PROMISE 2
七時間十二分前。
アルカにおけるイスラエルの代理勢力シャローム学園の生活共同体地区キブツはかつてこの場所が山形県と呼ばれていた頃から全く変わらない夏の陽気に晒されていた。
「皆さんおはようございます」
噎せ返るような暑さに包まれたその一角でシャローム学園の男子生徒が出稼ぎに来ているフィリピン人達の前で挨拶する。
「今日は皆さんに不審者とそうでない生徒を見分ける方法をお教えします」
一九四八年五月十四日の学園建設に合わせて他校から『転校』してきたプロトタイプの言葉を耳にするなり、英語を話すためシャローム学園の生徒達とのコミュニケーションが取りやすく、加えて献身的に働くフィリピン人達はすぐにメモ帳を取り出す。
「一つ。顔色が悪く、明らかにアクセントのおかしい言葉遣いをする奴」
丁寧な口調で話す日焼けした男子生徒の後方で、牛乳瓶の底のように分厚い眼鏡をかけた背の高い女子生徒が汗びっしょりになりながら「トイレェーット! トイレェーットはどこでありますかー!」と唐突に叫んだのはその時だ。
「二つ。息が浅く、場違いな服装をしている奴」
ヘブライ語訛りの英語でそう言った男子生徒の背中側ではTシャツの裾をジャージのズボンに入れた先程の女子生徒が荒い呼吸を繰り返しつつデュフフ、コポォと奇怪な笑い声を上げながらまるでダヴィド・ベン=グリオン(注1)のように堂々とキブツを闊歩する犬に「いやぁトイレに行きたかったんでありますよー。サイェレット・マトカルならぬトイレェット・ドコカナ……なーんつって」と話しかけている。
「あの、すみません」
とうとう学園の負担で国民健康保険に加入している勤勉なフィリピン人の一人が手を上げた。そして肩にスリングで鹵獲品のAK47自動小銃を掛けた男子生徒から「何でしょう?」と言われた彼は恐る恐る犬に追い掛け回される女子生徒を指さす。
「あそこに不審者がいます」
注1 イスラエルの初代首相。