第三章9
戦場に躍り出たキャロラインは手始めに社屋へミサイル攻撃を行っていたスピリットウルフ社のヴァルキリーを襲撃した。
マナ・ダガーナイフを投擲して一体の首を刎ね、首の断面を押さえて激しく悶える残った胴体の横を素通りし、キャロラインはRISに取り付けられている別のマナ・ダガーナイフを切り離して別のヴァルキリーに投げる。
マナ・ダガーナイフの超振動ブレードはヴァルキリーの右膝から下を切断し、地面に転ばせた。直後、キャロラインの靴底がヴァルキリーの頭に押し付けられる。
「獲物の前でエクスタシーは超一流サイコパスの証拠。そう、キャロラインよ」
地面に強く圧迫された頭部が潰れ、ヴァルキリーの眼窩から眼球が血液と共に飛び出した。
別のヴァルキリーがRISに付いた火力支援用の装備を切り離してキャロラインに迫るが、攻撃を易々と回避され自動小銃ごと右腕を切り落とされる。
「切れたわね」
「腕……ッ!」
断面から大量に出血しながら、ヴァルキリーは残った左手でパンツァーファウストを構えて発射する。白煙を残して発射筒から撃ち出された弾頭がキャロラインに迫るが回避され、進路上にいた別のヴァルキリーに命中してしまう。
顔に細かい肉片や血液を張り付けたキャロラインがたった今味方を誤射して殺したヴァルキリーの背後に迫る。
「がっ……ッ」
ヴァルキリーは背後からキャロラインに口を掴まれ、瞬時の出来事で背中からナイフを突き立てられる。マナ・ダガーナイフの超振動ブレードがマナ・ローブを易々とぶち破り、皮膚を切り裂いて肉を突き抜け、心臓に到達した。
「もうちょっと気の利いた断末魔の台詞を聞かせてくれたっていいんじゃない?」
キャロラインは目と口を歪めてヴァルキリーの心臓に突き立てたダガーナイフの刃を左右に動かす。くぐもった呻き声、刃が動くたびヴァルキリーの肢体が痙攣し、絶命と同時に股間から生暖かい液体が流れ出した。
「クライマックス! クライマックス!」
キャロラインの出現を知ったノエルは背部飛行ユニットからマナ・エネルギーの最大噴射で急加速をかける。
「テウルギスト! このシナリオの主役は私なんですよ! 脇役はあんまり出張らないで下さい!」
「その道理は私の無理で何とやら!」
追従するソノカを振り切り、ノエルは突き刺さらんばかりの勢いでキャロラインへと突進した。
ノエルとACOGサイト付きのトンプソン短機関銃を撃つキャロラインがすれ違う。マナ・フィールドは展開していなかったが、お互い致命傷は与えられなかった。
キャロラインは背部飛行ユニットから伸びる可変翼を後退させ、最大加速でノエルの旋回方向とは逆方向に高度を上げながら旋回した。
高度が上がっていくにつれキャロラインの進路はノエルの旋回進路から外側にはみ出すが、キャロラインの位置はノエルの後方遥か上となった。直後、キャロラインは反転降下し、旋回を続けるノエルの背後を取る。
キャロラインはトンプソン短機関銃を構え、ACOGサイトを覗き込む。そしてトリガーを引いてノエルの予想進路に銃弾を送り込んだ。だがノエルは機動は空間に描かれた一本の直線の周囲に絡みつく螺旋のように旋回を繰り返す機動、バレル・ロールを行って銃弾を回避した。
やがて二人はお互いの進路をジグザグに交錯させながら銃弾を浴びせあうことになった。
ノエルが急旋回すると、キャロラインはそれに追従する。
キャロラインは逆方向に切り返し、ノエルは彼女を追い抜きそうになりながら、減速して軌道変更、追いすがる。
懐に潜り込んだノエルが膝蹴りをキャロラインの腹部に叩き込んで姿勢を崩す。そして頭部を左手で鷲掴みにしようとするが、キャロラインはトンプソン短機関銃のハンドガード部に付いたフラッシュライトの光でノエルを怯ませる。
蹴り飛ばされたノエルは地面に吸い込まれ、土煙と粉塵に包まれる。そして身を起こしたときには既に短機関銃を捨て、マナ・ダガーナイフを逆手に持ったキャロラインにマウントポジションを奪われていた。
「ほらほらほらほら!」
馬乗りになったキャロラインが腰をグラインドさせながらノエルの心臓にマナ・ダガーナイフの刃を突き立てようとする。
「いいね! 凄くいい! こういうのが好きなんだ!」
刃を押し立てながら狂気じみた笑みを浮かべるキャロラインの顔を同じように笑うノエルが掴む。
「私はもっと好きよ! こうやって女の子の腹を!」
顔を掴まれながら、キャロラインはノエルの腹部に何発もパンチを叩き込む。
「殴るのが大好きなのよッ!」
縦の一撃が垂直に入るたび、骨が軋み、内臓が傷つき、ノエルの口から飛び出す血の量が増えた。
キャロラインはノエルの顎に頭突きを入れ、意識を飛ばして顎を掴む。そしてマナ・ダガーナイフを振り下ろした。ノエルはマナ・フィールドで刃を滑らせ、腰のホルスターから拳銃を抜き、キャロラインの顔面目掛けて乱射した。だが弾丸はキャロラインの頬のすぐ横を掠め、髪を薙いだだけで終わる。
「君、強いなぁ! とっても強いなぁ!」
ノエルは胸中に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「ねぇノエル、なんで私がダガーナイフで人を殺すか知ってる?」
「ナイフで殺された人間は死の瞬間に本当の自分を曝け出す。君はそれを見るのが大好きなんだ!」
爬虫類じみたノエルの瞳が緩む。
「よくわかってるじゃないの!」
右手をじりじりと押し込んでマナ・ダガーナイフの切っ先をノエルの喉に近づけながら、キャロラインは笑う。
「アンタが人間の手足を切断する理由と大して変わらない!」
自分の顔を覆っていた腕を振り払うと、キャロラインはノエルの口を押さえて喉に刃を突き刺そうとする。
「ナイフで喉を切り裂くとどうなるか知ってる?」
「知らない! どうか教えてもらえないか?」
「空気が漏れる音と同時に大量の血が喉から流れ出し、地面を赤黒く汚すの……ああ……もう最高……」
何の前触れも無しに爆発が起き、恍惚の表情を浮かべるキャロラインが前方に吹き飛ばされた。
「なんだ? なんだい? いいところだったのに」
ノエルが周囲を見回してみると、空中にMP44自動小銃のハンドガード下部に付いたグレネードランチャーを構えるソノカの姿があった。
「だから私が主人公だって言ったじゃないですか」
ノエルのように上唇を舌で舐め、
「この戦争のシナリオは」
ソノカはそう言った。