サブラ対メカサブラ 1
私は戦士でも常人でもありません。国益のために回る歯車です。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
涼しげな声が脳内に響き渡った瞬間、かつてバタフライ・キャットと呼ばれたヴァルキリーは悲鳴を上げながら目覚め、逃げるようにして折り重なる腐肉の中から這い出した。
「……ッ」
黒いショートヘアの頭に猫耳然とした飾りを付けている少女は生まれたての小鹿宜しく床に這い蹲った直後、自分の体臭――つい先程まで埋もれていた死体の山から垂れた汁の耐え難い悪臭――で鼻腔の奥を突かれ、途端に激しく嘔吐し始める。
「何故だ!?」
胃の内容物を全て吐き出してしまった彼女は適度に筋肉が付き、胸元と股間だけを黒く小さいビキニめいた着衣で守っている女性的な丸みを帯びた褐色の肢体のあちこちにこびり付く腐った桃のように柔らかい肉片を引き剥がしながら半ばパニック状態で声を上げた。
「私は死んだ!」
燃え盛るモスクワ級航空巡洋艦の後部ヘリ甲板上で馬乗りになった相手から振り下ろされたソ連製AK47自動小銃の木製ストックが自分の顔面を叩き壊し、鼻骨や眼球を砕いて破裂させた悪夢のような感覚を彼女は覚えている。
「私は死んだはずだ!」
空しき抵抗を試みていた自分の顔面を潰し続けたせいで壊れて棒状になった木製ストックが喉に突き入れられ、肉や血管、神経をぶち抜いた。はっきりと思い出せる。
「死んだ……私は間違いなく死んだんだ……!」
しかし床の水溜りに浮かぶバタフライ・キャットの顔には傷一つなく、生前の端正さを保ったままだった。第四次ダイヤモンド戦争でアルカの歴史から退場したはずの人物は何度も手で自分の顔を触るが、そこにはしっかりとした輪郭や肌の張りが残っていた。
「シャローム学園のものだ」
定まらないバタフライ・キャットの青い双眸が足元に転がっていた鈍光を偶然捉える。
「何故ここに?」
Gringold 1946013
認識票に刻まれていたその名前を目にした直後、思わず全身を総毛立ててしまったバタフライ・キャットは背後を振り向きついさっき自分が這い出してきた死体の山を見直す。
「これは……」
そして彼女は絶句する。壁に荒っぽく描かれたグレン&グレンダ社のロゴの下に、数百体にも及ぶサブラ・グリンゴールドの死体が積み重ねられていたからだ。
「ここは……まさか……」
驚愕に目を見開くバタフライ・キャットの手から認識票が落ち、床に落ちていたサブラの眼鏡と衝突して小さい音を立てた。
「サブラの墓場……?」