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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 RAID ON FINAL FRONT 1950
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第三章10

 生暖かい風によってソノカの周りを煙が流れていく。腐敗が進む死骸の刺激臭と溶けるプラスチックから出る煙で、鼻の穴がひりひりしてくる。

「あら! チョールヌイじゃない!」

 地面に倒れていたキャロラインが久々に会う妹を見つけた姉のような笑顔で立ち上がる。

「С нами Бог(神は我等と偕にす)」

 MP44自動小銃を投げ捨てたソノカは険しい表情でチェストリグからスタングレネードを取り出し、ピンを抜くとキャロラインへ向けて蹴り飛ばす。一度の大音響と閃光を放つタイプではなく、ナインバンガーと呼ばれる連続した閃光を短時間のうちに放つものだった。

 矢継ぎ早の閃光で視界を奪われたキャロラインの下腹部にソノカの右膝がめり込む。衝撃と共にキャロラインの口から血の飛沫が勢い良く飛び散った。

 同じタイミングで二人の手がお互いの首根っこを後ろから鷲掴みにした。そしてこれまた同じタイミングでお互いの頬に拳をめり込ませる。

 赤熱化した鉄柱を叩きつけられたような、重さと痛みを伴った感覚がソノカとキャロライン両方の頬に走る。

 一発殴られて、もう一発殴る。

 また殴られて、殴り返す。

 二人は青い粒子を背部ユニットから撒き散らして殴りあった。身体は大量の汗で濡れ、一挙手一投足のたびに滴が周囲に撒き散らされた。

 ソノカの大振りの右フックがキャロラインのテンプルに命中すると、彼女は後方に仰け反りながら両手を広げた。意識が飛んだらしい。

 ソノカは距離を詰めて組み付き、両手を相手の背中の後ろで締めた。そのまま足を掛けて押し倒そうとするが、上背のあるキャロラインは踏ん張って倒されるのを防ぐ。

 僅かな時間で意識を取り戻したキャロラインは長い両手を伸ばしてソノカの首をホールドすると、今度は顔面目掛けて膝蹴りを何発も何発も打ち上げてきた。ずしりと骨に響く一撃が何度もソノカの頭蓋骨を震わせる。お返しとばかりにソノカは連続してアッパーをキャロラインの顎へと叩き込む。

 アッパーを嫌がったキャロラインは一旦距離を置き、今度は全体重を乗せ、上半身が丸ごと襲い掛かるような右フックを繰り出した。顔面に直撃を受けて仰け反りながらもソノカはアッパーを返してキャロラインの顎を打ち抜く。

 ダメージを受けながらもキャロラインの攻撃は止まず、次に左上方にまたも全身をスウィングするフックを繰り出す。肉の激突する音と共にソノカの右頬が殴られ、顔面が強制的に左方向へと向けられる。

 ソノカが飛び膝の要領で突き出したカウンターの膝蹴りが前に出たキャロラインの胸部を激しく打つ。胃液交じりの唾液を口端から垂れ流しながら、キャロラインは左方向に一回転してのバックハンドブローをソノカに見舞おうとする。

「――ッ!」

 キャロラインの右の拳の小指側に肉の激突する感触が走らない。代わりに太腿の裏に強い圧力が掛けられた。

 タックルを仕掛けたソノカは押し倒されたキャロラインの上を取り、荒々しくパンチを落としていく。だがキャロラインはソノカの両手を掴んでパンチを封じる。

 ソノカが強引に腕のロックを外してパンチを打ち込もうとすると、キャロラインは両足を上げて三角締めの体勢に移行した。そのまま足をロックしようとするが、ソノカは強引に立ち上がり、パワーボムの形でキャロラインを地面に叩き付けた。

 パワーボムを食らってもキャロラインは平然と立ち上がり、追って立ち上がろうとしたソノカの首を掴んで膝蹴りを見舞う。ソノカの目尻が切れ、血が流れ出す。鎖骨も膝蹴りで折られた。

 四つんばいになったソノカの頭部を固定し、キャロラインは膝蹴りを連打、背中に肘打ちを見舞う。キャロラインの出血が酷くなってソノカの背中を汚す。

 膝蹴りだけでなくパンチもキャロラインは自分の股下にあるソノカの顔面にコツコツと入れていく。

 三十発程殴ったところでキャロラインは口元を歪め、ソノカの首のロックを外す。ソノカは前のめりにゆっくりと地面に伸びてしまう。

「もう終わり? 字幕スーパーが必要なドイツ語で何か言いなさいよ!」

 キャロラインは『台本通り』の台詞を口にしながら、ソノカの頭部にサッカーボールキックを入れる。

「アンタ達と揉め始めてからずっと私は退屈な書類整理に追われてきたわ! おかげで私の紙飛行機コレクションがますます増えてしまった!」

 もう一発サッカーボールキックを入れる。

「アンタ達はちっとも凄くないわ。エーリヒ・シュヴァンクマイエルはお子様ランチのオマケみたいなもの!」

 今度は頭部へのストンピング。ソノカの顔面が地面に埋まり、踏みつけのたびに手足がビクンと跳ねる。

「ノエル・フォルテンマイヤーはトカゲとヤりすぎて爬虫類になりかけてるズーフィリア(獣姦狂)よ!」

 そこまでやって、キャロラインは一度離れて深呼吸し、髪を掻く。

「あるとき、私は山で動物の骨を見つけたわ。多分ジャコウネコの餌食みたい……私はその一つを掴むと、それを地面に叩きつけてうっとりした」

 ソノカの首筋を撫で、キャロラインは血と汗の匂いを嗅ぐ。

「あるとき、私は大人に聞いたわ。自分のお臍を指差し、もしもここを切り取られたらどうなるのかって」

 首の後ろに手を回し、唇に顔を近づけて熱い吐息をソノカの唇に浴びせる。

「あるとき、私はあちこち走り回って、動物の死骸を集めたわ。そしてお墓を作ってあげて、肉を剥ぎ取り、杭に犬の頭を刺した……」

 嗚咽を漏らし、辛そうにキャロラインは続ける。

「私はね……自分がサイコパスだってことに気付いてたの。だから知らせようとした」

 声を荒げる。

「こんな女を放っておいちゃいけない! 早く首を刎ねるか、トイレの洗浄剤を飲ませて殺さなきゃいけないって!」

 荒い呼吸をしながら、キャロラインはソノカの頬を手の甲で撫でる。

「木に刺さった犬の頭はね、私が発した精一杯の危険信号だったの! でも、誰も気付いてくれなかった。助けてくれなかった」

 急に押し黙るキャロラインだが、すぐに顔を上げて笑い出し、大声で話し始める。

「だけど! 誰かが気付いて助けてくれたとしても、私はこうなってた! 人殺しが何よりも大好きな狂人になってたわ! なんでかって?」

 逆手に持ったマナ・ダガーナイフをキャロラインは振り上げる。

「だって! こんな風になりたかったんだもの!」

「本当にプロですね……そこまで自分の背景を作り込むなんて」

 ソノカは手を振り払って右フックをキャロラインの顎に浴びせ、頭が下がったところに、膝蹴りを入れる。

 キャロラインは右ストレートをソノカの顎に叩き込み、効いたソノカは来い来いと手を動かして挑発した。

 キャロラインの左右の連打がソノカの顎に立て続けに入る。地面に倒れ込んだソノカはキャロラインの追い討ちのパンチを、瞬時に回転してアームロックに捉え、柔道の払い腰のように投げる。

 下になったキャロラインに対しサイドポジションを取ったソノカは鉄槌の連打。そのままマウントへと移行した。顎を掴んでパンチを顔面に叩き込む。次に、右膝でキャロラインの左手を潰して顔面に鉄槌打ちの連打。左目の傷口を集中的に狙った結果、キャロラインの顔面は血で真っ赤に染まってしまった。

 腰を浮かせ、キャロラインは自分の両足をソノカの腋の下にかけて後ろに倒そうとするが上手くいかず、なおもパンチを浴び続けてしまう。

 キャロラインが三度目のチャレンジでようやくソノカを引き剥がし、立ち上がったところで、背後からの殺気に気付いた。

「殺さなければいいんだね?」

「うん。彼女には生きていてもらわなければいけないから」

 インカムから聞こえたエーリヒの声に「ヤヴォール」と答え、ノエルはドイツ製の対戦車擲弾発射器、パンツァーファウスト250のトリガーを引いた。

 キャロラインは顔面への直撃コースだった成形炸薬弾頭を左手で掴む。そのまま行けば、キャロラインは一九四五年、ノエルに殺された自分と同じ遺伝子配列を持つヴァルキリー、ビクトリア・ブラックバーンのようにマナ・フィールドの前面で爆発した弾頭の凹状に集中した高温高圧のジェット噴流――成形炸薬弾の円錐状の金属ライナーが金属分子に左目を抉られ、反対側から肉片を地面に零れ落とすところだった。

 弾頭は投げ捨てた直後に近接信管を作動させて爆発し、キャロラインの左手首を木っ端微塵にする。

 自分の指の肉片や骨が無数に散らばった地面に膝から崩れ落ちたキャロラインの上空を、スピリットウルフ社のヘリが通過していく。

 ヘリが着地するなり、機体左右の外装式ベンチからPMC隊員達が次々に飛び降り、散開、銃を構えてキャロラインへと走り寄った。

「ブラックウォッチ(英国陸軍スコットランド高地連隊)の曲をバグパイプで演奏してよ。私の葬式でね」

 キャロラインは少しだけ頭を上げ、汗で湿った前髪の間から、澱んだ光を湛えた瞳を覗かせてスピリットウルフ社の隊員達に言う。

「もうオフタイムですよ」

 モダン・タクティカルギアに身を包んだ隊員達が一歩下がり、その奥から一人の青年がキャロラインの前に出る。エーリヒ・シュヴァンクマイエルだ。

「お疲れ様でした。ミス・キャロライン」

 ゴーグルをヘルメットの上に移動させて汗まみれの眉間を手で拭い、エーリヒは風変わりな言葉を口にした。

 キャロラインはエーリヒにとって裏切る心配の無い信用できる『敵』だ。

 ラミアーズにSACS。

 アルカに現れた一つの『敵』を片付けても、すぐにより厄介でたちの悪い新たな『敵』が現れる。場所、根拠、目的だけを挿げ替え、エーリヒを困らせるのだ。

 だからエーリヒはもう、人間は基本的に善であるという性善説を信じる気になれなかった。人の本性は醜くて汚い。だから信用すれば最終的に裏切られて信じた自分がその後始末をする羽目になる。

 そう考え――。

 エーリヒは問題を起こさないためには自分の『敵』さえも自分で用意しなくてはいけないという結論に達し、その『敵』を用意した上で、今に至る。

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