サブラ対メカサブラ 6
「殺される! た、助け……」
七分十二秒前、DH社の跡地でシャローム学園と戦うための武器弾薬を拾い集めていたところを攻撃されたDRFLA所属のヴァルキリーは海岸線から自分達のいる場所へ飛来してきたサブラ・グリンゴールドの姿を見て愕然とする。何故なら――。
「ってサブラ!?」
先程、何の脈絡もなく自分達に襲い掛かってきた存在もまたサブラだったからだ。
「さ、サブラが二人……!?」
前進翼を左右に伸ばしてはいるものの、本人のものとは若干異なるデザインの背部飛行ユニットから黄色いマナ・エネルギーの粒子を放つ『偽サブラ』は土煙を上げて着地するなり思わず「えっ」と素っ頓狂な声を上げてしまったサブラの前で背中を蹴り飛ばされて地面に倒れ込んだヴァルキリーの上顎を掴み強引に引き裂いていく。
「やめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめやめ」
悲痛な叫びと共にヴァルキリーの口周りの皮膚が火で熱せられたチーズのように伸びて千切れ、熱い鮮血がそこから地面に溢れ出た。
「私はBFにおいて戦う相手を基本的に自分と同じ存在とは認識していません」
ヴァルキリーの無残な断末魔を目の当たりにしたサブラは銀色の下地らしき面を体のあちこちから露出させている『偽サブラ』に対して足元にあった石を蹴り飛ばし、
「私が銃口を向けるのは人間の言葉を話し、撃てば血を流す人間に似た何かです」
それが右手の一振りで易々と薙ぎ払われるや否や更に別の石を拾い上げてもう一人の自分に投げ付けた。しかし『偽サブラ』は易々と左手の一閃で石を直撃前に四散させる。
「サブラ、メカサブラが君と同じ性能だと思ったら大間違いだよ」
トビシマ・アイランドの某所にある一室でメカサブラ制御用のモニターに向かっていたボアズ・ムーヴァーマンは得意げに笑い、手元のレバーを二つ倒す。
「こうも早く本物のサブラが現れてくれるとはな」
レバーの前にあった二つのランプが赤く点灯した直後、サブラと対峙していたもう一人のサブラの全身がマグネシウム・リボンのそれに似た激しい閃光を放って燃え始める。
「グレン&グレンダ社も驚いているだろう」
ボアズがレアと話していた時とはまるで別人のように狂気を孕んだ低い声で言った直後、深い業によって生み出された究極の対サブラ用戦闘マシンがアルカの地に姿を現した。
「前世紀の終わり……」
四本の鋭いクローが付いた機械の足。
「巨大隕石の落下と……」
大型ミサイルの弾頭が剥き出しになった膝。
「それがきっかけになって始まった十五年間にも及ぶ世界規模の戦争が人類に歴史上類を見ない未曾有の被害をもたらしました」
軽快なモーター音を鳴らして回転する両手のフィンガーミサイル。
「混乱はグレン&グレンダ社によって収められました」
リベット打ちの左手前腕部に刻まれた赤い『MS』の文字。
「そして同社は今後一切、人々が争わずに済む世界を作ろうと考えます」
威圧するかのようにして点灯する真紅のカメラアイ。
「それが戦闘用の人造人間『プロトタイプ』を教育し」
オリジナルの腹筋を模して六つに割れた腹部装甲。
「世界各国の代理勢力である『学園』に所属させ」
黄色から赤に変わった粒子を絶えず放出し続ける異形の背部飛行ユニット。
「アルカという永久戦争地帯でそれぞれの母国の代わりに戦わせるシステムなのです」
足元から視線を上げていったサブラの前でメカサブラは左手を広げ、中指で防弾加工が施された眼鏡を直す。無機質な眼光だけが顔を隠した指の間から見え隠れした。
「そして今や民族対立、資源の利権争いといった国家間の問題は全てアルカにおける代理戦争で処理され、人類にとって永遠に過去のものとなりました」
すっかりお馴染みとなったグレン&グレンダ社の不愉快なラジオ放送が終わるなりボアズは「よし」と力強く呟いてまた別のレバーを二つ倒す。緑色のランプが点き、メカサブラは両手を前に出しフィンガーミサイルの発射体勢を取る。
赤い第一関節から先がミサイルとして撃ち出されるのと同時に手の甲が開いて後方への排煙が行われ、すぐにメカサブラの体内で生産された超小型多目的誘導弾が次から次に指のように生えてきてはハイペースで放たれていく。
「武器を内蔵している」
「言っただろう!」
怨敵と会話が成立してしまっていることなど想像すらしていないボアズはマナ・フィールドで殺到するフィンガーミサイルを防ぐサブラに更なる攻撃を仕掛ける。
「君と同じ性能だと思ったら大間違いだと!」
メカサブラは一旦何かを溜めるように頭を少し後方に振り、目からビームを放つ。
「マナ・エネルギー兵器まで」
口調はいつも通りの涼しいものではあったが、マナ・フィールドを虹色の光線で強打されたサブラは自分が相当に危険な状況にいることを察した。
元々は防御用火器として用意されたものの予想外に出力が高かったため攻撃用へと変更されたスペースビームと純粋な破壊手段であるフィンガーミサイルの弾幕の僅かな切れ目を縫い、サブラはまだSW社やDH社の戦車及び自走砲が少なからず回収されないまま残骸となって放置されているトビシマ・アイランド西側の戦場跡を滑走し始める。
サブラは白煙を残して自分を追い掛けてくるフィンガーミサイルを急機動で自滅に追い込み、進路を予想して放たれるスペースビームを角度を付けたマナ・フィールドの展開で受け流すようにして低空飛行を続けながらメカサブラに対抗できそうな重火器を探す。
「ありました。終わりです」
ヴェーザーシュタディオン戦争時にキャロライン・ダークホーム率いる民間軍事企業のクローンヴァルキリーによって運用されたであろうマナ・パルスランチャーを発見してすれ違いざまに拾い上げたサブラは緩やかな円を描いて着地するなり足を前後に大きく開き、砲口の先で微動だにしないメカサブラにその照準を合わせた。
「へぇ」
モニターの前でメカサブラと同じように左手を広げて中指で眼鏡を上げたボアズは愉悦で口元を緩めるだけで自慢の戦闘マシンに一切の回避機動を取らせない。むしろ彼はこれから起きるであろう喜ばしい光景を早くこの目で見たかった。
サブラが構えたマナ・パルスランチャーから爆発的なエネルギーが放出されて一直線にメカサブラへと向かっていく。しかし全身を鋼鉄の数倍の強度を持つスペースサブラニウムで覆い、更にそれをダイヤモンド・コーティングした戦闘マシンは戦車一台丸々消滅するレベルの光芒に巻き込まれても小さな傷一つその装甲に付けなかった。
「プラズマ・グレネイド、オンスタンバイ」
ボアズがスイッチを操作すると内部で先程受けたマナ・パルスランチャーの攻撃をプラズマ・エネルギーに変換中のメカサブラの腹部装甲が左右に展開した。
「ファイア!」
ボアズは軽やかな動作で発射ボタンを押す。直後、メカサブラの全身が青白く発光し開いた装甲の中にあった砲口から何十倍にも増幅されたエネルギー流が撃ち出される。
「――ッ」
サブラは反射的にマナ・フィールドを最大展開するが、彼女の視界だけではなくボアズのモニターすらもホワイトアウトさせるほどにメカサブラから放たれたプラズマ・エネルギーは膨大だった。踏み止まってエネルギーの潮流に耐えるサブラの周囲が抉られ、戦車や装甲車の残骸が跡形もなく光の中で溶解していく。
「これはグレン&グレンダ社の命令によるものですか?」
焼け野原の中でゆっくりと交差させて顔を守っていた両手を下ろすサブラから震え声で問われたボアズは「違う」と即座に否定した。
「今までもそうしてきたように、僕は自分が置かれた現状を変えるために行動している」
メカサブラは一旦青い腹部装甲を閉じ、右手を前に出して空へと飛び上がったサブラに対し三度フィンガーミサイルを放つ。
「技術者としての僕の矜持を酷く傷付け、誇りや名誉を奪ったのは他でもない君だ」
ボアズはモニターの中でサーカス然とした機動を繰り返しミサイルを回避し続けるサブラの姿を分厚い眼鏡のレンズ越しに裸眼では視力が〇・〇四しかない瞳で追った。
「怨恨ではない。愛でもない。そして誰に対するものなのかも正直わからない」
ボアズは幾筋もの白線――メカサブラの体内で無限に生産されるミサイル――に追われて空に大きく左に弧を描くサブラの予想進路を瞬時に計算し、手元のジョイスティックを操作してメカサブラの頭部を右上に向けさせた。
「でも僕は、この身を引き裂かれるような情念に突き動かされて今ここにいる」
スペースビームが赤い双眸から放たれ、その直線上にいたサブラが爆発に包まれる。
「一方的と笑ってもらって構わない」
両足の爪を地面に突き立てながら前進するメカサブラは背部飛行ユニットの機体上面を開き、そこに内臓されていた曲射弾道式の多目的誘導弾を地面に叩き付けられ、吐血しつつも激痛に耐えながらゆっくりと起き上がろうとするサブラに対して次々に発射した。
「愚行なのは億も承知!」
緩やかな曲線を描いた白煙がコルダイト火薬の臭気を切り裂いて四方八方から球体のように青いマナ・フィールドを展開したイスラエルの歯車に襲い掛かる。
「君にはわからない人間の感情だ!」
撃ち出されると外向きに一旦弧を描いてから目標への直進を始めるミサイルはまるで大振りのフックのように左右からサブラが展開した光壁を激しく殴打した。
「歯車の君にわかるはずがない!」
ボアズはモニターの中でミサイル攻撃に耐えながら歯を食い縛り、軍服に血の染みを作っているサブラを睨みつつ強い憎悪を込めて言い続ける。
「歯車の君にわかってもらおうとも思わない!」
マナ・フィールドで防がれているためミサイルがサブラに直撃することはない。だが、その衝撃や大音響は少しずつだが確実にサブラの肉体にダメージを与えていた。光壁の表面で炸裂が起きるたびに彼女の傷口がプロトタイプやヴァルキリー特有の超回復によって塞がる速度よりも速いペースで開き赤黒い血液を地面に滴らせていった。