元を緩める。
「サブラはメカサブラとやらに勝てると思うか?」
シュネーヴァルト学園の制服を纏うノエルは知らないにゃんと長い足を組む。
「テウルギストらしい言い草だな」
数時間前にSW社の受付に現れた少女は双眸から伸びる視線で黒い波面を覗き込んだ。
「後から現れた存在に易々と追い抜かれる……か」
バタフライ・キャットが口にした言葉は彼女の実体験に則していた。イスラエルの息が掛かった形で製造され、一九四八年五月のシャローム学園建校後はモサドの工作員として暗躍していたバタフライ・キャットは第四次ダイヤモンド戦争の際、タスクフォース599のリーダーに化け部下達に意図的に破滅的な指示を出して壊滅させ母校の勝利に貢献する役割を与えられていた。彼女は完璧に任務を遂行したが、最後はシナリオの変更によってサブラに殺害され一旦はその短い人生を終えることとなった。
「サブラに私が追い抜かれたように、奴も今回メカサブラに追い抜かれるかもしれない」
常識人に見える人格破綻者ばかりのアルカの中にあっては希有な、人格破綻者に見える常識人は複雑な胸中を滲ませて話し続けた。
「シャローム学園が私を切り捨ててサブラを選んだということは、サブラには選ばれるだけの十分すぎる資格や理由があり、単に自分にはそれがなく選ぶに値しないと思われただけの簡単な話だ。残酷だがそういうものだろう」
「サブラに嫉妬してる?」
爬虫類めいたノエルの瞳に値踏みするかのような光が宿る。
「していないと言えば嘘になる。しかし、それは元を辿れば私の実力不足が原因だ」
学生服姿のバタフライ・キャットは自分に言い聞かせるようにしてカップを置いた。
「私がサブラを憎むのはお門違いというものだ。そして奴には負けてほしくない」
「気に入った」
それを聞いたノエルは微笑んでポケットから取り出した鍵をテーブルの上に置く。
「武器庫の鍵だ。入ってすぐ横の棚に君用に調整したマナ・クリスタルが置いてある」
困惑の表情を浮かべる全裸将軍にノエルは親指を立てた。
「君を良き人と見込んだ。それを使って、君が今一番したいことをするといい」