第三章7
エーリヒ達強襲グループが別ルートから上部フロアを目指し始めていた頃、ダークホーム社の前面で続く戦いに変化が訪れた。
「ローエングリン1‐1、戦線が後退しています」
「ローエングリン1‐2、なら押し返せば良い!」
ノエル・フォルテンマイヤーとソノカ・リントベルクは赤と青のマナ・エネルギーを撒き散らしてクローンヴァルキリーの群れの中に飛び込む。
「キャッチ」
銃剣をベージュの髪とローブカラーを持つクローンヴァルキリーの腹に突き刺したソノカは迷わずトリガーを引く。至近距離で肉が抉られ、大量の血液がお互いの全身を汚す。
「アンドデス!」
穴だらけになってソノカに投げ捨てられたベージュのクローンヴァルキリーはノエルに撃たれて上半身と下半身を両断され、地面へと吸い込まれた。
「ベージヴイ! おのれ!」
ベージュのクローンヴァルキリーことベージヴイのマナ・パルスライフルを空中でキャッチした白のビエールイは直後にノエルから自動小銃の連射を浴びた。右手が付け根から、左足が膝の先から千切れて無くなり、白い髪とローブが赤黒く染まった。
「お前らなんかに負けるもんか!」
ビエールイは背部ユニットからの粒子に自分の血を混ぜてノエルに突貫するが、途端に顔面をオープンフィンガーグローブで包んだ彼女の掌に掴まれ、左右から万力のように頬を押し潰された。
「健気でいいねぇ! だから殺し甲斐も!」
ノエルは下顎を破壊されたビエールイを回転させ、右足を掴み、首を掴んで引っ張る。
「壊し甲斐もある!」
最初に頭が取れ、再度持ち直して胴体を断裂させる。生暖かく艶光る内臓が音を立てて断面から零れ落ちた。
「同感ですね! テウルギスト!」
笑顔でノエルに声をかけるソノカの背後をプゥルプールヌイ、
「捕まえた! 放さない!」
紫のクローンヴァルキリーが取り、羽交い絞めにする。
「例えこの命が無くなろうと、この手を絶対に放さない! セールイ! 私ごと刺せ!」
動きを封じられたソノカの正面から、セールイ――灰色のクローンヴァルキリーがナイフを片手に迫ってくる。
「手が無くなったら掴めないだろ!」
ソノカは飛行ユニットの両翼を展開してプゥルプールヌイの両腕を切断、
「手……ッ!」
「そうだな! 手が切れたな!」
がら空きになった顔面に肘打ちを入れて鼻を粉砕した。続いて喉にナイフを突き刺し、中で動脈や神経を抉って引き抜いた。
「よくもプゥルプールヌイを!」
「そう怒るなよ。もっと情けない死に方はたくさん見てきた」
「許さない! 絶対に! 許さない!」
挑発の言葉で激昂したセールイにソノカはカウンターの膝蹴りを浴びせて内臓を破壊した。膝小僧に臓器が潰れる感覚が走る。
下がったセールイの後頭部に縦方向の肘打ちを叩き込み、顔面に膝蹴りを入れて顔を上げさせ、首筋に噛み付く。ソノカは歯を食い込ませて左右に振り、肉を引き千切った。首を繋ぎ止めていた皮が頭部の重みに耐えられなくなり、地上へと落下していく。
「クソ……あいつら……殺してやる……殺して……殺してやる……」
上半身だけになったベージヴイが苦悶に歪んだ口から血を流し、それでもマナ・エネルギーによる身体の強化で生きたまま這いずっていると、
「誰を殺すんだい? 教えてくれないかな?」
背後から伸びたノエルの手がその顔を掴む。悲鳴を上げるベージヴイの眼窩に細い指が入り込み、両方の眼球を潰す。
「私を殺したいなら殺せばいい。ただし、私は君が私を殺すまえに君を殺す」
ベージヴイはノエルに絶叫したまま背後から上方に持ち上げられ、頭部ごと脊髄を引き抜かれた。
「クールキル! ローエングリン1‐1!」
茶色のカリーチニヴィが繰り出した銃撃を回避しつつ、地上で血塗れの脊髄を振り回すノエルの姿を見たソノカは精神を高揚させる。
「私も負けてはいられない!」
憑き物が落ちた明るい表情でソノカは腰の鞘に収めていたナイフを抜き取り、カリーチニヴィへと投擲する。とっさに身を守ろうとして前に出された華奢な左前腕部に刃が食い込む。
「最高のクールキルを!」
距離を詰めたソノカは、
「バイオレンス・アーティストとしての!」
強烈なショルダータックルをカリーチニヴィに浴びせ、
「至高の殺人を!」
姿勢を崩した相手の左前腕部からナイフを引き抜き、横方向の斬撃で両目を横に切り裂く。白い眼球に刻まれた赤い一筋から血が噴き出し、カリーチニヴィの絶叫がソノカの鼓膜を激しく刺激した。
間髪入れずにソノカは逆手に持ったナイフを全体重を乗せて振り下ろしたが、カリーチニヴィが空中で悶絶し激しく体をくねらせたせいで勢いの余り姿勢を思い切り崩してしまう。
「しまった!」
すぐにソノカの首は顔面を血の赤一色で染めたカリーチニヴィに締め上げられた。
窒息しながらもソノカは右手の人差し指と中指を立て、思い切り背後のカリーチニヴィの両目へと突っ込んだ。指先に生暖かい感触が走り、腕を振り払って引き抜くと同時に二つの貫かれた眼球が視神経を引き千切って茶の少女の眼窩から外へと飛び出した。
完全に視覚を失ったカリーチニヴィの心臓にソノカはナイフを突き刺し、中で刃を回転させてから引き抜いた。カリーチニヴィの茶色いローブに生まれた黒い穴から大量の血液が流れ出た。ダメ押しで縦の斬撃を加えると腹が裂けて腸が溢れ出す。
「クールキル! ローエングリン1‐2!」
背部の飛行ユニットからマナ・エネルギーを噴射して急機動を繰り返すノエルはカリーチニヴィの腸を引きずり出して振り回し、空から地面へと叩き落したソノカへ賞賛の声を送った。
「シリブロー! 刺し違えてでも、奴を倒す!」
「わかってるよゾーラタ!」
赤い粒子を纏って滞空するノエルになおも二人のクローンヴァルキリーが迫る。
「最初から還ることは考えてない!」
もう生き残っているクローンヴァルキリーは金のゾーラタと銀のシリブローだけになっていた。
最初に襲い掛かってきたのはゾーラタはノエルと同じ高度に到達すると、身を捻って蹴りを放つ。
直撃すれば一撃で胸骨を打ち砕かれる。自らもヴァルキリーであるが故にそれを瞬時に把握したノエルは両手を前に出し、マナ・フィールドを展開した。
障壁にゾーラタの細い足が激突した瞬間、空中にいたノエルは激しい衝撃によって体勢を崩された。戦車砲の砲弾が着弾したとき以上の衝撃だった。
「おっと、おっと」
ノエルは空中で姿勢を立て直そうとするが、その前に大きな衝撃を背に受けた。シリブローがマナ・パルスライフルで狙い撃ちしてきたのだ。攻撃自体は反射的に背面へ展開したマナ・フィールドで防いだが、それは相手にとって計算済みの行動だったらしい。
「いつまでもお前の空であるものか!」
後方に気を取られている間にゾーラタが連射モードにしたマナ・パルスライフルを撃ちながら突っ込んできた。ノエルは前方にマナ・フィールドを展開して粒子ビームを弾いたが、その矢先に背後からシリブローが突撃してくる。
ノエルは肩越しに背後へと視線を送り、自分の左脇にタブク自動小銃を通してトリガーを引いた。銃弾が銀髪のヴァルキリーの胸、下腹部を相次いで貫く。弾丸の先端は華奢で可憐な衣装を纏った少女の肢体を易々と突き破り、内部を直進しながら筋肉をぶちぶちと引き千切り、動脈を破裂させ、内臓と脊椎を滅茶苦茶に粉砕した上で侵入点とは反対の場所から飛び出す。血飛沫が弾け、シリブローは空中で四散し手足を散らばらせた。
僅か一秒にも満たない間の出来事だった。
シリブローの墜落を確認したノエルは向き直り、ゾーラタに正面から相対した。迫る細切れな粒子ビームをマナ・フィールドで弾き飛ばし、自らは手にしたタブク自動小銃の照準を合わせ、トリガーを引く。
マナ・パルスライフルの銃口から入り込んだ七・六二mm弾は銃の内部機関を粉砕し切ったあとにストックから飛び出し、持ち手の右手を貫く。右肩の背中側から肉が吹き飛ばされると、縦方向に断裂したゾーラタの右手が宙を舞った。
「怖くなんてない! 怖くない!」
ゾーラタはマナ・パルスライフルを逆手に持ち、接近してきたノエルを追い払うかのように乱暴に振り回した。だが狙ってもいない攻撃が当たるはずもない。
ノエルは一振りを易々と回避するとゾーラタの背後へと回り込む。
「心配しなくてもいい!」
ノエルは小ぶりなゾーラタの背部飛行ユニットを両手で掴み、ローブから引き剥がして握り潰した。
「私は君を殺す! 今! こうして!」
すぐに真っ逆さまになって頭から地面に墜落していくゾーラタの足を捕らえ、至近距離でタブク自動小銃のセミオート射撃を浴びせる。
一発、右手。
二発、左手。
三発、頭部。
こうしてダークホーム社のクローンヴァルキリーは全滅し、一時間もしないうちに今度はスピリットウルフ社の優位に戦局が傾いた。
別に特別なことではない。
少数の凶悪なヴァルキリーが多数のヴァルキリーを撃破し、戦力バランスをひっくり返す。
このいい加減さこそが、アルカ学園大戦だった。