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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 サブラクロニクルズ
195/285

HOMECOMING 4

「バリアント2‐3、ライフル! ライフル!」

 背部飛行ユニットから伸びる両翼に国籍マークのない所属不明のヴァルキリー達がサーチライトで照らし出された夜のショー&ナイ・エアベースに向けて肩のレイルからミサイルを発射する。その目標は駐機中のエル・アル航空機だった。

「ミサイルを落とせ! 一発でも当てられたら大参事になるぞ!」

 庄内空港という防衛目標の旧名を知らないガーランド・ハイスクールのヴァルキリー達は銃撃や自らのマナ・フィールドでミサイルを次々に破壊していく。

「バリアント2‐1より各員、ミサイルの誘導方式を切り替えろ」

「了解」

 しかし、一定数が破壊されてからのミサイルはまるで単なる誘導弾ではなく自らの意思を有しているかのような――それこそ、発射した所属不明のヴァルキリーが自分で制御しているかの如く――機動で迫り来る弾丸を易々と回避し、まだイスラエルからの物資を搬出している最中の輸送機へと吸い込まれていく。

「クソ! 抜かれたぞ!」

 ガーランド・ハイスクールのヴァルキリー達は何とか全てのミサイルを撃墜するが、ヴァルキリーそのものの突破を許してしまう。

「独善でアルカを滅茶苦茶にした守銭奴共が!」

 所属不明のヴァルキリーは今まさに離陸せんとしていたエル・アル航空機のコックピットにM1バズーカを向ける。しかし砲口からロケット弾が撃ち出されるよりも早く彼女の頭は四散し、輸送機のキャノピーを血で真っ赤に汚した。

「バズ2‐1よりレッドライダー、これより排除行動に移ります」

「了解バズ2‐1、神のご加護を」

 たった今一人の戦乙女を葬ったサブラ・グリンゴールドは青い粒子を放出しつつ滞空しながらFACとの短いやり取りを済ませ、自分の背後で離陸していくエル・アル航空機をなおも襲わんと試みる三体のヴァルキリーとの交錯進路を取る。

「目標を除去します」

 そして全校共通のフォーマットである濃緑色のマナ・ローブを纏った正体不明の敵と違ってオリーブドラブの軍服に身を包み、その上に南アフリカ共和国製チェストリグを装備したサブラは手にしたガリル自動小銃の銃口を彼女達へと向け、機械的な動作でそのトリガーを引き、今まで何百回とそうしてきたように過酷なギブシュ(注3)で身に付けたバラス・フレデリック・スキナーのオペラント条件付けを最も残酷な形で実行した。

「私は精神科医が言うところの『生まれた時点で既に殺人に対する嫌悪感や抵抗感が完全に欠落している例外的な二%』なのです」

 一人目のヴァルキリーが右手を付け根から吹き飛ばされ、次に頭部そのものを失う。

「戦闘用に調整されていながらも休まずに戦い続けるとBFでのストレスや殺人への罪悪感によって精神に異常を来たす残り九十八%とは異なります」

 夜空を舞うサブラは腰から伸びる支持架に装着された飛行ユニットから左右に延びる、イスラエルの国籍マークと敵味方識別用の黄色い三角形が描かれた前進翼を翻しながら考えるよりも早く木製ハンドガードを掴んでガリル自動小銃の銃口を動かし、黒いアイアンサイトの中央に敵の頭部を合わせた。

 これもまた何百回何千回と繰り返してきた訓練と全く同じだった。

 七・六二mm弾によって合成樹脂製の疑似頭が貫かれ、反対側からケチャップまみれの千切りキャベツが猛烈な勢いで飛び散る――。

「また私はBFにおいて戦う相手を基本的に自分と同じ存在とは認識していません。私が銃口を向けるのは『人間の言葉を話し、撃てば血を流す人間に似た何か』です」

 一点だけ訓練と異なるのは、今ここで撃たれたのは本物の人間に極めて近い存在の頭で、飛び散ったのもキャベツではなく肉と骨片混じりの脳漿であるということだった。

「身近であればあるほど、自分達と姿が似ていれば似ているほど、殺す側は殺される側と同一化しやすい。それは敵を殺せなくなることを意味します」

 二人目のヴァルキリーを撃破したサブラは左手にカランビットナイフを逆手に持ち、目にも止まらぬ速さで空を駆け抜けていく。そのまま高速で左回転しながら突進、相手が銃を持って突き出していた右腕を斬り落として背後に回り込む。

「しかし殺される側は自分達と同一の存在ではなく、明確に自分達と違う存在だと認識できれば、同族殺しへの本能的な抵抗感は霧散します」

 そして相手が振り向いたと同時にガリル自動小銃の一撃で頭を血の霧へと変えた。

「つまり私が優秀たる所以は相手よりも早く撃つことができるところにあるのです」

 その時である。

「粒子ビームですね」

 突然、サブラの左側から彼女が口にした通りのものが迫ってくる。サブラは反射的に展開した円形状のマナ・フィールドでそれを弾いた。今は結われていない黒く艶のある長髪が微震し、広がった幾筋もの輝きが光の壁の上を走る。

「ユダヤ人はただの屑に過ぎない。だが人類全体の脅威なんだ!」

 右手に大型のマナ・パルスランチャーを装備したヴァルキリーが夥しい量の青い粒子を振り撒きつつ左右に急機動を行いながら近付いてくる。

「そしてユダヤ人を絶滅させないと世界そのものが敗北してしまう!」

「先程の新型ミサイル……そしてこのクラスのマナ・エネルギー兵器。やはりモサドの情報通りですね」

「グレン&グレンダ社は世界に平和を与えようとした。だがお前達はどうだ! 自分達のことばかり考えて!」

「少なくとも私が人間と認識しているのは自分達ユダヤ人のみです」

 恐らくはグレン&グレンダ社の息がかかっているであろうヴァルキリーに冷ややかな視線を浴びせつつ、サブラは迫り来る粒子ビームを回転しながら易々と回避する。

「それ以外はユダヤ人以外のその他大勢に過ぎません」

「そんな考えで世界が平和になるものか!」

「少なくともユダヤ人にとっては限りなく平和に近い世界になります」

 夜空を進むサブラは再び迫ってきた幾筋もの粒子ビームを難なく回避し、空中で一回転し頭を下に向けつつガリル自動小銃を発砲した。矢継ぎ早の射撃で放たれた四発の七・六二mm弾がマナ・パルスライフルの機関部を撃ち抜き、爆発に追い込む。

「何故なら複数の無責任な理想主義が対立関係を生むからです」

 軍服の襟の周りに汗の輪を作ったサブラは空中に静止したまま、使い物にならなくなった得物を潔く投げ捨てて突っ込んでくる敵ヴァルキリーの進路を予測して銃撃を浴びせる。それでもヴァルキリーはマナ・フィールドで銃弾を弾きながら肉薄してきた。

「それを防ぐためにはイスラエルやユダヤ人と敵対、もしくは敵対する可能性のある全ての存在を予め排除するか、自分達の絶対的な管理下に置くことが必要です」

「そんなことをしてみろ!」

 眼前にまで距離を詰めてきたヴァルキリーが横薙ぎの鉈の一閃を浴びせてくる。サブラはそれをガリル自動小銃の木製ハンドガードで瞬時に受け止めた。

「ユダヤ人から一方的に敵というレッテルを貼られた人々は理不尽な暴虐の中で憎悪を募らせ、間違いなくお前達への復讐を誓うぞ!」

「例え憎悪を募らせ、復讐を誓ったところでそれらの有象無象が我々に勝てるとは到底思えません」

「勝つか負けるかは重要じゃない。憎悪の捌け口を求め、復讐を誓った者達はどれだけの敗北と犠牲を重ねようともイスラエルを攻撃し続けるだろう!」

「その可能性もあるでしょう。しかし私は自分のことをイスラエルという道徳的にも社会的にも正当化されたユダヤ人国家の歯車と認識しています」

 ヴァルキリーが激昂していく一方でサブラは涼しげな表情を崩さないまま鉈の連撃を回避し、本来近接戦用の武器ではないイスラエル製の小火器で受け止め続ける。

「歯車は自分では考えません」

 ガリル自動小銃の金属部品に刃が激突するたび重低音が鳴り響き、緋色の火花が散る。

「仮に私のせいでどこかの民族がイスラエルに対して明日なき武力闘争を挑み、その薫陶を受けた子供がテルアビブの中心部で自爆しても、それは私の責任ではありません」

「では誰の――」

「それは私にそうしろと命令したイスラエルやユダヤ人達の責任です」

 サブラは空いている左手でカランビットナイフを腰の鞘から抜き取り、鍔迫り合いに意識を向けていたヴァルキリーに対して奇襲めいた鋭い斬撃を浴びせる。

「化け物が!」

 ヴァルキリーの左腕が切り離されて赤黒い血液が飛び散ったが、当の本人は激痛に顔を歪めただけで構わずに右手でもう一本の鉈を振り上げた。

「そうやって思考を止めて心も殺しているから、平気でそんな戯言を言えるんだ!」

「思考を止めれば苦しまずに済みます。そして心を殺せば幾らでも戦えます」

 しかしサブラはガリル自動小銃のマガジンの付け根でその欠けた刃をまたも受け止める。

「貴方は私を化け物と言いますが、事実上のテロリストである貴方は言わば社会通念上の怪物と言える存在です」

「正当な理由を持って立ち上がった人間をテロリストとは呼べないだろうに!」

「それは貴方の主観であり社会通念そのものではありません。私の主観と社会通念上における貴方は単なるテロリスト……つまり排除されるべき化け物です」

「詭弁を!」

 一旦距離を取ったヴァルキリーが余裕綽々の様子でチェストリグから新しいマガジンを引き抜くサブラに迫ろうとしたとき、眩い日光が彼女の視界を覆い尽した。

「こちらサンディ・リード。天孫降臨のお時間だ」

 そしてサブラの背後から数機のA‐1スカイレーダー攻撃機が現れ、ショー&ナイ・エアベースに展開中のヴァルキリーを爆撃していく。

「こちらバジャー2‐1! いいわよ! もっとやって!」

 地上ではナパームの業火に包まれるどこの馬の骨とも知れないヴァルキリーの姿を見て苦戦を強いられていたガーランド・ハイスクールの生徒達が大歓声を上げ始めた。

「頃合いか……みんな撤退しろ!」

 一方、部下達に撤退命令を出したヴァルキリーはフラッシュバン(注4)を投擲して一瞬だけ視界を奪われたサブラにしがみ付く。そしてマナ・ローブに吊り下げた手榴弾のピンに人差し指をかけた。

「イスラエルのヴァルキリー、仲間達の脱出を見逃せ。この手榴弾一つでもお互い吹き飛ぶぐらいの威力はあるはずだ」

「では今すぐ自爆なさってください」

 サブラは顔色一つ変えずにそう言う。

「もしも貴方が本当に仲間を逃がしたいと思うのなら、すぐに自爆するべきでした」

「なっ……」

 自分の命が失われるかもしれない状況にも関わらずサブラは顔色一つ変えない――その恐るべき事実は、彼女の眼鏡の奥にある紫色をした双眸から伸びる冷たい視線以上にヴァルキリーの心胆を寒からしめた。

「しかし貴方にはそれができなかった。つまりそれは、プロトタイプとしての貴方の限界を意味しています」

 先に手榴弾のピンを抜いたのはサブラの方だった。

「失うものへの躊躇、現世への未練。本来、国家の国益のため使い潰されるプロトタイプには全く必要のない感情です」

 自分のチェストリグに吊下された手榴弾にピンを戻しつつサブラは言う。そして彼女は背を向けて離脱しようとするヴァルキリーの後頭部にガリル自動小銃の狙いを定めた。

「しかし私にそのような感情はありません」

 トリガーに触れる彼女の汗で生温かく湿った人差し指に力が込められる。

「何度も言うように、私は単なる歯車に過ぎないのですから」

 あとはいつも通りの事象が黒い銃口の先で起きた。


 注3 シャローム学園のヴァルキリー選抜過程。

 注4 閃光手榴弾。

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