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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 サブラクロニクルズ
201/285

PROMISE 5

 七時間十二分後。

「ごめん……サブラ……」

「申し訳ありません」

 ヴァルキリーから放たれた粒子ビームが手榴弾のピンを抜こうとするレアに迫ったその瞬間、彼女はどこからともなく聞こえてきた怜悧な声で鼓膜を叩かれた。

「まさかトンネルの出口がこのキブツだったとは予測できませんでした」

 突然鉛色の雲を切り裂いて急降下してきた前進翼を持つ飛行ユニットがレアを守る。

 まるで自らの意思を有しているかのようにレアの前で制止し、青いマナ・フィールドで迫り来る粒子ビームを防いだヴァルキリー用の背部飛行ユニットから左右に伸びる翼にはイスラエルの国籍マークと敵味方識別用の黄色い三角形が描かれていた。

「今まで私が敵兵一人を殺害するのに使用した弾丸は平均一・三九発です」

 涼しげな少女の声と共にグリムリーパーと呼ばれる米国製四連装ロケットランチャーや火炎放射器でカモ自治区内のキブツを攻撃していた別のヴァルキリーが七・六二mm弾で頭を撃ち抜かれ、即死して地面に落下していく。

「平均的なプロトタイプが敵一人を殺すにあたっておよそ五万発の弾丸を浪費しているにも関わらず、です」

 空を見上げるレアの弱々しい視線の遥か先で一人の少女がパラシュートすら付けずに落下していた。オリーブドラブの軍服に身を包み、そのズボンの膝部と捲った袖から覗く肘に黒いパットを装着した彼女は「ロベール!」と叫んでオープンフィンガーグローブで覆われた手を下に向ける。

 するとレアを守っていた飛行ユニットは右旋回しながら急上昇し、空中で勢いを付けて回転する少女へと突き進んだ。

「バズ2‐1、これより排除行動に移ります」

 空中で少女の背中とオーバーテクノロジーの背面部が正対した瞬間、磁石に引き寄せられるようにして彼女の背中から伸びた支持架の先に飛行ユニットが接合され、電撃めいたマナ・エネルギーの閃光が空に走った。

「ショー&ナイにいた奴だ!」

 DRFLAのヴァルキリー達はガリル自動小銃を連射しながら急降下してくる新手からの攻撃をマナ・フィールドで防ぎつつ、グレン&グレンダ社から提供された最新兵器の砲火を彼女に浴びせた。しかし汗ばんだ軍服の右胸と左胸にそれぞれ空挺徽章とシャローム学園海軍特殊部隊シャイエテット13の徽章を付け、左肩部に嵌めたベレー帽を風で靡かせつつ高度を落とす少女は青い粒子を振り撒きながら左右に高速回転して粒子ビームの光芒を易々と回避した。

「国家の国益を守るため、我々は時に民主的とは言えない手段を取る必要があります」

 そしてサブラ・グリンゴールドは振り向きもせず、ゆっくりと濃緑色のマナ・ローブをあちこち血で汚して瓦礫の中に倒れるレアの前に降り立つ。

「確かに我々が行う任務の中では善悪の境界線が曖昧になることがあります。だからこそ我々は最高の人間性を備えた存在でなければなりません」

 眼鏡のレンズ奥で紫色をしたサブラの瞳が冷たい輝きを放った。

「最も汚れた行為は、私のような最も高潔な人間によって行われるべきなのです」

「ユダヤ人が最も高潔な人間だと? 冗談も大概にしろ!」

 眼前に立ち塞がった少女の言葉を受けてDRFLAのヴァルキリー達は失笑し、背部飛行ユニットのジェット戦闘機じみたノズルから青い粒子を噴射して突進するサブラに向けて各々が手にした強力なマナ・エネルギー兵器の砲火を浴びせる。

「お前達イスラエルがグリャーズヌイ特別区で何をしたか思い出してみろ!」

「貴方が何を仰っているのか全く理解できません」

 自分に対して次々に襲い掛かる図太い粒子ビームを左右に回避したサブラはならばと彼女の動きを読んで放たれたヴァルキリー達からの一射を前進しながら左手で薙ぎ払い、

「貴方は昨年行われた第四次ダイヤモンド戦争中、私達イスラエルがグリャーズヌイ特別区で女性や子供を問わず皆殺しにしたことや」

 次に迫ってきた潮流を縦方向に右手を倒して切り裂いた。

「自作自演でアンゴラのダイヤモンド採掘権を手に入れたことを非難したいようですが、それらは私の預かり知らないことです」

「預かりっ……」

 サブラは高速でヴァルキリーのすぐ横を通り抜け、まるで背中に目があるかのような動きで上昇しながら浴びせられる粒子ビームを右へ左へと素通りさせていく。

「しかし、その二つ例え事実だったとしても残念だとは思いません」

 次に彼女は回転して地面に頭を向けると自分の目の前に疑似的な地面として展開させたマナ・フィールドを蹴り上げて急降下した。再度すれ違う瞬間、サブラは全く予想外の事態に対応の遅れたヴァルキリーの頭をガリル自動小銃から放った一発の七・六二mm弾で吹き飛ばした。脳漿が四散し、顎から上が消滅した体が力なく崩れ落ちる。

「よくも他人事のようにそう言える!」

 なおも浴びせられる粒子ビームの中、敵の前面に降り立ったサブラは左足を前に出し、右足を下げる形で股を開き、少し前屈みになってイスラエル製の自動小銃を構えた。

「言えます。何故なら私は、第三者的な視点から見れば正常な存在ではないからです」

 乾いた銃声――左手で木製ハンドガードを保持し、右手で黒いグリップを握るサブラの肩が真後ろの方向への反動で小刻みに揺られる。

「製造された時点で既に正常ではない私は言わば生まれついての攻撃的社会病質者、所謂ソシオパスのようなものです」

 相次いで撃ち出された七・六二mm弾が煙を上げてカートリッジを吐き出したマナ・パルスライフルの機関部に食い込み、グレン&グレンダ社のみがその製造やメンテナンスを行うことができる内部機構を徹底的に破壊していく。

「私は私以外の九十八%が有している有意義な内面世界を持ち合わせていませんし、疑似的にしか他者の感情を想像もしくは理解することができません」

 ヴァルキリーが間一髪で得物の爆発から逃れるのと同時にサブラは飛び上がり、彼女を中心に半円を描くようにして飛行しながら銃撃を浴びせていく。濃緑色のマナ・ローブで覆われたヴァルキリーの腹部や足に銃弾が食い込み、上ずった悲鳴と共に赤黒い滴を相変わらずコルダイト火薬臭い地面に飛び散らせる。

「私には自責の念や罪の意識、羞恥心も欠けています。しかしそれは、アルカという国家同士が国益のため戦う永久戦争地帯では極めて有利に働きます」

 そしてサブラは滑り込むようにして膝から着地、すぐに立ち上がって地面を横方向に滑走しながらガリル自動小銃を連射した。

「私の善悪の判断は私を製造したイスラエルという道徳的にも社会的にも正当化されたユダヤ人国家の規範や目的に準じています」

 血と涙を流しながら拳銃でシャローム学園の戦乙女を追うヴァルキリーとは対照的に、彼女の体に幾つもの穴を穿った張本人は冷静な口調と態度を崩さない。

「私は常に冷静ですし、私以外の九十八%がパニックに陥った場合でも冷静な判断を下すことができます。それは即ち極限状態での生存に有利なことを意味します」

 サブラは青い耐電テープでそれぞれ反対側を向けて縛り付けたガリル自動小銃の二十五発入りマガジンを素早い動作で新しいものに切り替える。

「貴方は私のことを異常者だとお思いになっているようですが、自分の感情を殺しその職分を果たす人間は一流の外科医として、或いは一流の企業経営者として大きく社会に貢献しています。そして何よりこのアルカという場所では、自分に国家の歯車以外の生き方があると考え、殺人に罪悪感を覚えるような人物こそ唾棄すべき異常者なのです」

 続いて銃を左に倒し、本体右側のチャージングハンドルを思い切り引いて新しい弾丸を薬室に送り込んだ。

「牧羊犬が羊の群に牙を剥くことがないように、私もまた自らの高い攻撃性を濫用したり誤った方向に向けることは決してありません」

「イスラエルなんて国は砂漠の真ん中に生えた小木に過ぎないのに!」

「そうなると貴方は木に集る小うるさい蠅ですね」

 物心両面の激しい暴力行為を受けて自棄を起こしたヴァルキリーが拳銃を乱射する醜態を目にしてもサブラの眉間には皺一つ寄らない。単に『眼前の敵は追い込まれている』という事実のみがガリル自動小銃を撃ち続ける彼女の中で処理される。

 殺せ――と。

「バズ2‐1、目標を除去します」

 ガリル自動小銃を投げ捨てたサブラは腰から抜いたカランビットナイフを両手に持ち、地面を蹴って九mm弾を浴びせてくるヴァルキリーに肉薄、その湾曲した刃を振るう。

「死……」

 赤黒い尾を引いて付け根から切り離された両腕が地面に落ちた。

「死ぬ……ッ」

 そして鳩尾に膝蹴りを受け、嘔吐しながら膝立ちになったヴァルキリーの後ろ髪を左手で掴み、頭を上げさせて震える喉に右手で持った刃を突き立てる。

「私は何百回と死を経験しています。私にとって死は終わりではありません」

 鋭利な先端部で貫かれた皮膚の間から生暖かい鮮血が噴き出す。サブラの眼鏡や白い肌、汗染みの浮かんだオリーブドラブの軍服が急速に汚れていった。

「それは私が他の九十八%と異なる理由の一つです」

 しかし当のサブラ本人の瞳には、いつもと同じ冷たい光が宿っているだけだった。

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