第三章4
低く立ち込めた鉛色の空から粘付くような小雨が降るサカタグラードではアルカ始まって以来の激しい市街戦が続いていた。
今や戦争の構図はマリア派のヴォルクグラード人民学園生徒と、マリア派の殲滅という共通の目的で結託したロイヤリストと第三十二大隊が銃火を交えるものへと変わっている。
つい一週間前まで民族紛争めいた殺戮劇を繰り広げていたマリア派の一般生徒とヴァルキリーは、『生存』というこちらも共通の理由で結託し共に肩を並べて戦っている有様だった。敵の敵は味方、昨日の敵は今日の味方、そして今日の味方は昨日の敵であった。
「周囲を警戒して進め!」
砲撃でボロボロになった舗装道路をロイヤリストのT‐34/85中戦車が進み、路上に散乱する燃え残った軍用車両や戦闘機の残骸を随伴歩兵が先行して検めた。
「酷いことしやがる……チェキストのクソ野郎共め」
一人のロイヤリスト兵が不気味に折れて道路に転がる電信柱の陰に不幸にも捕虜となった後、生きたまま目玉を刳り貫かれて舌を切断された仲間の死体を見つけた。
「来たぞ。やれ」
大小様々な弾痕が痘痕のように残る物資集積所の窓からマリア派兵士が静かにM1バズーカの砲身を出し、斜め上方から戦車の砲塔に向けて六十ミリロケット弾を発射する。直撃を受けた戦車の砲塔がびっくり箱のように爆煙に押し上げられて宙に舞い上がった。
「待ち伏せだ!」
すぐに至る所からマリア派兵士が飛び出してきて発砲してきた。
「給弾不良!」
先行していたロイヤリスト兵が叫び、後続の味方が「戻って来い!」と応える。
「援護射撃!」
狙いを定めず、マリア派兵士がいそうな場所にロイヤリスト兵達はドラムマガジンが付いたトンプソンM1928短機関銃で火力のありったけを注ぎ込んだ。
「すまない!」
敵が頭を下げているうちに合流を果たしたロイヤリスト兵が半自動小銃の弾詰まりを解消し、仲間がチェストリグから引き抜いたマガジンを受け取って再装填する。
「よう、戦友」
一人のロイヤリスト兵の肩がポンと叩かれ、振り向くとそこには頼りになる仲間――リザード迷彩を着用し、迷彩ネットで覆われたドイツ製のフリッツヘルメットを被った第三十二大隊の兵士達がいた。勿論顔はバラクラバとゴーグルで完全に隠されている。
「おう」
ロイヤリスト兵が親指を立てると、第三十二大隊の兵士は「状況はどうだ」と問うた。
「機関銃陣地があって前進できない」
「よし、こいつを投げろ。俺達のヘリが掃射してくれる」
「恩に着る。ありがとよ」
ロイヤリスト兵は第三十二大隊の兵士が肩を叩いて渡したスモークグレネードのピンを抜くと、マリア派兵士達が激烈に抵抗する物資集積所目掛けて投擲した。
円筒の先から赤い煙が勢い良く噴き出し、すぐにシャークマウスと呼ばれる鮫のペイントを機首に施したFa223ドラッヘが飛来した。ヘリは滞空しながら機体の左右に伸びるスタブウィングに吊下されたミニガンとロケット弾を物資集積所に叩き込む。土嚢が勢い良く裂け、爆発で打ち砕かれたDP28軽機関銃が宙を舞った。
「いいぞ! もっとやれ!」
ミニガンから滝のように放出される熱い空薬莢の雨を浴びながらロイヤリスト兵は滞空するヘリに指示を出す。
全身に破片を浴びてのた打ち回るマリア派兵士達に向けて再度の攻撃が行われた。街路樹から爆発同然の形で樹皮が飛び散り、傍らを這っていた兵士が血飛沫に包まれて立ち昇る湯気へと変わる。ヘリが行ったのは戦闘ではなく一方的な大虐殺だった。
「突撃要員来い! 突撃要員来い!」
折り畳み式のストックとピストルクリップが付いたM1カービンの空挺部隊仕様、M1A1カービンを持ったロイヤリスト兵の将校が叫ぶ。
「突撃目標! 前方の物資集積所! 行くぞ!」
「Урааааааааааааааааааааааааааааааааааа!」
大声で叫びながらロイヤリスト兵達は物陰を飛び出すが、その矢先に一人が撃たれて勢い良く滑り転んだ。木っ端微塵に四散した仲間の血と脳漿にまみれながら、なおも悪鬼となってTKB‐408自動小銃を連射するマリア派兵士がいたのだ。
また一人ロイヤリスト兵が撃たれた。まるで最初から付いていなかったかのように首から上がなくなった肉体が湿った音を立てて地面に崩れ落ちる。更に一人が撃たれ、背中に二つの大穴を開け、脊椎の骨片を剥き出しにして倒れた。
「来い! 来やがれ! お前らみんなぶっ殺してやる!」
目を血走らせてマリア派兵士は叫び、弾切れになったマガジンを捨てて別のそれを取り出すため血の滲んだチェストリグに指の欠けている手を伸ばす。
待っていたかのようにソ連製のものではない乾いた銃声が響いた。
「殺されるのなんか怖くねぇ! 来い! 俺は――」
マリア派兵士の胸にバットで殴られたような衝撃が走った。胸に視線を降ろすと、そこには黒々とした穴が穿たれ血が流れ出していた。
「タンゴダウン」
敵を倒したことを伝える狙撃兵――第三十二大隊のナンバー2であるエーリヒ・シュヴァンクマイエルの声を無線機越しに聞いたロイヤリスト兵が物陰から身を乗り出してみると、そこにはつい数秒前まで叫んでいた敵兵が血の海の中に倒れていた。
「誰だか知らないがドイツ人、恩に着る!」
それから少ししてマリア派の物資集積所は陥落した。ここを始め、マリア派の重要目標は第三十二大隊とロイヤリスト側に完全に把握されていたのだ。
皮肉なことに、その下地作りを行った諜報員達はかつてマリアが迫害してきた旧人民生徒会派の生徒達でメンバーの大多数が構成されていた。