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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 サブラクロニクルズ2
208/285

サブラ対メカサブラ 2

 一九五〇年八月二十日。

 およそ四十キロ離れたカモ自治区周辺をBFとしてシャローム学園とDRFLAが後に八月戦争と呼ばれる何ら生産性のない小規模武力衝突を繰り広げている一方、旧名飛島ことトビシマ・アイランドの砂浜にはアルカ各校の生徒達が束の間の休暇に訪れていた。

「感情の昂りがマナ・エネルギーの働きを活性化し、ヴァルキリーが持つ戦闘能力や治癒能力を大幅に向上させる?」

 アルカにおけるイスラエルの代理勢力であるシャローム学園に通うレア・アンシェルは燦々と降り注ぐ太陽の下でビーチベッドに横たわりながらモサドからの報告書に目を通す。

「眉唾ね」

 今はオリーブドラブの軍服ではなく控えめな水着に身を包む予備役のヴァルキリーは切れ長の目を細め、ショートカットの髪を揺らしてクリップ止めされた書類を捲った。

「で、サブラマンってなによこれ」

「道徳的にも社会的にも正当化されたイスラエルというユダヤ人国家のために戦う正義のヒーローが四十三年後の未来を舞台に宇宙怪獣と戦う特撮番組です」

 レアが再生紙を下げると、そこには書類に添付されていた写真の中で赤白の模様をスプレーペイントしたウィンドブレーカーを羽織り、ジーンズにスニーカー、軍手という格好で巨大なフナムシと格闘していた百七十センチはある長身の少女の姿があった。

「サブ……いいえS中佐、それグラビア用じゃない。もう少し大人しいのはなかったの?」

 ただ彫刻のように美しい六つに割れた腹筋や逞しい上腕二頭筋から海水を滴らせる長い黒髪の少女の健康的な肉体を今覆っているのは写真とは違って面積の少ない水着である。

「うわ……スゲェ……」

「雑誌によく載ってる人だろ、多分……」

 シニガミマガジン(注1)用の水着を纏っているS中佐――機密保持の観点からタスクフォース・ハヘブレを指揮するシャローム学園最強のヴァルキリーこと、サブラ・グリンゴールドと姉妹同然の関係にある人物と自称している将校――の強烈な水着姿を目にした休暇中の他校の男子生徒達は例外なく相次いで顔を真っ赤に変える。気まずそうに前屈みになって足早に海へと駆け込む者も少なくなかった。

「私の水着姿以上のものを普段見ているレアさんらしくない発言ですね」

 深い意味を持たせたような口振りでS中佐がそう言った直後、二人の近くでビーチベッドに横になっていたトランシルヴァニア学園の女子生徒達が飲んでいたヌカ・コーラを思い切り噴き出し、目を丸くしながらひそひそとハンガリー語で噂話を始める。

「アンタが素っ裸で家の中をほっつき歩いてるだけでしょ!」

 レアは額に青筋を浮かべてキブツ(注2)にある学生寮の一室で同居しているルームメイトを怒鳴りつけ、全く……と脂汗の滲む頭に手を当てた。

「まあいいわ。そうそう、アンタなら別に問題ないとは思うけど、休暇中とはいえ明後日には任務に戻るんだから変な男に引っ掛かったりしないでよね」

「ご心配なく。私はレアさんしか見ていませんので」

 度が入っているのか入っていないのか本人もよくわかっていない眼鏡のレンズ奥にある紫の双眸に妖しい光を湛えてS中佐はそう言う。

「だから変な誤解を招く発言はやめろっつーの!」

 生唾を飲み込んで二人の話に聞き耳を立てていたトランシルヴァニア学園の女子生徒達がひゃあああと声を上げて真っ赤になるのと、自分を百合の園の住人にしかねない同居人に対してレアが口から炎を吐くほどの勢いで怒りの声を発するのはほぼ同時だった。

「全くもうホントに……」

 戦闘時以外は人間産業廃棄物と言っても過言ではないS中佐……サブラの混沌とした言動に起因する頭痛を覚えながら浮き輪片手に海へ疾走し案の定波にさらわれる彼女を見送ったレアは、ふと視界の端に見覚えのある人物が映っていることに気付く。

「あの」

 ガリル自動小銃を背中側にスリングで掛けた状態でビーチベッドを離れたレアは所在なさげに白衣を纏って砂浜に立つ人物に声をかける。

「ボアズ・ムーヴァーマン博士ではありませんか?」

「あっ……」

「研修でお世話になったタスクフォース・ハヘブレのレア・アンシェル中尉です」

「ど、どうも。お久しぶりです、アンシェル中尉」

 シャローム学園の学生服の上に白衣を羽織り、眼鏡をかけた真面目そうな細見の少年と握手を交わしたレアはその相手が自分のことを覚えていないことを一瞬で見抜いたが、それが悪意によるものではなく、女性に慣れていないせいで水着姿のヴァルキリーの前で目のやり場に困っている彼なりの少しずれた気遣いであることを悟る。

「お久しぶりです」

 マリア・パステルナークほどではないが、シャローム学園のボアズ・ムーヴァーマンといえばアルカという小さな世界の中ではそこそこ有名な名前だった。健康面に問題を抱えた状態で生産されてしまった彼は国家間代理戦争の尖兵というプロトタイプ本来の役割には不適格だったが技術者としては特筆すべき存在で、何の支援もなく誰一人理解者がいない中で無人兵器開発に打ち込み、開始から僅か二年後にグレン&グレンダ社に逆輸入のような形でドローン(注3)を正式採用させる等の輝かしい実績を残していた。

「お元気そうで何よりです、博士」

 しかし実際のところレアはボアズの技術者としての功績よりも、自分の置かれた境遇に泣き言一つ漏らさず、ただひたすらに手を動かして汚名を返上し立場を得た彼の精神力や忍耐力に強い共感や敬意めいたものを感じていた。

「今日も研究の関係で?」

「うーん……まあ、そのあたりですね」

 ボアズはレアにどこかぎこちない笑みを返す。

「新しい研究のテストみたいなことがあるんです」

「なるほど」

 心に引っ掛かるものがあったがレアは小さく頷く。

「今日はS中佐も一緒なんです。ご紹介しますよ」

「サブ……失礼、S中佐がここに来ているのですか?」

「はい」

 レアが肯定した瞬間、ボアズの顔に深い闇が見え隠れしたことに彼女は気付かなかった。

「申し訳ありません。急用を思い出したので失礼します」

「えっ」

 ボアズは困惑するレアを一人残し、踵を返して足早に砂浜を立ち去ってしまう。

「相変わらず変な人ね。でも技術屋ってそういうものなのかしら」

 レアは先程生まれた心の引っ掛かりが疑念に変わっていく気がしたが、それは考え過ぎだと自分に言い聞かせてまたビーチベッドへと戻った。

 この疑念は、今から彼女にとって最悪の形で具現化することになる――。


 注1 アルカにおいて非合法に販売されているヴァルキリーのグラビア写真が掲載された月刊雑誌。シニガミ(死神)とはヴァルキリーの暗喩である。

 注2 学生寮や図書館等が立ち並ぶシャローム学園の生活共同体地区。

 注3 無人機を意味する。

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