PROMISE 4
アルカに校舎を構える学園の中でシャローム学園ほど不利な条件下にある勢力はない。背後に広がるブラッド・シー(注4)と山に挟まれた狭く小さい空間は純粋な軍事攻撃のみならず、土砂崩れや津波といった自然災害にも非常に弱いからだ。
「サカタグラードからこのカモ自治区に向けて二十二キロに及ぶ長大なトンネルが伸びています。同市に潜伏中の工作員からの情報によりますと、先週ショー&ナイ・エアベースにおいて我が国の航空機を攻撃したDRFLA――アルカ解放のための民主的改革運動を自称する組織はこのトンネルを南下して現在我が校に向かっているとのことです」
「その情報は確かなのか?」
大小様々な弾痕が生々しく残っているシャローム学園校舎内のとある教室でモサド工作員達が会話を交えている。情報収集だけでなく要人誘拐や暗殺にも長けた彼らが身を置く諜報機関の存在こそ、イスラエルがアルカに校舎を構えてから今日に至るまでの二年間カモ自治区を守り抜くことができた要因の一つであった。
「複数の情報を擦り合わせた結果、X生徒会は確かであるとの判断を下しました」
サッカーボールにヘルメットとサングラス、シュマグを被せた狙撃兵対策用の棒付きダミー頭を窓際に立てながらサブラ・グリンゴールドが問いを投げ掛けてきたモサド工作員に答える。しかし部屋にいる別の工作員達は彼女の言葉を受けて皆一様に眉を顰めた。
「敵の到着予定時刻は?」
「四時間後です」
「参ったな。部隊は全てBF(注5)に出払っているというのに」
「ならば攻撃させてしまいましょう。これはチャンスです」
床に七・六二mm弾の空薬莢が幾つも転がり、ドアに戦車の黒いシルエットが描かれた識別表が貼られている教室内でサブラは形の良い顎に手をあてた。
「情報によりますとトンネル内を南下しているのは数名のヴァルキリーであり、その程度の戦力では学園施設の一部に損害を与えることはできてもカモ自治区の全面破壊を行うのは不可能だと考えます。加えて我々は仮に攻撃を受けた場合、微々たる損害と少数の犠牲だけで『攻撃を受けた』という得難い事実と今後の反撃や破壊工作、軍事作戦を行う大義名分を手に入れることができます」
ブラック・クリアランス――最高レベルの秘密情報取扱いや閲覧が特別に許可され、シャローム学園生徒会やイスラエル政府よりも高位な機関の会議にも身分証なしで同席できる――の権限を持つ彼女は平然とそう言う。
「グリンゴールド中佐、確かに君の言っていることは理解できる」
「だがそれは、例えプロトタイプであっても救える命を見殺しにするということだ」
モサド工作員達はサブラの発言に不快感を露にする。
「我々にそのようなことをさせるのはトンネルを作り、武器をテロリストに提供したグレン&グレンダ社です。我々には一切責任がありません」
しかし他人どころか自分自身の命にさえ大した関心を有していないヴァルキリーは淡々とした様子で続けた。
「グレン&グレンダ社は我々ユダヤ人が二千年かけても支配できなかったこの世界を僅か五十年で征服してしまいました」
そしてサブラは他人事のように言い放つ。
「今から我が校の生徒が殺される理由は私達の黙認ではありません。まだカモ自治区に残っている少数の生徒達は、自分達の価値観こそ唯一無二のものだと無意識のうちに信じ込んでいるグレン&グレンダ社が生み出した歪みによってその尊い命を奪われるのです」
注4 旧名日本海。アルカの北西側に広がる海洋。
注5 アルカで代理戦争が行われる場所、通称バトルフィールドの略称。