第三章6
エーリヒが指揮し、旧タスクフォース609や旧MACTのメンバーで構成された強襲グループを機体左右の外装式ベンチに乗せたヘリの下方を、両肩にミサイルランチャーを装備したスピリットウルフ社のヴァルキリーが高速で通過していく。
「Down Boy!」
ヴァルキリー達は猛烈な対空砲火を掻い潜って鯱の代わりに狼の銅像を付けた、江戸時代の日本の城じみた社屋――ダークホーム社の社屋目掛けてミサイルを放つ。白煙を残してランチャーから撃ち出されたミサイル群は空に向かって撃ち続ける対空機関砲や高射砲だけでなく、固定砲台として運用されていたクローンヴァルキリーをも吹き飛ばした。
「無線点検。セキュアチャンネル」
死と破壊が存分に撒き散らされた社屋の前面にヘリは着陸して強襲グループを降ろそうとするが、三階からまだ生き残っていたダークホーム社の隊員がパンツァーシュレックを浴びせてきた。一機のヘリがキャノピーを貫通したロケット弾によって爆発する。ヘリの近くにいたエーリヒと数名のPMC隊員の足下で地面が上下に揺れ、ゴーグル越しの世界がまず緋色に、次いで黄色に変わり、最後に熱波が襲い掛かった。熱が周囲の空気を奪い、息苦しくなった。
辛うじて立ち上がったエーリヒの目に映る世界はスローモーションになっていた。視界の中ではゆっくりとした動きで、両肩のRISにミニガンを付けたヴァルキリーが雨のように空薬莢を撒き散らしてまだ生き残っているダークホーム社のPMC隊員に銃撃を浴びせている。
どうやら、鼓膜を痛めたらしい。よくあることだ。
「こちらアドラー1‐1、ネズミ狩りを始める。HVT(最重要ターゲット)はキャロライン・ダークホームだ」
エーリヒは自動小銃を取り、部下達に向き直って左手を何度も後ろに倒す。『来い』というハンドサインだ。
軍用ブーツで地面を踏み締めるたび、足下から頭蓋骨の割れる音が響いてきた。時には湿った腐肉の感覚も分厚いブーツの底越しに足へと伝わってくる。
バラクラバ越しでもわかるコルダイト火薬と腐敗した血の悪臭が充満する社屋の中に入って少ししたとき、何かに気付いたエーリヒは開いた手を背中側に回して『止まれ』というハンドサインを部下達に送った。そして一人の隊員を指差すと、次は手を前に振って『お前、こっちに来い』のハンドサインを送る。
自動小銃を構えながら近付いたエーリヒと一人のPMC隊員の目の前に現れたのは『私は売春婦。そして、それを誇りに思う』と書かれたプレートを首に掛けられた、哀れなほどに痩せ細り、体中血と痣だらけになったスピリットウルフ社のヴァルキリーの死体だった。
「やりすぎだよ……キャロライン。ノエルと同じことをしなくてもいいじゃないか」
小声で呟いたエーリヒは後方で待機している部下達に体を向けて左手を後ろに倒し『来い』とサインを送る。物音がすぐ横から聞こえたのはその時だ。
エーリヒのすぐ横で部下がヴァルキリーの死体を動かそうとしていた。
「やめるんだ!」
とエーリヒが声を荒げたときには、既に死体の影から大量の手榴弾のピンが床に落ちていた。
爆発が起きる。エーリヒの視界が一瞬だけ赤みがかり、すぐに爆発の閃光によって真っ白になった。衝撃波が木の壁材や天井の胡散臭い和風装飾品を引き剥がして落下させる。
「畜生! 畜生! 社長! どこですか!? 社長! 目が見えません! 社長!」
血を頭からバケツ一杯程かぶったような有様のPMC隊員が絶叫し、射殺される。同時に階段を通って上のフロアに隠れ潜んでいたダークホーム社の部隊が銃撃を浴びせてきた。待ち伏せだ。
「応戦しろ!」
階段の上と下で激しい銃撃戦が展開された。
エーリヒは物陰に隠れ、時折体を出し、MP40短機関銃の折り畳み式ストックが付いた空挺部隊用のMP44K自動小銃のマガジン部を持って発砲する。
「敵は重装備の一人に数名の支援要員が付いた一個班だ」
一マガジン分の銃弾を撃ち終えると、エーリヒは物陰に隠れて隣にいた部下に言った。
「なぜわかるんです?」
「トランシルヴァニア戦争でSACSがやったのと同じやり方だ」
かつてSACSは狙撃兵一人に対して四名の支援要員を加えた班を幾つも編成した。
狙撃兵はMACT隊員が存在に気付いて反撃してくると、残り四名の支援要員が狙いも定めずに自動小銃を発砲、MACT隊員がそちらに気を取られている間に貴重な狙撃兵を脱出させたのだ。
今ダークホーム社のPMC隊員がやっているのはそれを独自にアレンジした戦い方のようだ。ダークホーム社の創設メンバーにはSACS出身者が何人も参加しているから、彼ら直伝のものだろう。
「フラグを投げろ!」
強襲グループはフラグ――フラグ・グレネードこと手榴弾を階段の上に幾つも投げ込む。矢継ぎ早に爆発が起きる。炸裂音の中には悲鳴が混じっていた。
空間を埋め尽くした白い爆煙の中で更に多くの手榴弾が次々に炸裂、粉々になった肉片や手足が飛び出す。
「行くぞ!」
自動小銃を乱射しながら階段を駆け上るエーリヒの声が瓦礫の中に埋もれていたダークホーム社の女性隊員の意識を呼び起こす。
「殺してっ……やる……」
右の眼球を眼窩から神経で吊るし、焼け爛れた皮膚を頬に垂らした女性隊員はパンツァーシュレックの発射筒を肩に乗せて階段に向け発射する。
ロケット弾が壁を抉り、爆発で数名のスピリットウルフ社PMC隊員が吹き飛ばされた。
「セムテックスをよこせ!」
再び階段の下に追い落とされたエーリヒは部下の手から強引に黄色いプラスチック爆弾の塊を奪い取ると、何本も信管を突き刺し、爆発するようにセットして思い切り投擲する。セムテックスは最後の力を使い果たした女性隊員の足下に落ち、フロアごと彼女を瓦礫の下敷きにした。